9話 殿下の依頼③
妹さんが落ち着くのを待って、リノアくんとキュウを引っ剥がした。
「それじゃあ、もう思い残すことはないわね。セレス、苦しめずに殺しなさい」
「……えっ?」
「ま、待ってくれ!話が違うぞ!」
「あなたが居座ってると妹さんは出て来ないのでしょう?じゃあ、出て行ってもらうしかないじゃない」
「ち、ちょっと待って!私がレイアを説得するから!」
「問答無用よ。さあ、セレス、殺っておしまい!」
セレスが剣を上段に構える。
「やめて!!!」
その時、一際大きな声が部屋に響いた。
「私の命の恩人を殺さないで!」
「レイア、もう大丈夫なの?」
「うん。レイナは私を助けてくれたのに、見捨てるなんてこと出来る筈がないわ」
全部同じ口から言葉が発せられているので、一人芝居をやっているように見える。
「ま、まさか、レイアなのか?」
「お兄様……後でたっぷりお説教ですからね」
「……本物だ!レイアが戻って来てくれた!」
泣きながら喜んでいる殿下だが、私はその喜びの中で頬を染めて高揚しているのを見逃さなかった。
まさか、説教されることに興奮を覚える人間がいるとでも言うの?
私が軽く衝撃を受けていると、頭の中の声が解説してくれた。
『被虐性愛者、通称マゾヒスト。マゾとかエムとか言ったりするね。王子がМとか婚約者さんは知ってるのかな?』
『被虐性愛者?……まさか、父様も?』
『あの人は違うかも。普通に受けた痛みが憎しみに変わってるように見えたし』
その憎しみが報われる日は来るのだろうか……
いや、私が産まれて来たのだから、あの二人が愛し合ったという事実は消えない筈。
きっと、その憎しみをさらに愛に変える事が出来る特殊な能力を持っているに違いない。
頭の中で父様の凄さを美化していると、妹さんが私の前に立った。
「危機的状況に追い込んで私を引き摺り出すなんて……その真に迫った演技にも感服致しましたわ」
「そ、そうよ。あなた達の絆を確かめさせてもらったわ。悪く思わないでね」
その絆を真っ二つに両断しようとしてたとは口が裂けても言えない。
「それに、幼い頃から患っていた持病が消えています。……貴女様は一体何者なのでしょうか?」
「自己紹介がまだだったわね。私はアテナよ。こっちがセレスとリノアくん。あと、頭の上に居るのがドラゴンのキュウね」
「リノア様……」
リノアくんを見る目が蕩けていて、完全に恋する乙女になっていた。
「持病の件だけど、勝手に治してごめんなさい」
「いえ、ずっと辛かったので助かりました。椅子に座る時にどうしても一瞬身構えてしまっていましたから」
なった人にしか分からない煩わしい病である。
「改めまして、私はレイア・フォン・アストライアと申します」
「私はレイナよ。あんたが来てくれてマジで助かったわ」
ここで深刻な問題が一つ。
「どっちが喋ってるのか分かりづらいわね。レイナが喋る時はその『マジ』って言葉を入れてちょうだい」
「マジかよ……」
「ふふ。それは良いですわね」
さて、依頼も無事に解決出来たし、寮に帰るとしましょうか。
「じゃあ、殿下。私達は帰るわね」
「……アテナ、君には本当に感謝している。報酬は弾んでおくよ」
「報酬?別に要らないわよ」
「そういう訳にもいかない。どうか受け取って欲しい」
私はリノアくんとキュウ、セレスに指示を出して、レイアの病を治したくらいしかしていない。
「……そうね。今回はリノアくんが頑張ってくれたから、報酬はリノアくんに渡してちょうだい」
「アテナさんが受け取らないのに、僕が受け取る訳にはいかないよ」
「このままでは話がまとまりませんね。では、私がリノア様の『報酬』になりますわ」
「……えっ?」
「マジで何言ってんの!?」
ほう。その手で来たか。
高貴な身分の者はその存在自体に価値がある。
国家間で婚姻が結ばれるのもその最たる例だ。
レイアは最大限の感謝の意を表しているように見せかけて、リノアくんを手中に収める気である!
「ダメだ、危険過ぎる!」
「そもそも王城に居ても毒殺されそうになったのに、何処が安全なのでしょう?」
「だ、だが、リノアの側が安全という訳ではない!」
「……アテナ様の近くに居るのが、この世で一番安全ですね」
セレスがとんでもない事を言い始めた。
「結界があれば外敵は近寄ることも出来ませんし、治癒術があるので毒に怯える必要もありません」
「まあ!なんて素晴らしいのでしょう!」
まあ、そうなんだけど。
その他の問題も山積みよ!
「寮の部屋が狭すぎて二人は入れないわ!」
「すぐに二人部屋に改修致しますわ」
「……流石に親の許可がないとね!」
「では、今から直談判に参りましょう」
「は?」
という訳で、私達は何故か王妃の寝室の前に来た……
「お母様、レイアです。少々お時間よろしいでしょうか?」
「……入りなさい」
警備の兵から物凄く睨まれてるんだけど大丈夫かしら?
部屋の中に入ると、それはもう豪華絢爛の一言だった。
王族って凄いな〜なんて思っていると、王妃はレイアを抱きしめていた。
「治ったのですね!ああ、私の愛しいレイア……」
「お母様、抱擁は嬉しいのですが、今日はお願いがあって参りました」
「レイアからのお願い!?もう何でも叶えちゃうわよ!」
相当に溺愛されているみたいだ。
これなら大丈夫そう……
「許可します。我が娘をよろしくお願いしますね」
即答!?
溺愛は何処に行ったの?
「こんな権力争いのゴミ溜めに置いておくくらいなら、せめて安全な場所に避難させたいと思うのが親心というもの」
自分が住んでる王城のことをゴミ溜めって言っちゃった……
「学園のことは手配しておきます。しっかり学んでくるのですよ」
「お母様、ありがとう!大好き!」
私達の制服を見て事情を察したのか、恐ろしく早い対応で逃げ道を潰されていく。
「ま、まだだ!学園の入学には試験を合格しないといけない。裏口入学は通用しないぞ!」
必死に抵抗する殿下を心の中で応援していると、頭の中の声が話し掛けて来た。
『多分、余裕で合格だね』
『何で分かるの?』
『転生者が居るから筆記試験は余裕だし、姫様の方も何かしらの能力持ちだと思う』
『あの筆記試験が余裕って相当頭が良いのね』
『素の学力が違い過ぎるんだ。君が受けたのを見たけど余裕だったし』
『……はぁ?見てたなら助けなさいよ!0点を回避出来てたじゃない!』
『あの時は会話出来るって知らなかったんだから仕方ないだろ!』
脳内でぎゃあぎゃあと言い合っていると、話は全てまとまっていた。
「では、娘のことよろしくお願いしますね」
「……はい」
部屋を去る前に、不健康そうな王妃の体に治癒術を使っておいた。
私の治癒術は、傷や欠損の修復は勿論だが、肌のシミやシワの除去、内臓の機能改善まで行う優れものなのだ。
王妃も自分の変化に気付いたのか、手鏡を手にして顔が綻んでいる。
「こ、これは?」
「王妃様が永く健康で居られるように祈りました」
「……アテナさん。貴女とは良き友人になれそうだわ。いつでも訪ねて来てね」
「……分かりました」
こうして、殿下の依頼を終えた私達は馬車で寮まで送られている。
「リノア様、お好きな食べ物は何ですか?」
「リノア、漢たるもの誘惑に耐える事も必要ですよ」
何故か、リノアくんは女二人に挟まれていた。
「キュウ。僕から離れないでね」
『キュウ?』
キュウを抱えて精神統一中のリノアくんに聞いてみる。
「リノアくんはどっちが好みなの?」
「「!!?」」
「ど、どどど、どっちが好みなんて……二人とも可愛いから困ってるんじゃないか!」
「ねえ、セレスさん。ここは共闘しませんか?」
「名案ですね。英雄色を好むとも言いますし」
「……こいつらマジパネェわ」
はぁ……
狩人に狙われた獲物のようなリノアくんだが、私の方は前途多難だ。
やはり婚活アピールが足りないのかしら?
明日からは、まだ見ぬ未来の旦那様にもっと積極的に攻めていく事にした。
日も変わり、深夜と呼ばれる時間帯。
私は吸い込まれるように睡魔に身を明け渡した……
「……アテナさん……起きて……」
「……無理ですね……諦めましょう」
「……凄い……これだけやっても起きないなんて……」
微睡みの中、声が聞こえた気がした……
「アテナさん、起きて!!」
「……う〜ん。もう起きてるわよ、私を信じなさい……」
「アテナ様、ウィリアムが花束を持って訪ねて来ています」
「えっ!?もしかして、縒りを戻したくなったのかしら。早く準備しないと……」
飛び起きるも、誰かが来る気配もなく三人と一匹は落ち着き払っていた。
「騙したわね!」
「これも遅刻を回避するためです。お許しを」
「まあ、無事に起きれたから良しとしましょう」
「「「…………」」」
「……何よ。もっと早く起きろってこと?」
「いや、アテナさんは丸一日以上眠ってだんだ。今日は王城から戻って二日目だよ」
リノアくんは何を言ってるの?
「何をしても起きなかったので、危うく剣で刺すところでした」
「一日くらい良いかと放置した次第ですわ。その間に部屋の改修も終わりました」
レイアに言われて部屋を見渡すと二倍の広さになっており、ベットも二つ置かれていた。
「隣で工事してんのに起きないなんて、アテナっちマジでヤバイよ」
『キュウ……』
キュウの憐れんだその目は、まるで「ドラゴンより寝坊助なんて、生物の恥さらしが!」と言ってる気がした。
「キュウ!誰が生物の恥さらしよ!」
「アテナさん、被害妄想が極まってるよ!」
「ふふ。アテナ様は本当に愉快な方ですわね」
「急に褒めないでよ。照れるじゃない」
「多分褒めてはないと思う……」
起きたら二人部屋になっているという不思議体験に困惑しつつも、準備をして寮を出た。
「レイアも一緒に来てるけど、試験はいつなの?」
「もう昨日のうちに合格致しましたわ」
「……おめでとう。実技試験は何をやったの?」
「ヒ・ミ・ツ♪ですわ」
「ごめんね。私、秘密主義の人とは一緒に暮らせないの。今日中に王城に戻ってね」
流石に信用をおけない人物と寝食を友にすることは出来ない。
私はずっと寝ていたので知る由もないが、恐らく昨日同衾したであろう事実は無かった事にしてそう言い放った。
「い、今のは嘘です!私の能力は『言霊』ですわ」
「ことだまって何?」
「簡単に言うと、強制力を持った言葉で様々な現象を起こす事が出来ます。私が命を繋いだのもこの力によるところが大きいです」
「凄いじゃない!隠すようなことじゃないわよ」
「この力を利用しようとする輩が寄って来ないように隠す事にしたんです」
「ふ〜ん」
政治の事なんてこれっぽっちも分からないが、色々と大変みたいだ。
「アテナ様も治癒術と結界術は出来るだけ秘匿しているのではないのですか?」
「隠したことあったかしら?」
「ないですね。クラスメイトや教員にも認知されているかと……全く信じられてはおりませんが」
「……ある意味凄いですね」
「でも、僕は母さんを救ってもらったんだ。例え誰一人としてアテナさんを信じなくても僕だけは信じるよ」
リノアくんが信じてくれるのは嬉しいが、流石に他の誰にも信じてもらえないのは正直辛いのではなかろうか?
「私は信じる信じない以前にアテナ様の御力を疑ったことすらありません」
「私も信じておりますが……聖女に匹敵する程の力を眠らせておくのは少し勿体ない気がしますね」
そう言えば、クラスメイトも先生も聖女がどうのこうの言ってたわね。
「まあ、私が王都に来た目的は婚活だから、聖女の真似事をする暇はないわね」
「「えっ?」」
「ですが、アテナ様。いくらなんでもウィリアムはダメです」
「何でよ!職人気質だからちょっとぶっきらぼうな所があるけど、優しくて男らしい理想の殿方じゃない!」
「理想と妄想を履き違えてはいけません」
「……急に現実を叩き付けないでちょうだい」
そんなこと分かってるわよ!
妄想に縋ったらダメなの!?
良い男は大体一本釣りされてるんだから仕方ないでしょうが!
『キュウ……』
キュウが首を伸ばして頬を擦り付けて来た。
「慰めてくれるなんて優しいわね……そうだ!今度バルに竜人族に知り合いがいないか聞いてみましょう。別に人族に拘る必要なんてなかったわ!」
「話が数秒で飛躍しますわね……」
「アテナっち、マジ怖えよ……」
「ぼ、僕が……」
何かを言いかけたリノアくんは、セレスに首トンされて気絶していた。
こうして、二回目のダンジョン探索が決定した……




