10.鳳凰の伝説
先ほどの扱いとは打って変わり、王宮の客間に案内されお茶を出された私たちは、黄亀国の王、その名も旭冥様を前に座っていた。
どうやら、私が、赤蛇国の王女だからというわけでなく、旭冥様が私の母を知っていたから、無事に門を通されたようだった。
そもそも、なぜこの人は母を知っているのだろうか。
体が弱かった母は、あまり王宮の外に出ることはなかったはずなのに。
「鏡霞は元気ですか?」
突然の旭冥様の言葉に、ドキリと胸が走るも、正直に答えるほかなかった。
「……母は、亡くなりました。私が6歳の時に」
「そうだったのか。そうとは知らず、申し訳ない」
「気にしないでください。もう、かなり前のことですから」
気まずい沈黙が流れたところに、隣に座る蒼天が切り込む。
「ところで、あんたは、なぜ、陽華の母を知っていたんだ」
「実は、鏡霞は黄亀国に亡命していたことがあったんだよ」
「え!!!???」
私と蒼天は驚きのあまり、揃って声を上げた。
「亡命というよりも、駆け落ちと言った方が良いかねえ。彼女は、とある国の行商人と恋に落ちた。けれど、身分の違いから一緒になれないと、二人で黄亀国に逃げて来たんだよ。そして、この国で子どもを産んだ。それから、暫くはここで過ごしていたらしいが、いつからか姿を見なくなり心配していたんだが。赤蛇国に戻っていたとはね」
母にそのような過去があったなんて、私は何も知らなかった。
思えば、母は必要以上に私が生まれる前のことを話したがらなかった気がする。
幼い頃に、「なぜ私には父がいないのか」と聞いた時も、「ごめんね」と謝るだけで、何も答えてはくれなかった。
お祖父様からは歯切れの悪い口調で「病で亡くなった」と聞いていたけれども、もしかしたら、結局、二人は身分の違いで引き離され、母だけが私と一緒に王宮に連れ戻されたのかもしれない。
「あれ、そういえば、お兄さんは一緒に逃げてきてないのですか?」
「……兄ですか?」
その質問が私に投げかけられたものだと理解するのに時間がかかった。
だって、私にはーー、
「兄はいません。私は一人娘です」
その言葉に、今度は旭冥様が動揺していることがわかる。
「……ほ、本当ですか?」
「はい」
「そうですか……。てっきり、貴方たち双子を守るために、安全な王宮に戻る選択をしたのかと思っていましたが、まさか陽華さんだけだったとは」
「私には、双子の兄がいたんですか?」
「ええ。それもただの双子じゃない。“鳳凰の象徴”である“赤髪の双子”です」
――鳳凰。
その言葉を聞いて、私と蒼天は静かに顔を見合わせる。
まただ。この言葉を聞くのは何度目だろうか。ここ数日で幾度となく聞いてきた言葉。不思議に思いながらも、その意味は未だにわからずにいた。
「あの、“鳳凰”って一体何ですか?」
その言葉に旭冥様は目を丸くした。
「もしや……、陽華さんは“鳳凰”を知らないのですか?」
「はい。私、生まれてからずっと王宮で育ってきたんです。ですから、外のことの何も知らなくて。でも、ここに来る道中で何度も耳にして。“鳳凰の象徴”とか、“赤髪に価値がある”とか……」
「この大陸で“鳳凰の伝説”を知らない人はいませんから。しかし、王族ともあれば、必ず“鳳凰の伝説”の教育は受けるはず。となると、意図的に“鳳凰”の情報を隠されていたのか。貴方を守るために、もしくは……」
旭冥様は訝しげに深く考え込み、黙り込んでしまった。
顔には苦渋の色が浮かんでいる。
「……旭冥様、どうしました?」
一点を見つめ考え込む旭冥様に、声をかけると、ハッとしたように再び視線をこちらに戻した。
「いえ、何でもありません。憶測で物を言うのは良くないですからね」
「……?」
そして、一息置いて、旭冥様は語り始めた。私が知りたかったこと。
――“鳳凰”とは何たるものかを。
「大切なことなので、よく聞いてください。“鳳凰”とは大陸そのものです」
「大陸!?」
思わず、私と蒼天の声が重なった。
「ええ。正確には、この大陸、いわば鳳環大陸の安寧と平和、その均衡を支える血とも言えます」
そして、旭冥様がこの部屋の天井を見上げた。
その視線の先を見ると、そこには、見覚えのある絵が描かれていた。
それは、王宮の中で幾度となく見たことのあるもの。お祖父様の玉座の後の壁に大きく描かれたいた。そして、あの秘密の地下室にもあったーー、大きな鳥の絵と全く同じものだ。
歪な大きな鳥の絵を「頭」「首」「背」「尾」「顎」と分けるように、線が引かれており、頭には青色、首には赤色、背中には黄色、尾鰭には白色、顎には黒色に塗られていいる。
「これは、鳳環大陸の地図を描いていて、実際に大陸はこのように鳳凰の形をしているんです」
旭冥様の話によると、この大陸には“鳳凰”の伝説というものがあるらしい。
遠い昔、戦いで荒れ果てた大陸に、突然現れた赤髪の少女が血を大地に垂らした瞬間、鳳凰が召喚され、大陸は鳳凰の形をなぞるように5つの国に分けられたのだと言うのだ。
そして、その際に鳳凰により、それぞれの国を統べる者が任命された。それが後の各国の王族となる。
そして、“赤髪の双子”が鳳凰の象徴とされている所以は、赤髪の少女が残した言葉。
――「紅き髪の双子が生まれし時、再び、あれは地に降りる」
赤髪の双子は必ず、鳳凰に国を統べるよう任命された5名の血筋の中から生まれてくるとされ、それ以降、人々は“赤髪の双子”が生まれては、鳳凰召喚の儀式を行い、“鳳凰”を大地に呼び、大陸の安寧を維持していた。
何より“赤髪の双子”がそれほどに崇められ、特別視される理由。それはーー
「不老不死……!?」
「“鳳凰は、召喚した者に国を統べる力を与え、その者の願いを1つ叶える。そして、その力を手にした者はその後、そのままの姿で何百年と生き続ける。” と伝承には記されています」
「いや、ちょっと待てよ。じいさん。普通に考えて、そんなことあり得ないだろ」
「そうだねえ。もう、80年近く生きているが、鳳凰そのものも、鳳凰を召喚して、生き続けたという人も見たことがない」
「だろ?そしたら、今も、そこかしこで起きている争いは一体何だって言うんだ?それに、俺たちは“青鶏国”に襲撃されて逃げてきたんだ。平和と安寧をもたらす“鳳凰”っていうのが本当にいるなら、こんなことにはなってないだろ」
「ちょっと、言い過ぎだって!」
相手が一国の王であることを忘れ、正面から異論を唱える蒼天の姿に内心肝が冷えるも、彼の言うことにも一理あった。
もはや、赤蛇国と青鶏国の間に“平和”など存在しない。
「……君の名は、蒼天と言いましたか」
「ああ」
「いいですねえ。若くて真っ直ぐで」
蒼天の態度は少しも気にしていない様子で、旭冥様はただ静かに微笑んだ。
その微笑みには諦観した雰囲気が漂っており、どこか悲しげにも見えた。
「本当に“鳳凰”が存在するのかしないのかは、どちらでも良いのです。大切なのは、皆が“鳳凰の伝説”を信じているということ。特に、“紅髪の双子”は必ず王族の血筋から生まれるという言い伝え。それが、何百年も各国の王族が国を統べる力を維持し、五国が保たれている所以です。ゆえに、実際に鳳凰など召喚できなくとも、“紅髪の双子”は平和の象徴として大きな力を持つのです。ですから、逆に言えばーー」
旭冥様は再び視線を私に向ける。
「“紅髪の双子”は危険に晒されやすい。皆がその力を欲しがりますから」
「……」
その鋭い言葉に、私は思わず自分の服の裾をギュッと握り締めた。
“鳳凰”の伝説を聞いて、途端に自分が何者なのか、わからなくなってしまった。
自分のことなのに、全てを理解できていないことへの恐怖が体の底から湧き上がってくる。
この手に収まりきらないほどの得体の知れない大きな力が宿っていると思うと、不安で押しつぶされそうだ。ただでさえ、命を狙われ、逃げるのに精一杯な状況なのに。
「心配いらない。俺がいる限り、陽華を誰の手にも渡しはしない」
私の不安を包み込むように、握りしめた拳の上にそっと蒼天の手が添えられた。
私は、ハッとして隣にいた彼の顔を見るも、彼は旭冥様をじっと見つめていた。
すると、旭冥様は優しげな笑みでふふっと小さな声を出して笑った。
「そうですか。陽華様は非常に良い護衛を持ちましたね」
「ありがとうございます。でも……」
「……?」
「一つだけ訂正させてください。蒼天はただの護衛じゃありません。私の唯一の親友です」
その時、「失礼します」と黄亀国の従者が応接間にやって来た。
そうやら、私たちを匿ってくれる部屋の準備が整ったとのことだった。
旭冥様にお礼をして、従者の案内のもと、その部屋に向かおうと応接間を出る直前、旭冥様が再度私たちを呼び止めた。
「私も一つ訂正させってもらってもいいかね」
「……?」
「私は、今も信じているんだよ。鳳凰の力が本当に存在することを。そして、いつか……、鳳凰が召喚され、大陸に真の平和が訪れることを」
そう口にした旭冥様の瞳には切実な思いが滲んでいた。




