14.平和を連れてくる
その夜から、数日後。
戸籍と住まいが用意できたと知らせを受け、ついに、お世話になった王宮を去る日が来た。
旭冥様にお礼を告げ、少ない荷物を持って、今から王宮を出ようとしたその時だった。
夢鈴さんが、形相を変えて部屋に飛び込んできたのは。
「皆さん!大変です!!」
「どうしたんだい、夢鈴」
「青鶏国から派遣された高官が来ております」
「え!!??」
ここにいた一同、思わず驚きの声を上げた。
「彼らの目的は何と言っているんだ?」
「お祖父様にお会いしたいと、それだけですが……。このタイミングでの訪問はいささか不自然。本当の目的は、きっと」
「君たち二人であろうねえ……」
ということは、私と蒼天がここにいることを青鶏国に見抜かれているということになる。
なぜ、彼らにばれてしまったのだろうか。しかし、今はその理由を考えている暇はない。
どうにか、この場を切る抜ける方法を見つけないと。
「王宮の中に入れたら最後。何かと理由をつけて、彼らは隈なく王宮内を探すでしょう。しかし、ここで彼らの訪問を断るのも、陽華さんと蒼天さんのお二人がここにいると自ら証明しているようなものです」
「それで、青鶏国に私たちの身柄を引き渡すよう言われたら……」
「我が国としては、拒否はできません」
「王宮に入れても詰み、断っても詰みってことか」
今は、まだ彼らに捕まるわけにはいかない。女王になるために、双子の兄を見つけ、万全の状態で赤蛇国に戻るのだ。今、捕えられてしまえば、こちらには対抗する術は何もない。
その時、旭冥様が一言、しかし明確に呟いた。
「地下通路から逃げなさい」
「地下通路……?」
「ええ。我が国が中立国になる前、王宮が攻め入られた際に、逃げることができるよう、王宮の地下に外に出る通路が作られたのです。それを使えば、外に出られるでしょう。夢鈴」
「何でしょう、お祖父様」
「急ぎ紹介状を書きますので、彼らを“白魚国”まで連れて行きなさい」
白魚国……?
夢鈴さんの話では、王族が“斬撃の力”を手にしている国だったと記憶している。
旭冥様は筆を取り出して、直ちに何かを書き、玉璽を押した紙を私に渡した。
「いいですか。“白魚国”の女王は大変気難しい性格ですが、信頼を置く者に対しては強力な味方となってくれます。彼らを頼りなさい」
「どうして……」
「……?」
「どうして、そこまでしてくれるんですか?」
ずっと不思議に思っていた。
旭冥様は、中立国の立場でありながらも、明らかに私たちに肩入れし、守るための行動を取ってくれている。それは、私の母と知り合いだからと思っていたが、ここまで来ると、もはやそれだけが理由ではないような気がしてくる。
「どうしてかねえ……。でも、多分期待をしているんだよ」
「……?」
「お嬢さんなら、真の平和をもたらしてくれると」
扉の方から、ドンドンドンと大きなノックの音がし、「旭冥様、そろそろお出迎えに」と従者の声が響いている。
私は、蒼天と夢鈴さんと、そろそろ行かなければと、顔を見合わせゆっくり頷いた。
「ここは私に任せて。早くお行きなさい」
「ありがとうございました……!」
私は旭冥様にお礼を告げ、夢鈴さんの後を追いかける形で走り出した。
ーー私たちの背中を眩しい太陽を見るような気持ちで旭冥様が最後まで見守っていたことに、真っ直ぐ前だけを見て走っていた私たちは気づかなかった。
ただ、ひたすら夢鈴さんの進む道を追いかけていくと、美術品の展示室のような場所に辿り着いた。飾られている絵画を横にずらすと、そこには地下に続く階段があった。
暗闇の中、その階段を恐る恐る降りていくと、少し開けた部屋に出る。そこには、武器や非常食などが備えられている。夢鈴さんは、その中から、弓矢を取り出し、武装を始める。
そして、次に手に取った長剣を、私に手渡そうとした。
「これは、これからのために持っておいた方がよろしいかと。こちら比較的軽いので女性でも扱えます」
「待て、陽華に武器は必要ない」
しかし、私の前に立ちはだかった蒼天にそれを止められる。
「あら。でも護身用の短剣だけでは心許ないかと。陽華さんも武器を持っておくべきではないでしょうか」
「大丈夫だ。俺が陽華の武器になる」
「ふふふふ。わかりますわ。彼女の綺麗な手に武器など野蛮なものを持たせなくない気持ちは。武器も手にするということは、自ら戦う選択肢を与えてしまうということでもありますから」
「……っ」
「でも、蒼天さん。あなたが、最後まで彼女のそばにいられるという保証はあるんですか」
「……!」
私は、その場で立ち尽くしてしまった蒼天を横目に、夢鈴さんから剣を受け取った。
「まだ、うまく扱える自信はないですが、持っておきます。ありがとうございます」
「いえいえ」
蒼天は、なぜそこまで頑なに、私が剣を持つことを拒んだのだろう。
確かに、武器を扱う訓練も受けていない人間が急に剣を使おうとするなんて、軍人の蒼天からしたら危険なことだという考えに至るのも無理はないけれども。
「蒼天、私が剣を扱うなんて、どうせ無理だと思ってるんでしょ?」
「は??」
「確かに器用じゃないけどさ、だから教えてね」
「何を?」
「剣を使った戦い方」
すると、蒼天はなぜか大きなため息をついた。
夢鈴さんは「苦労しますねえ」と言いながらふふふふと優しい声で笑っている。
「それでは、準備もできたことですし。行きましょうか」
奥には真っ直ぐ長い一本道が続いている。きっとそこを抜ければ、王宮の外に出られるということだろう。私たちは、その出口を目指して、足を踏み出し、走り始めた。
ーーすでに何時間ほど走っただろう。
長い長い暗闇をひたすら走り続けた先。
ようやく太陽の光が差し込んでいる場所を見つけた。そこから出ると、外の明るさに思わず目を細める。そこは周囲には何もない、どこかの森の中のような場所だった。
夢鈴さんの話によると、ここから暫く南に向かえば、白魚国に到着するとのことだったので、私たちは徒歩でひたすら南を目指した。
しかし、馬を使わずに徒歩で国境を越えるのは、想定以上に体力も時間も要した。
辺りが暗くなり、これ以上この暗さで先に進むのは合理的でないという判断のもと、私たちは森の中で野宿をすることにした。
夜は冷える。
暖を取るために焚き火を囲みながら、地下室から持ってきた非常食を口にしていた。
「夢鈴さん、こんな危険なことに付き合わせてしまってすいません」
「いいんですよ。元より、私は狩りが趣味ですので、こういったことは慣れております。それに……、お二人の関係を観察するのは面白いですからね」
「……ど、どういうことですか?」
「完全に私の趣味です♡」
蒼天はニコニコ笑う夢鈴さんと一切顔を合わせようとせず、なぜか不機嫌そうにむすッとした表情を浮かべている。
そんな中、揺れる焚き火の炎を見つめながら、夢鈴さんがポツリと呟いた。
「それにしても、お祖父様があんなに必死になる姿は初めて見ました」
「……え?」
「お祖父様ほど、“凪のような人だ”という言葉が似合う人はいません。何に対しても、感情が大きく揺れ動くことがなく、それは一国の王という立場から感情をコントロールしているのだと思っていました。でも、ある日、そうじゃないと気づいたんです」
「そうじゃない?」
「ええ。ああ、この人は全てを諦めているんだと」
「……」
「もう昔のことですが、お祖父様が王に即位して、すぐに大きな戦争が始まりました。その数年後、戦争が終わり、お祖父様は“中立国”の道を選んだそうです。それから、我が国には何の争いにも参加せず、干渉しないことで、平和を維持しています」
気づけば、先ほどまで無愛想な様子だった蒼天も、夢鈴さんをじっと見つめている。
「それでも、私は思うんです。無関心は真の平和ではない。こうして、今も大陸で争いが起きている中で、それは、ただ現実から目を背けているだけだと」
静まり返った空間に焚き火の炎がはねる音だけが聞こえてくる。
いつも余裕な笑みを浮かべる彼女の口元にその笑みはなく、ただ真っ直ぐでしかし悲しげな瞳がそこには宿っていた。
◇◇◇◇
長い旅路に疲れたのか、陽華も夢鈴さんも二人肩を寄せ合う形で眠りについている。
そんな二人を見ながら、俺は先ほどの言葉を思い出していた。
――「でも、蒼天さん。あなたが、最後までそばにいられるという保証はあるんですか」
彼女は俺らに良くしてくれている。親切な人だと思うが、正直苦手だった。
というのも、陽華への思いを見透かされているだけでなく、俺自身でさえ、気づいていない思いを言い当てられるような感覚があるからだった。
残りの俺の人生全て、陽華のそばで彼女を守ることに捧げるつもりだった。
彼女を守って死ぬのなら、それこそ護衛としては本望だと。
“俺の人生の最後まで”そばにいる、そのつもりで、もはや、“彼女の人生の最後まで”添い遂げられるかどうかなんて考えたことはなかった。
なぜなら、つい最近までは、あいつの未来には、朔夜がいるのだろうと当然に思っていたからだ。
彼女は“女王になる”と言っていた。
そして、それが達成したその時、俺は生きているだろうか。あいつの隣で、今のように立っていられるだろうか。
例え、その時、隣にいられないとしても、俺の願いはただ一つ。
陽華が“女王になる”という願いを叶えるために、彼女を守ること、それだけだ。
黄亀国篇が終わり、次は白魚国篇へ突入!
陽華と蒼天の関係にも大きな変化が訪れます。よろしければ、ブックマーク・評価で応援していただけると完結までの励みになります!




