15.謎の男
夜が明けてから、再び白魚国へ歩き進めると、日が暮れる前に何とか到着することができた。
旭冥様から貰った紹介状を門番に見せると、黄亀国に来た時のように押し問答にはならず、すんなり王宮の中へ案内された。やはり、自分が誰なのか証明できる物があるのは大きいとその時学んだ。
心の内で旭冥様への感謝を述べている間に、私たちは大広間に辿り着いた。
案内人は、「ここでお待ちください」と言って、大きな扉をガタンと閉じ、中には3人だけが残された。
非常にだだっ広いが、人の気配を全く感じない。
静かで、大きな窓から太陽の光が燦々と刺し込んでいる。天井は異様に高く、階段の先には、私たちのいるフロアを監視できるような360 度囲うテラスがあった。
あまりにも静かで、不気味な雰囲気に悪寒がしたその時だった。
大広間の奥の扉がギギギッとゆっくり開かれたのは。
そこから、現れたのは、私よりも一回り二回りも大きい、がっしりと鍛えられた身体の男だった。蒼天と並んでも、一回りほど違うのではないだろうか。そして、その男は日に焼かれた褐色肌で、右目には大きな傷があった。
彼を見て、誰もが一瞬にしてわかったであろう。彼は只者ではない軍人だと。
そして、同時に、背筋が凍るような恐怖が全身を駆け巡った。
それは、自分の力で敵わない相手を前にした時の恐怖に他ならなかった。
この私でさえ、圧倒的な存在感を感じ、息を呑んだのだ。同じ軍人である蒼天は、私よりも、彼の圧倒的な力の強さを肌で感じ取っているに違いない。
「夢鈴さん、この国は“女王”でしたよね」
「ええ。銀髪の綺麗な女性だと聞いてますわ」
やはり目の前の男はこの国の王ではない。とすれば一体……。
私は、彼の威厳に負けまいと、震える足で一歩前に踏み出す。
「私、赤蛇国の第一王女、藍陽華と申します。白魚国に女王様に謁見したく参りました」
「……」
「こちらが私たちをここまで案内してくれた黄亀国の王女、夢鈴さん。そして、こちらが、赤蛇国の軍人、蒼天です」
「……」
しかし、男は無言を貫いたまま、何一つ言葉を発さない。
「ところで、あなたは……?」
仕方なく、私から彼の名前を尋ねるも、彼は依然として、じっと私を見つめたまま動かない。その値踏みするような視線から目を逸らしたら、負けなような気がして、私は息を止め、じっと彼の瞳を見つめ返す。
「名乗る必要はない」
「……え?」
ようやく口を開いたと思えば、そこから出てきたのは”拒絶の言葉”。
「我が女王に会いに来たと言ったな。ならば、俺に傷一つでもつけてみろ。それができない者には、我が女王の目に入れる価値などない」
そう言って、男は蒼天に視線を移し、肩に担いでいた大刀を一振りした。
ーー名乗る必要はないとはそういうことか。
きっと、彼は、私たちが傷一つもつけられず、女王に会うこともできないと考えているのだ。さすがは、大陸一武力に秀でた国と聞いていたまである。この国では力の強さが己の価値を証明する手段なのだろう。
しかし、私たちを侮るような発言に気分が良いとは言えなかった。
「陽華。夢鈴さんと安全なところに下がってろ」
すると、蒼天は私たちを庇うように、前に立ちはだかった。
「蒼天、一人であの男を相手にするなんて、大丈夫なの?」
「傷一つつければいいんだろ。そんなの余裕だ。それに……、震えが止まらないんだ」
「……え?」
そして、彼は口元に子供のような悪戯な笑みを浮かべて言った。
「武者震いってやつが」
◇◇◇◇
自分より格上の相手を前にして、俺は震えていた。
軍人として、最も高揚感を感じる場面は、一つ。格上の相手と戦う時だ。
自分の力を最大限に発揮し、その力がどこまで敵うのか試せる相手。
これまでも、様々な奴らを相手にしてきたが、ここまで圧倒的な力の差を感じさせられるのは、初めてだった。
正直、怯んでいる自分がいるのも嘘ではない。
でも、このような相手と戦えることに対する高揚感と、陽華をこの国の女王に会わせなければならないという使命感が打ち勝っていた。
確かに、格上の相手だ。だが、「傷一つつければ」だなんて、流石に俺たちの力量を下に見過ぎではないだろうか。こちらとしては好都合だが、その言葉が癪に障ったのも事実だった。
俺は、陽華たちが大広間の端に寄ったのを確認して、戦闘体制に入った。
足を思いっきり踏み込み、素早く駆け抜け、真っ直ぐに男に向かって剣を向ける。
しかし、このタイミングでは本気では刺しに行かない。
剣を向けては、大刀で庇われ、剣を向けては、大刀で狙われたところを避け、を繰り返す。
大刀を扱うガタイが良いタイプの奴は、刀を大振りしなければいけない分、動きに一瞬の遅れが生じやすい。つまりは、その一瞬がそいつの隙になるということだ。
しかし、相手は鍛え上げられた格上の軍人だ。本人もそんなことはわかっているはずで、その一瞬を狙うのが難しい。
それでも、その一瞬の隙を作るべく、俺は何度も剣を向け、男を目掛けて走り続ける。
そして、何度目かの攻防を繰り返した、その時だった。
一瞬、男が重心を崩し、大刀を振るタイミングが遅れたのを見逃さなかった。
俺は、剣を確実に当てるべく、相手の近間に入る。
――「勝った!」
俺の剣が脇腹を突き刺しそうになり、勝利を確信したその時だった。
一瞬にして、目の前にあった大きな男の身体が横に移動し、気づけば大刀が目の前にあっ
た。
ーーえ……?
一瞬、理解が追いつかなかった。
しかし、このままの体制では確実に大刀が腹を貫くことは明白。危険を感じた身体は必死に大刀から距離を取るべく、重心を後に立て直すも、完全には間に合わなかった。
大きく振りかざされた大刀の勢いに押し出され、身体が後方へと飛んでいき、壁に大きく身体を打ちつけた。その衝撃で、口から吐血する。
「あっぶねえ……」
一瞬でも重心をずらすのが遅れて、あの大刀をもろに受けていたら、危うく重症程度では済まなかったかもしれない。
その時、一つの考えが過った。
ーーあいつ、まさか、本気で俺を“殺しに来ている?”
相手を殺そうとする奴の目には必ず、殺気が宿るものだ。でも、あいつの目には何も感じない。それが、逆に不気味だった。
部屋の端の方から「蒼天!!」と俺の名前を必死に呼ぶ陽華の声が聞こえる。
必死の形相で、今にでもこちらに駆け寄りそうなところを、夢鈴さんが必死に止めているのが見える。
良かった、夢鈴さんがいてくれて。だから、嫌なんだよ。陽華が武器を持つのは。
だって、あいつは自分のことはなりふり構わず、目の前の人に手を差し伸べてしまうような人間だから。
かっこ悪い姿を見せるわけにはいかないと、俺は血を拭って、何てことのないように笑いながら、その場に立ち上がった。
「俺が間違ってたよ。殺すつもりでいかないと、傷一つもつけれないよな」
俺は、今度は殺すつもりで剣を向けて走り出した。しかし、それでも、あと一歩のところで、男に剣の先が届かない。
俺の動きが全て読まれているような感覚だ。
相手は太刀で防御するだけで、俺だけが体力を削られていく。俺は息が上がってきているが、向こうは先ほどから表情一つ変わらない。
しかもだ。
先ほど、俺が壁に叩きつけられた衝撃で、天井から吊るされた装飾が陽華たちの元に落下しそうになった時があった。だが、あいつは一瞬にして、落下物を薙ぎ払った。
俺と戦いながら、陽華たちの方をも気にする余裕があるということだ。
――「このままじゃガス切れで負ける」
そして、その時だった。体力切れで、俺がバランスを崩したところを、あいつが見逃してくれるわけもなく、溝内を思いっきり蹴り上げられ、床に身体が転がった。
「っ……!」
ーーやばい。今ので、確実に肋骨が何本か折れた。
剣を床に突き刺し、立ちあがろうとするも、足が滑って力が入らない。
そうしている間に、ゆっくりと男がこちらへ近づいてくる。
男は、俺を見下ろして、表情一つ変えずに、言った。
「お前は弱いな」
そして、太刀を俺に向かって振り翳した瞬間、目の前に人影が割り込んできた。
ーーなんで!!!!
その姿は何千回、何万回も見た後ろ姿だった。
「陽華!!!逃げろ!!!」
彼女は俺を庇うように立ちはだかり、自分よりも二回りも大きい、到底力が敵わない男に剣を突き出そうとしている。
何で、お前は危険なところに、わざわざ飛び込んでくるんだよ。
だから嫌だったんだ。剣を持たせるなんて。
――俺のせいで、陽華が怪我をするなんて、もう懲り懲りなんだ。




