7話 殿下の依頼①
「アテナさん、起きて!遅刻するよ!」
「う、う〜ん。キュウ、早くあの火の輪をくぐりなさい……」
『キュウゥゥ……』
「そうだ!こうなったら!」
ぽすっ
「………………………………っぶはああっ!!!はあ!はあ!……な、何!?暗殺者でも来たの!?」
「良かった……遅刻せずに済んだ」
「やりますね、リノア。キュウを使って窒息させるとは」
それって単純に殺害未遂じゃないの!?
「私に危害を加える系は禁止よ!」
「選択肢が凄く減ったんだけど……」
「起床に命を懸ける訳にはいかないわ」
今日からまた学園が始まるので、昨夜慌てて綺麗にした制服をバッチリ着こなして寮を出た。
すれ違う生徒が私を二度見していく。
いつもとは違った私に注目が集まっているのかと思ったが、見られていたのは頭の上のキュウだった。
目立って当たり前である……
門を抜け、学舎に入ろうとすると、訓練場の方が何やら騒がしい。
生徒が我先にと駆けて行く。
「何かやってるのかしら?」
「今、通りすがりの生徒に聞いた所、何かに閉じ込められた生徒がいるようです」
「ふ〜ん。……って、モンティくん!!」
走って現場に行き、すぐに結界を解いた。
「モンティくん、大丈夫!?」
「ごめんなさい!ごめんなさい!もうしませんから!許して下さい!」
モンティくんが泣きながら謝ってくる。
糞尿を垂れ流しているので、辺りは物凄い臭いだ。
「モンティくん、ごめんなさい……」
「ひ、ひぃ!!」
私が手を伸ばすと、モンティくんは怯えて後ずさった。
「……分かった。私は何もしないから。取り敢えず、体を洗いましょう。誰か手伝ってあげて!」
私が声を上げると、以前セレスにぶん殴られたチャラ男が現れた。
「俺が運ぶ。……だけどよ、仕返しにしてはちょっとやり過ぎじゃねえか?」
「仕返し?一体何の話……」
「アテナ様を傷付けようとした輩が被害者面とは笑わせますね。逆にその程度で済んだ事を感謝しなさい」
「だから、一体何の話を……」
「まあ良い。一つ忠告しといてやる。あんたがそんな調子なら、その内必ず孤独になる。精々今のうちに仲良しごっこを楽しむんだな」
チャラ男はそう言うとモンティくんに肩を貸して去って行った。
「アテナ様、輩の戯言などお耳に入れませんよう。私はずっと側に居りますので!」
「ぼ、僕も出来ればずっと友達でいるから!」
だから、何の話してんのよ!?
私が結界を解き忘れたのが悪いって話じゃないの?
野次馬も去り、私は精神衛生のためにキュウを抱いて教室に向かった。
勿論、チャラ男とモンティくんの姿はなかった。
「皆、おはよう。唐突で悪いが明日から上級生との交流試合が始まる。午後の実技授業の開始時に一対一の形式で一試合だけ設けられる行事だ。選ばれた者は上級生の胸を借りるつもりで真剣に取り組むように」
ネイルズ先生が開口一番そう告げると、クラス中がざわつき始めた。
「エスカティーネ様の精霊術が見れるかもしれないわ!」
「ダイナ殿下も試合するのかな?」
「大賢者の孫ソフティア様の魔術も凄いらしいぜ!」
エスカティーネ様……
美の女神アミスの現し世での御姿。
きっと、我々人の子には想像もつかない高尚な目的があるに違いない。
「アミス様に微力ながらお力添えしたいわね」
「先ずは信頼を勝ち取るべきかと」
「信頼……何をすれば良いの?」
「アテナ様の有能さと誠実さをアピールするべきでしょう」
「なら何もしなくて大丈夫ね。私ってば存在自体が誠実だもの」
プッ
「……今誰か笑った?」
「違います。キュウが放屁した音でしょう」
『キュウ!キュウ!!』
「なら、仕方ないわね。でもねキュウ、人の頭の上で放屁したらダメよ?」
『キュウ!!!』
「無臭!!!って言われても、人と接する上では大事なルールなの。分かった?」
『……キュウ』
「多分、違う!!!って言ってると思うけどなぁ……」
キュウがリノアくんの頭に移動してしまった。
拗ねたのかしら?
私が言いたい事が上手く伝わっていないのかもしれない。
「全員静かにしろ。それと、アーティナリストは放課後に私の所に来るように」
ネイルズ先生の呼び出しを受けてしまった。
恐らく、モンティくんの事だろう。
私も出来れば彼に誠心誠意謝りたいが、許してくれるだろうか。
授業中に眠ることはなかったが、内容は全く頭に入らなかった……
昼食を食べるために食堂に向かう。
人だかりが出来ていたので、避けて通ろうとすると見た事がある顔に声を掛けられた。
「アーティナリスト嬢!ちょっと良いかな?」
「私ですか?」
この国の王族である第二王子。
名前はクラスメイトが言ってたわね。
「わたくしめに何かご用でしょうか?」
「君の力を借りたいんだ」
殿下の表情は真剣そのものだが、何故か取り巻き達からは凄く睨まれていた。
「この前も進言致しましたが、先ずは周りに置く者達を教育なさって下さい。流石に睨まれながらでは頼み事を引き受ける気にはなりませんわ」
「!!?お前達……」
殿下は素早く後ろを振り返って取り巻き達を見渡す。
「……分かった。今この場に居る者達とは関係を断つ。それでは駄目だろうか?」
「なっ!?」
「で、殿下!そのような田舎者に頼る必要はありません!」
「我が家が貴方様の派閥に多大な貢献をしているのをお忘れか!?」
「……二度は言わない。今すぐに私の目の前から消えろ。そして、今後私に近付く事を禁ずる」
取り巻き達は、殿下の圧で何も言えなくなった。
「後悔しても知りませんよ」
まとめ役らしき人物が捨て台詞を吐きつつ、他の取り巻きを引き連れて食堂を出て行った。
「頼む!話だけでも聞いてくれないか?」
「分かりましたわ。取り敢えず、食事した後に人が来ない所に行きましょう」
こうして、殿下と昼食を取る事になった。
互いに自己紹介を終え、質問タイムになった。
「気になっていたのだが、リノアの頭に乗っているのは何だ?」
「ドラゴンですわ。名をキュウと言います」
「キュウか。撫でてみても良いだろうか?」
『キュウ?』
キュウがリノアくんの頭からダイブして殿下の胸に収まった。
「はは。可愛い奴だな。人に懐く魔物が居るとは初耳だが」
「キュウ♪キュウ♪」
キュウは殿下に顎を撫でられて気持ちよさそうにしている。
私の目が確かならば、いつもより明らかに可愛さアピールが増して……否、明らかに媚を売っているわ!
ま、まさか鞍替えするつもり!?
「キュウ。殿下に迷惑を掛けてはダメよ。早く戻っていらっしゃい?」
『……キュウ』
キュウは私の手招きから顔を背けた。
……上等じゃない。
「キュウ。人に懐くドラゴンは珍しいから、殿下と一緒に居たら誘拐されちゃうわよ。研究機関に送られて様々な実験があなたを待ってるでしょうね」
『キュ!?』
キュウは震えながら私の頭に戻って来た。
「何で君はキュウを脅してるんだ?」
「子を守るのは親の努め。危機管理を教えるのも躾の一環ですわ」
「……そうか。それより君に敬語を使われると、何故か体がむず痒くなってしまう。普通に話してくれ」
むず痒いって……
もしかして、敬語アレルギー?
「……私のことはアテナって呼んでちょうだい。いつまでも『君』なんて呼ばれたくないわ」
「分かった。食事も終わったみたいだな……では、私に付いて来てくれ」
殿下と一緒にやって来たのは学園の一室。
学園が準備した王族用の部屋なのだとか。
豪華でふわふわな椅子に座ると、真剣な顔の殿下が話を切り出した。
「それで、私の頼みなのだが……」
「あの、すみません。流れで付いて来てしまったんですが、僕は此処に居ても良いのでしょうか?」
「別に良いんじゃない?もしリノアくんが王家の秘密を知ったところで……って感じだし」
「リノアの善性は既に証明されています。安心なさい」
『キュウ!』
キュウがどさくさに紛れてリノアくんの頭に移動した。
照れ顔のリノアくんは相当に可愛くて、キュウとの相乗効果で大変な事になっている。
「……リノアは本当に男なのか?」
「はい。僕は男です」
殿下が早速勘違いしそうになっている。
魅了術を使ったら物凄く効きそうだ。
リノアくんに迫る殿下を見ていると、あの声がまた頭に響いた。
『BLだね。でも、冒険者ギルドの時も思ったけど、あの子女の子にしか見えないからちょっと邪道なんだよね』
『ビーエルって何よ?』
『男同士の恋愛のことだよ』
リノアくんと殿下が……
キャッキャウフフな展開に?
『…………悪くないわね』
『あれ?もしかして、イケちゃう感じ?』
『でも、二人とも顔が良いからっていうのもあるわね』
『ああ、それは確かにそうかも』
何かの真理に触れそうになったが、殿下の声で現実に引き戻された。
「話が脱線してしまったが、続けて良いか?」
リノアくんから離れて椅子に座り直した殿下が気を取り直して語り始めた。
要約すると、殿下には同腹の妹がいるのだが、最近になってその立ち振る舞いが度を越すようになり、使用人達も近付くのを嫌がる始末。
終いには悪魔に憑かれているとの噂まで流れているのだとか。
「私は病の類ではないかと疑っているんだ。アテナの治癒術で何とかしてもらえないだろうか?」
「解呪は出来るけど、悪魔祓いはやったことがないわね」
「アテナ様ならば可能かと」
私よりも先にセレスが答える。
何で本人よりも自信があるのかしら。
「まあ、やってみないと分からないわね。今日の夜なら空いてるわ」
「本当か!?……寮に迎えの馬車を出すから王城に来てくれ。寮長にも話を通しておこう」
「ありがと。余り目立たないようにお願いするわ」
王家が使うような豪華な馬車が寮の前に停まったら、変な注目を浴びかねない。
殿下と別れて教室に戻る。
「僕は行かなくても良いよね?」
「何言ってるの?一緒に話を聞いたんだから行くに決まってるでしょ」
「僕、平民だよ?」
「人助けするのに身分は関係ないわ。今回の件も殿下が王族だから引き受けた訳じゃないし」
殿下が筋を通してくれたから話を聞く気になっただけだ。
取り巻き達がそのままだったら、間違いなく断っていた。
「……そうだね。アテナさんは僕の母さんを見返りもなく助けてくれた」
「見返りは私の目覚まし役でしょ」
「うん。ありがとう……」
少し涙目のリノアくん。
可愛すぎて性別詐欺も甚だしい。
「私なんて二度もアテナ様に救われましたから」
「まあ……そうね」
「えっ?聞きたいです!」
「もう教室に着いたわ。今度セレスに直接聞いてちょうだい」
好んで話す内容でもないので、私の口から語ることはないだろう。
救われた当人はどうしても記憶を美化してしまうから……




