12.女王になる
昨夜は、数日ぶりにベッドに横たわれたものの、静かな暗い部屋で一人になると、これから自分たちはどうなってしまうのだろうと不安に苛まれ、中々眠りにつけず、ただ天井を見つめて夜を過ごした。
そして、気づけば外は明るくなり、朝を迎えていた。
私と蒼天は、夢鈴さんに用意いただいて服に裾を通し、恐れ多くも、旭冥様と朝食を共にしていた。
「君たち、二人はこれからどうするつもりだい?ここにいてもらっても問題ないが、中立国という立場上、君たちを王宮内に匿っていることが公に露呈することは避けたい」
赤蛇国の私たちを青鶏国から匿っていることが公になれば、黄亀国の“中立”という立場が危ぶまれることは確かだった。
このまま、ここで甘えるわけにはいかない。ただ、この先の行く宛も私たちにはなかった。しかし、蒼天には何か考えがあるようで、旭冥様の質問に答える。
「これ以上、ここに長居をしてご迷惑をおかけするつもりはありません。ただ、二つほどお願いがあります」
「お願いとは……?」
「一つ目は、俺と陽華に黄亀国での戸籍を用意してもらうこと、そして二つ目は、最初の生活資金を貸していただきたい。それさえ協力していただければ、これ以上王宮に関わることはありません」
「勿論、力になろう。逆に、それくらいしかできなくて申し訳ない」
蒼天が述べた二つの願いを聞いて、私は彼の意図していることを何となく察した。
私の母がこの国に駆け落ちしてきた時と同じく、ここで戸籍を作り、ほとぼりが冷めるまで“黄亀国”の人間として市井に混じって生きようというのだ。
蒼天は、元より、そのつもりでこの国に逃げてきたのだろう。
「しかし、幸辛いねえ。大陸法のもと、完全に青鶏国の統治下に置かれてしまうだろうから」
「大陸法ですか?」
「大陸法の中に“王族が不在、もしくは王族が王位権を誇示せず放棄し、国民の50%が賛成した場合、新国王の樹立を容認する”という法令があるんだよ」
「それは、つまり、私が国に戻って王位を誇示しない場合、法的に青鶏の王が赤蛇国の実権を握るということですか?」
「そういうことになるねえ。青鶏国に支配された以上、国民も反対の声をあげることはできないだろう」
それを聞いて、手に汗が滲む。
お祖父様や、王宮にいた皆が大切に守ってきた国が他の人の手に渡ってしまう……?
お祖父様が殺された時点で、青鶏国に一時は国を奪われてしまうのだろうと、予測はついていたはずだ。それでも、法的にそれが認められれるのとでは、事の重大さが異なる。
私は、心のどこかで時間が全てを解決し、いつかは国に戻ることができるのだろうと、どこか甘く考えていたのかもしれない。
待っているだけでは、この問題を解決することなどできないのに。
「私、戻ります!」
「ど、どこに?」
「どこにって、赤蛇国にです」
居ても立っても居られず、私はその場から立ち上がった。
「お祖父様、そして、王宮の皆の手で守ってきた国を他の人の手に渡すわけにはいきません。それに、あそこは私たちの“故郷”でもあるんです。それを理不尽に奪われるなんて、おかしいじゃないですか」
その場を立ち去ろうとする私の腕を、隣にいた蒼天が強く掴む。
そして、低い声で呟いた。
「行くな」
「え?」
「今、お前が一人で行ったところで、敵に何されるかわかんないぞ。もしかしたら、殺されるかもしれねえんだよ!わかってんのか」
「行ってみないとわからないでしょ。私は、赤蛇国の王女として向こうの人たちと話をする。それで、話し合いで平和的に解決する道を探る。とにかく、このまま何もしないで、されるがままなんてあり得ない」
「……」
「きっと青鶏国の人たちも事情があるんだよ。話をしたら、きっと……」
すると、蒼天が私の言葉を遮るように言った。
「人が人を殺すのに特別な事情なんてねえよ」
「……え?」
私の腕を握りしめる彼の手がギュッと強くなる。その強さに思わず顔を顰める。
「あるのは、殺意。もしくは、自分の利益。それだけだ」
「……」
「それは、朔夜も例外じゃねえぞ」
「……!」
私のことを捉えて離さない彼の瞳に、金縛りにあったように動けなくなる。
ああ、だから嫌なのだ。蒼天は私の考えていることをいとも簡単に見透かしてくるから。
私が、いまだに“朔夜を信じたい”と思ってしまっていることなんて、お見通しなのだろう。
蒼天は私に訴えている、話し合いや平和的解決などの道はないということを。
「心苦しいだろうが、私も今は戻るべきじゃないと思うねえ。今戻ったところで、陽華さんを、赤蛇国の王女だと証明することはできないだろう。何せ、お嬢さんの存在はずっと隠されていたのだから、王宮の外の者は誰も赤蛇国に王女がいたことすら知らない。そんな状態で、姿を表しても信じてもらえないだろうからね」
「そんな……」
私は力が抜けたようにその場に座り込んだ。
私が赤蛇国の王女だと証明できなければ、いつか国に戻ったとて、王位を誇示することもできない。それでは、もう八方塞がりではないか。
「ただ、悪いことばかりじゃない、先ほど密かに伝令が届いたんだよ。“林峻”という者から」
「え……!?」
その名前に、私と蒼天は顔を上げた。
旭冥様に小さな紙の切れ端のようなものを渡され、内容を確認すると、そこには「国、陥落。第一軍隊負傷者あり、尚、生存者撤退済」と記されていた。その知らせに、思わず強張っていた肩を下ろす。
「とりあえず、上手く撤退したみたいだね」
「ああ。よかった、よかった」
私以上に蒼天は、彼らの状況を気にしていたのだろう。
だって、蒼天にとっては、林峻を含めた第一軍隊は家族のようなものだから。
林峻が幼い蒼天を養子として引き取り、彼は自分の何倍も大きい男たちの中で育てられてきたのだ。
伝令の内容を確認した後、手紙が残らないよう、蒼天は蝋燭の火に当てて燃やし、すぐに灰となって消えた。
その後、旭冥様の手配で、すぐに戸籍と暮らしに困らない住居と食糧を用意してくれることのことで、それの手配ができるまで、王宮で匿ってもらうこととなった。
私と蒼天は大きな庭を歩きながら、今後のことについて相談をした。
「これで、暫く生活に困ることはないだろ」
「でも、お金を返すためにも働かないとね〜。私みたいな世間知らずの人間を雇ってくれるところなんてあるかな」
「俺がいるだろ。お前は、働く必要ない。……それに、その赤髪は目立つし」
「え〜〜。じゃあ、私はせっかく王宮の外に出られたっていうのに、鳳凰の伝説?とかを気にして、またここでも家の中から出るなって言うの?」
「だって、危ないだろ。お前に何かあったら……、」
「でも、守ってくれるんでしょ?」
「え……?」
私と蒼天の間に強い風が吹き、庭の草木が激しく揺れる。
自分の髪の毛が風にたなびいているのがわかる。
「全言撤回されたら困るよ。蒼天には、最後まで一緒にいてもらわないと。私、決めたから。女王になるって」
「……え!!??」
蒼天が「お前で務まるのか?」とでも言いたげな表情でこちらを見つめる。
相変わらず、なんて失礼な……。
「だって、それしか、国を取り戻す手段はないでしょう。だから、まずはそのために兄を探す」
「兄って。双子のお兄さんのことか?」
「うん。旭冥様が言ってたでしょう。赤髪の双子は王族の血筋にしか産まれないって。おまけに、この大陸の誰もが紅髪の双子には鳳凰の力が宿ると信じている。その中で“紅髪の双子”が現れれば、王族の正当性を主張できて、民意の同意も得られる。そしたら、確実に情勢はこちらに傾く」
そうすれば、無駄な死亡者を出すことなく、意味のない戦争をせずに、赤蛇国を取り戻すことができるかもしれない。私は、あの夜の王宮の惨劇を、もう見たくはない。
“鳳凰の象徴”なんて聞いたときは、煩わしいと思っていた。
襲撃されて、おまけに、他にも私を狙う人たちがいるかもしれないだなんて、望んで赤髪の双子として産まれてきたわけでもないのに、うんざりしそうだった。それでもーー。
「使えるものは、全部使うしかない」
私が“鳳凰の象徴”であるのなら、それを存分に利用していく他ない。
それで、平和な道が開けるのであれば。




