8話 殿下の依頼②
午後の実技の授業……
先ずは、カイラック先生が明日から始まる交流戦の禁止事項などを説明した。
「交流戦は決闘ではなく、あくまで模擬戦だ。命を奪うのが目的ではない以上、相手を殺した場合はその時点で退学だ」
「先生!死んだ相手を生き返らせた場合はどうなりますか?」
私は攻撃手段がないので殺せないが、観戦中に目の前で死んだ人間をそのままには出来ない。
「……アーティナリストか。蘇生は教会の中でも聖女と呼ばれる神に選ばれた人間にしか使えない奇蹟だ。出来ると言うのならやってみてくれ」
「え〜っと、誰かに死んでもらわないと証明出来ません。先生が死んでくれますか?」
「きょ、今日は体調が悪くてな。遠慮しておく」
「じゃあ、先ずは治癒術で治しますので……」
「と、とにかく!相手を殺すなという事だ!分かったな!」
カイラック先生は話をぶった切った。
これだけ語気を強めるということは、厳重に処罰する事でルールを守らせるというのが重要なのだろう。
生き返るかどうかは関係ないのかもしれない。
「今日は前回の続きだ。武器を持った相手が襲って来た時に素手でどう対応するのかについて教えていく。そうだな、先ずはセレスだったらどうするかを聞いておこう」
「無刀取りすればそのまま形勢が逆転するのでおすすめですね」
「……参考までにやってみてくれ」
セレスが華麗な無刀取りを披露したせいで、途中からセレス先生(仮)による無刀取りの授業になってしまった。
一般人には不可能なことを最初に教えるべきだと思う……
実技の授業も終わり放課後になった。
ネイルズ先生に呼び出されているので、言われた場所に向かう。
流石にセレスとリノアくんは同行していない。
『生徒矯正室』
部屋の扉の前で立ち尽くす。
明らかに矯正って書かれてるわね。
名前を付けた人のセンスに一抹の不安を感じながら扉をノックした。
「アーティナリスト・バーミリオン、参上致しました」
「入って良いぞ」
部屋に入ると、ネイルズ先生ともう一人知らない先生がソファーに座っていた。
テーブル挟んで反対側のソファーの横に直立する。
「そんなに畏まらなくて良い。話を聞くだけだ、普通に楽にしてくれ」
「いえ、これは自身への戒めなのです。モンティくんに会わせてくれませんか!?」
「モンティくん?……ああ、モンティカロの事か。会うのは難しいな。それに奴が全部自白した。アーティナリストが責任を感じる事は何もない」
「そんな……」
モンティくんから完全に拒絶されてしまったようだ。
謝罪したいのは所詮私の自己満足でしかないけど……
あれ?モンティくんの事で呼ばれたんじゃないの?
「先生、私は何故此処に呼ばれたのでしょうか?」
「自分から気付いてくれると助かるな」
私、何か悪い事した?
モンティくんの事以外思いつかない。
私が考え込んでいると、ネイルズ先生は呆れながら告げた。
「最初は被り物かと思ってスルーしてしまったが、その頭に乗っているのは何だ?」
『キュウ?』
「ドラゴンの赤ちゃんでキュウって言います。とても人懐っこいので危険はありません。キュウ、あなたの本気を見せるのよ!」
『キュウ〜♪キュ♪キュ♪』
キュウは私の頭の上で辿々しく踊り始める。
私からは見えないけど先生達は目が点になっていた。
……痛っ!頭の上で回転しないでちょうだい!
キュウが私の頭蓋骨を削り始めたので、両手で掴んで目の前に持ってきた。
「一応聞くけど、わざとじゃないわよね?」
『キュウ?』
首を傾げる仕草が可愛かったので許してあげる。
「こんな感じで、とても人に懐いているので迷惑はかけません」
「……今まで魔物を連れて来る生徒はいなかったから、私では判断出来ないな。学園長、どう思われますか?」
なんと、もう一人の先生は学園長だった!
白髪と長い白髭を蓄えたイケ爺である。
そう言えば、入学の時の式に居たわね。
「学園長のバエルだ。忌々しいバーミリオン家の血筋の者か……。とは言っても、流石にあやつ程狂ってはいないようだな」
忌々しいって言っちゃってるし……
父様は婿養子なので、あやつというのは恐らく母様の事だろう。
「母様をご存知なのですか?」
「ご存知もなにも、あやつはこの学園の卒業生だ。入学後すぐに全生徒を恐怖で支配し、暗黒の時代が訪れた。人の皮を被った悪魔という言葉は、まさにあやつにこそ相応しい」
……魔王?
母様が一体何をしでかしたのかは気になるが、聞いた所で想像の範疇を超えないのでやめておいた。
「私は母様とは違うので安心して下さい。母様の暴走を止めるのも私の役目でしたし」
「なんと!?あの災厄を止めたのか!?」
災厄扱いになっちゃった……
「が、学園長。ドラゴンの件は……」
「あの災厄に比べれば、ドラゴンなぞ些事に過ぎぬ。……アーティナリストよ。これからも学園生活で困ったことがあれば儂に言いなさい。便宜を図ってやろう」
「ありがとうございます!」
「学園長。特定の生徒に肩入れするのは……」
「ネイルズ、貴様はあの時代を知らぬから何とでも言えるのだ。あの化け物と対峙して尚、同じ台詞が吐けるならすぐにでも学園長を座を譲ってやる」
「そ、それは人間の話ですよね?」
散々な謂われようだが、暴走モードの母様を知っている身からすると完全に同意出来てしまう。
常人では精神が錯乱してしまうので、とにかくアフターケアが大変だった記憶しかない。
「……話は以上だ。そのドラゴンの世話はちゃんとするんだぞ」
「アーティナリストよ。今度、あの化け物と結婚した勇者の話を聞かせてくれ」
「分かりました」
モンティくんから拒絶されたのはショックだが、キュウの事は許可が出たので良しとしよう。
教室に戻るとセレスとリノアくんは私を待っていた。
「帰って良いって言ったのに」
「アテナ様を一人で帰らせる訳にはいきません」
「今夜のこと何も決めてないよ?」
そうだわ。
殿下の依頼で寮に迎えが来る予定だ。
「リノアくん、食事は済ませてきて。日を跨ぐかもしれないから、仮眠を取っておいた方が良いかも」
「今ので一気に不安になったよ」
「リノア。私が運ぶのは禁止されているので、よろしくお願いしますね」
「僕でも運べるかな……」
「台車を用意しておきましょう」
「絶対にやめてね。私はそのまま起きてるから大丈夫よ。明日の朝は……明日の私を信じてちょうだい」
リノアくんと別れて寮に帰った。
キュウと一緒にお風呂に入った後に部屋で待機する。
「キュウもちゃんと起きてないとダメよ……」
『キュウ!』
「まだ……迎えは……来てない?」
『キュウ!キュウ!!』
「寝るな!死ぬぞ!!……って、雪山じゃ……ないんだか……ら……」
『キューーーーウ!!!』
……目が覚めると知らない部屋に居た。
「……ここは?」
「私の部屋だよ。おはよう、眠り姫。ぐっすり眠れたみたいだね」
ドアップの……殿下?
ま、まさか眠っている間に殿下と結ばれたの?
顔は良いし、お金持ってるし、この前は男らしい所見せてもらったし、私としては問題ないんだけど、殿下はいつ私の事を?
「まだ、殿下から『好き』って言葉を聞けてないわ」
「……えっ?」
「殿下は私のどこを好きになったの?」
「……え〜っと。寝惚けてるとこ悪いんだけど、私には婚約者がいるんだ。すまない、アテナの気持ちには応えられない」
……婚約者?
「誰よ、その女!?」
「知ってると思うけど、エスカティーネだよ」
「……取り乱して大変申し訳ございません。如何なる罰も受ける所存です」
私は額を床に擦り付けて土下座した。
「まさか、美の女神アミスの現身であるエスカティーネ様の婚約者だとはつゆ知らず、何と恐れ多いことを!何卒、ご容赦下さいませ!」
「セレスさん。君の主人はその……大丈夫なのかい?」
「欠点もアテナ様の魅力の一つですので」
「確かに……そうだね」
あれ?
何でセレスが居るの?
リノアくんに抱かれたキュウも居る。
「私が部屋に駆け付けた時には、もう手遅れでした」
「明日どころか今日すら信じさせてもらえないなんて」
『キュウ……』
キュウからも残念なものを見る目を向けられた。
……ちょっと待って。
「……どうやって運んだの?」
「「………………」」
「……私がお姫様抱っこで運んだんだ。とても軽かったよ」
「!!?殿下の手を煩わせるなんて!重ねてお詫び申し上げます!」
「普通にしてくれて良いよ。もうそろそろ妹の様子を見に行きたい」
殿下に言われて顔を上げる。
徐々に当初の目的を思い出した。
「そうね。悪魔になった妹さんを退治しに行かないと……」
「全然違うからね!?」
「殿下、否定したい気持ちは分かるけど、一度憑かれた体は変異するから元には戻らないわ。覚悟を決めてちょうだい」
「それぐらい素行が酷いっていう比喩だから!まだ人間だよ!?」
殿下はまだ諦めきれないみたい。
肉親だから仕方がないが、退治の現場を見せるのは酷かもしれないわね。
殿下の後を付いて行く。
暇なので、廊下の両脇の壁にある高そうな絵画や置き物を眺めながら、もし損害が出たらどうなるだろうと考えてみた。
①私は弁償出来ない
②バーミリオン家に請求が行く
③母様が激怒
④王都襲来
⑤セレスの嘘がバレて母様が更にブチギレ
⑥奮闘虚しくセレスが爆発四散
「セレス。あなたの命に替えても此処にある装飾品を守るのよ!」
「……承知しましたが、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「母様が王都に来てしまうわ」
「!!?そ、そんな……い、嫌……」
セレスは両手で頭を抱えてその場に蹲った。
「え〜っと、アテナさんの結界で守れば良いんじゃないかな?」
「……それもそうね。危うくセレスを死地に追いやる所だったわ」
「リノア、あなたは私の救世主です!」
「……すまない。王城内は静かにしてくれると助かる」
妹さんの部屋に着いた。
殿下がノックすると、返事が返ってきた。
「誰〜?頼んでたイケメンの執事連れて来た〜?」
「私だ。入るぞ」
部屋の中に入ると、来客にも関わらずベットに寝そべったままの妹さんが居た。
美しい容姿だが、頬は痩せこけており、長い金髪もくすんだ色をしていた。
妹さんは特に姿勢を正すことなく、顔だけを此方に向けて私達を見た。
「あら?お兄様じゃない!もしかして、私の下僕になる気になった?それとも、新しい侍女を連れて来たの?」
「レイア。一体どうしてしまったんだ?昔の優しい君に戻ってくれ!」
「うるさい!突然こんな世界に連れて来られた私の身にもなってよ!ちょっとくらい我儘言っても良いでしょ!」
「……こんな感じで意味不明な発言を繰り返すんだ。頼む、妹を治してくれ!」
「はあ!?マジお前死ねよ!」
急にキレて暴れ出す妹さん。
これは悪魔憑き確定ね。
すると、頭の中にいつもの声が響いた。
『……あ〜、これは転生者かな?人格乗っ取ってる感じか?』
『テンセイシャっていう悪魔なのね』
『違うよ。他の世界で死んだ魂がこの世界の人の中に入ってるんだ』
『ふ〜ん。他の世界なんてあるんだ』
『まあ、ここは任せてくれないかな?』
自信がありそうなので、頭の中の声に従う。
「イケメン執事がご所望みたいだから連れて来たわ。執事見習いのリノアくんよ」
「……えっ?僕のこと?」
「ちょっと待って!こんなに可愛いのに男の子なの?」
リノアくんに興味を持たせてから、魅了術からの……独白タイムのコンボを叩き込んだ。
「お嬢様の身に何があったのですか?」
『キュウ?』
「……私が目を覚ました時、この娘は毒で苦しんでた。何とか一命は取り留めたんだけど、人間不信になって自分の殻に閉じ籠もっちゃった。私が守ろうとしたんだけど、犯人の目星なんてないし、私に近付いて来る人を全員遠ざけるしかなかったの」
妹さんにキュウを抱かせて、背中からリノアくんの抱擁だ。
この癒やしコンボで転生者の本心を丸裸にしてやるわ!
「……確かに、以前レイアが数日寝込んだことがあった。あれは毒によるものだったのか?」
「私が言った通りにあんたがすぐにこの娘を隔離してれば問題なかったのよ!もし使用人の誰かが実行犯だったら、どうしようもないでしょうが!」
「お嬢様、落ち着いて下さい」
「うん。ごめんね」
妹さんはリノアくんに頭を撫でられると、すぐに大人しくなった。
「……良いなぁ」
「セレス?」
「い、いえ、何でもありません!」
セレスの本音も聞けた所で、私がズバッと解決しましょうか!




