11.五国の力
従者に案内され、客間を出るとそこには綺麗な黒髪のお姉さんが立っていた。
「ここからは私がご案内しますね」
透き通った肌にシュッとした顔立ちで、どこか凛とした雰囲気を感じるも、優しく包容力のある声をしていた。
「私の名前は夢鈴と言います。旭冥は私の祖父になります」
その紹介を聞いて、合点がいった。
彼女の持つ日向の中のような優しげな雰囲気が旭冥様に似ていると思ったのだ。
そして、夢鈴さんの後をついていくと、王宮の奥の一室に辿り着いた。
「ここがお二人に宿泊いただく部屋になります」
急遽、用意してもらったにも関わらず、十分すぎるほどに綺麗で広い部屋に大きなベッドが置かれている。昨晩、野宿をしていたことを考えると、有難い限りだ。
「ありがとうございます。急な訪問なのに、豪華な部屋を用意いただいて」
「いえいえ、大事なお客様ですから」
「あの……」
すると、蒼天が言い出しづらそうに、手を挙げた。
「俺とこいつ同じ部屋ですか?」
「護衛の方と聞いておりましたので、今の状況を考えると、同じ部屋が安心かと思ったのですが、違いましたか?」
夢鈴さんは、蒼天の反応に対して、「はて」と不思議そうに首を傾げた。
「いや、あの……、流石にえっと……」
「何、さっきから。はっきり言いなよ」
「だって、お前は気にならないのかよ!」
「何が?」
「だから、ベッドだって、一つしか……ねえし」
先ほど、旭冥様の前で啖呵を切っていた人と同一人物とは思えないほどに、しどろもどろになる蒼天。
そんな蒼天に、夢鈴さんも、首を傾げて困ってしまっている。
急にどうしたのだろう。らしくない態度を取って。
まさか、こんな十分すぎる部屋に何か不満があるのだろうか……。
すると、夢鈴さんが堪えきれないとでも言うかのように「ふふふふ」と声を出して、笑い始めた。私と蒼天は、彼女に視線を移す。
「冗談ですよ。隣に蒼天さんのお部屋も用意してあります」
「あ、そうですよね。ありがとうございます」
その言葉を聞いて、蒼天は心底ホッとした表情を浮かべた。
しかし、それも束の間に、夢鈴さんは部屋の奥にある扉を開いた。
「ただし、この扉は隣の部屋に繋がっていますので、開ければいつでも陽華様の部屋に行けますよ」
「……!」
「例えば……」
その瞬間、蒼天が私の両耳を勢い良く塞いだ。
「よ・る・でも♡」
「夢鈴さん!いい加減にしてください!」
よく聞こえないが、私の頭上で蒼天が何やら叫んでいるようだ。
そして、私たちを見る夢鈴さんは変わらず聖母のような笑みを浮かべているが、視線はどこか面白そうに笑っている。
「あら?私は護衛に打ってつけですよという意図でお伝えしたのですが……。ふふふふ、本当にわかりやすくて、面白いですね」
蒼天の大きなため息と共に、ようやく、塞がれていた耳が解放された。
彼の顔は真っ赤に染まっている。
私がじっと彼の顔を見ていると、「こっち見るな」と顔を背けられた。
「ところで、陽華さん、その髪の毛どうされたんですか?」
「え?」
「毛先が少々不揃いだなと思いまして」
その言葉に私は自分の髪の毛を思わず抑える。
そういえば、あの時、短剣で勢いのままに切ってしまったので、ちゃんと整えられていなかったかもしれない。
「ちょっと、髪が絡まって適当に切っちゃたんですよね」
「あら、それは大変!私が切り揃えてあげます。ここに座ってください」
なんとなく、髪の毛を売ったことを言うのは憚られ、それっぽい理由を並べてしまった。
私は夢鈴さんに案内されるままに、ドレッサーの前に腰掛ける。
鏡に映る自分を確認すると、確かに毛先はバラバラだった。
「私ね、男兄弟に囲まれて育ってきたから。こんな感じで、妹の髪の切ったりしてあげるの夢だったんです」
夢鈴さんは、ドレッサーからハサミを取り出し、慣れた手付きで私の髪の毛を切り揃えていく。改めて鏡を前にして、胸下まであった髪の毛が今は肩上くらいまで短くなったことに気づかされた。
「それにしても、本当に綺麗な紅色ですね」
夢鈴さんが私の髪を艶やかに撫でる。
「大変でしょうね。国を追われた挙句、鳳凰の力を狙う勢力にも注意を払わなければならないなんて。敵が多くて、私なら嫌になります」
「鳳凰の力を狙う勢力?」
「ええ。鳳凰の不老不死の力、願いを一つ叶える力、国を統一する力。そういったものを求める人々です。……特に、“鳳凰教”は一番厄介」
夢鈴さんが艶のある吐息まじりの声で人差し指を唇に近づけながら、私の耳元に近づく。
そんな彼女を鏡越しに見つめ、女ながらに見惚れてしまいそうになる。
「鳳凰を崇め奉る宗教のことです。彼らは、“紅髪の双子”が生まれ次第、鳳凰教に差し出すように各国の王族にお触れを出しています」
「それは、なぜですか?」
「一つの国に力が偏らないようにするためです。鳳凰の力は大陸全体で共有するべきと。だから、鳳凰教で保護すると彼らは言っていますが、」
「……?」
「大変胡散臭い集団だと、私は思っています。ですから、くれぐれも気をつけてくださいね?」
非常に重要な忠告を彼女はなんて事のない調子で口にして、先ほどと変わらない様子で余裕そうな笑みを浮かべた。
「それでは、髪も切り終わりましたので、私はこれで失礼します」
「あ、ありがとうございました!」
「いえ。短い髪も大変お似合いですよ、ね?」
なぜか、彼女は蒼天に同意を求めた。
蒼天がそれに対してぎこちない様子で「ああ」と頷いている。
そして、夢鈴さんはハサミを置いて、「あとは二人でごゆっくり〜♡」とひらひらと手を振りながら部屋から出て行こうとしたところを、蒼天が「あの……!」と彼女を呼び止めた。
「なんでしょう?」
「包帯と消毒液、それから傷薬なんかもあったら貰えますか?」
「いいですけど。なぜ必要なんです?」
「陽華が青鶏国の襲撃にあった際に、怪我をしてしまったんで」
「あら、それは大変!」
蒼天のその言葉を聞いて、私は自分が怪我をしていたことを今思い出した。
旅の道中で、すっかり忘れてしまっていた。そんな私を訝しげな目で見つめる蒼天とパッと目が合ってしまう。
「お前、怪我のこと忘れてたろ。傷は放っておくなってあれほど言ったのに」
「いや〜、まさか。こんなに痛むのに忘れてるわけが……、あ!!!」
「どうした!!??」
私の驚く声に、蒼天も反応する。
「血が染みてる〜〜!!」
「はあ。よく、それで気にせずいれたな」
長い裾のスカートを捲って太腿を確認すると、蒼天がきつく巻いてくれた止血用の彼の服の切れ端がじめっと赤黒く滲んでいる。
「少し、いいですか?」
そこに、夢鈴さんが私の傷を確認するために、私の元へ駆け寄り、キツく縛られていた布を解いた。解いた先、そこには、やはり矢が掠った傷が深く残っていた。
「あらら〜。これは傷跡が残りますね」
「やっぱり、そうですか……」
夢鈴さんの言葉を聞いて、大きなため息をつき、私以上に深刻な顔を浮かべる蒼天。
なぜ、そんなに痛ましげな顔をするのだろう。
太ももの傷くらい、別に誰かに見られるわけじゃないし、私はどうってことないのに。
しかし、夢鈴さんは意味深な言葉を続けた。
「ええ。“普通”なら残りますね」
「普通なら……?」
すると、夢鈴さんは意識を集中させるように、目を閉じ、私の傷口に手を当てた。
すると、彼女の手を当てている部分が仄かに光、そして、手を離すと傷口は塞がっていた。傷跡も綺麗になくなっている。
「え!!??」
私は、驚きのあまり、思わず声を上げた。
蒼天も同じく信じられないといった様子で目をまん丸とさせている。
今の一瞬で一体何が起きたというのだろうか。
「黄亀国の王族は代々、“治癒の力”を持ちますから。といっても、軽い傷を治せるだけの小さな力ですが」
「いやいや、軽い傷を治すだけでもすごいですよ……!」
私が興奮した気持ちのまま感謝を伝えると、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「もしや、ご存知ないのですか?五国の力のこと」
「……?」
「陽華さん。あなたにも、その力があるはずですよ」
「……え?」
その後、夢鈴さんは“五国の力”の正体について教えてくれた。
どうやら、五国の王族の血を引くものには、夢鈴さんのように代々、微力ではあるが、何かに秀でた特殊な力が宿るらしい。
黄亀国は“治癒の力”、青鶏国は“支配の力”、白魚国は“斬撃の力”、黒燕国は“虚構の力”、そして、赤蛇国はーー、“守護の力”。
「本当にそんなの使えるのか?」
「いや〜、わからない。夢鈴さんの真似して、とりあえず念を込めてみてはいるんだけど……」
夢鈴さんが去った後、私は見様見真似で力を込めてみていた。
しかし、守護の力とやらの感覚を掴めそうにもなかった。
どうすれば、その力を使えるのかもわからないし、力が湧き上がってくる感覚もない。
夢鈴さんによると誰に教わるでもなく、ある日突然、自然と力を使いこなせるようになっているらしい。
そもそも、“守護”と言われても、それで具体的に何ができるのかイメージが湧かない。お祖父様が使っていたのも、見たことがないし。
「もしかしたら、陽華が厳重に王宮に匿われていたのは、それが理由だったのかもな」
「え……?」
二人になった部屋で蒼天がポツリと言葉を溢した。
「今考えれば、いくら王女で命を狙われやすいといえど、18歳まで外にお前の存在自体をお披露目しないだなんて、おかしいだろ。それも、お前が鳳凰の子の可能性があって、かつ守護の力とやらも持っているとなると、陽華を守るためという理由も納得がいく。実際にーー」
蒼天は、徐に私の後に立ち、背中にそっと触れた。
「あの時、お前が攫われた理由も、もしかしたらそれが理由だったのかもしれない」
服越しに見えない“それ”を辿るように蒼天の指がなぞる。
ドレッサーの鏡越しに彼の表情を盗み見る、その彼の瞳は、私が見たことないほどに、物悲しげに揺れていた。
「はい!この話はもう終わり!私、お風呂入るから、部屋戻ってもらってもいい?」
そんな彼の顔を見ていたくなくて、椅子から立ち上がり、場の雰囲気を切り替えようと、無理矢理、彼を部屋から追い出したすと、渋々部屋に戻って行った。
彼が部屋に戻ったのを確認して、私は備え付けられた風呂場へ着替えと共に足を運ぶ。
来ていた服をパサっと脱ぐと、顕になった肌が鏡に映った。
――鏡に映った背中には、剣で切られたような大きな傷跡が斜めに刻まれていた。




