13.旭冥の後悔
今日は眠りにつけたと思ったのも束の間に、またもや眠りから目覚めてしまった。
朝が来ていることを期待したものの、外は依然として真っ暗で、自分が眠りに入っていた時間はそう長くはないことを知る。
このままベッドの中にいても、到底眠りにつく気にはなれず、私は夜風に当たろうと部屋を出て、庭園に向かおうとする途中、回廊に腰を降ろし、一人お茶を嗜む旭冥様がいた。
「今夜は月が綺麗だねえ」
背後に私の気配を察したのか、視線は月を捉えたまま呟いた。
その言葉に私も視線を上にあげる。そこには、大きな満月が輝いていた。
「お嬢さんも、一緒にどうだい?眠れないのだろう」
その言葉に私はギクリと肩を揺らす。どうして、眠れず外に出てきたことがわかったのだろう。
気づけば、旭冥様がこちらを振り向いていた。
「じゃあ、お言葉に甘えて、隣に失礼します」
旭冥様の隣に腰を下ろし、注がれた茶を一口含んだ。
その茶は穏やかなの花の香りがした。
「なんだか、落ち着きますね」
温まるお茶を飲みながら、虫の羽音一つ聞こえない静かな庭園で月を眺める。
まるで、現実から隔離されたような空間にも感じた。
「そのお茶は快眠を促す作用があるからねえ。私もよく飲むんだ」
「旭冥様も眠れないんですか?」
「決まって、満月の日はねえ」
なぜ、満月の日……に?
そう言った旭冥様は遠い昔を懐かしむように目を細めた後、寂しげな笑みを落とした。
「一人の老人の戯言だと思って聞いてくれるか」
「……はい」
私が頷くと、旭冥様は再び月を見上げて、ポツリポツリと言葉を溢し始めた。
「あの日も綺麗な満月だった。先頭に立って軍を率いていた弟が戦争から帰ってきたという知らせを聞いて、私は嬉しさのあまり、部屋を飛び出した」
「……」
「けれど、そこにあったのは、箱に入れられた弟の首だったんだ」
「……っ!!」
彼は乾いた喉を潤すように、お茶をもう一口含んだ。
自分の大切な人が首だけの姿になって、自分の元に帰ってくる。その光景を想像するだけで、胃の奥が締め付けられる思いだった。
「目には目を。歯には歯を。帰ってきた弟を見て、敵国に復讐をすべく、更なる援軍を送るべきだと周囲は躍起になった。だが……、私は違った」
「旭冥様は、どうしたんですか?」
「降伏したんだよ。戦うことから逃げた」
「……!」
「あの時の私は、疲れてしまったんだねえ。もう、あのような光景を目にしたくはなかったんだよ」
「それ以降、黄亀国は”中立国”の道を選んだんですね……」
「そうだねえ。でも、その選択が合っていたのか、今でも自信はない」
そして、 旭冥様は手元のお茶に視線を落とした。
「こうして、満月を見るたびに、弟に責められているような気がするんだよ。なぜ敵を取ってくれなかったのか……とねえ」
「……責めるなんて、そんな。きっと、弟さんは喜んでますよ。黄亀国が平和になって、旭冥様もこうして長生きしてくれていることを」
「どうかねえ。もしかしたら、お前だけ長生きしやがってと憎んでいるかもしれないけどねえ」
旭冥様は冗談のように笑って見せたが、その笑顔には明らかな痛みが滲んでいた。
旭冥様が、”中立国”の道を選ぶまでに、思い悩まれたに違いない。それでも、この道を選んだのは、戦争の犠牲を食い止める、この国の民を誰よりも案じてのことだったのだろう。
それでも、旭冥様の瞳には後悔の念が滲んでいた。
もはや、私がどんな言葉をかけても、それはもう意味をなさないような気がして、ただ旭冥様の隣で共に月を見ながらお茶を啜ることしかできなかった。




