10話 邪霊
教室に入ると皆から注目されてしまった。
……レイアが。
そりゃあ、年齢も離れたこの国の第三王女が自分のクラスに入って来たら驚きもするだろう。
その後、ネイルズ先生が来て私を睨んできたが、にっこりと笑って返しておいた。
私のせいじゃないから!
今日も無事に睡眠学習を終え、食堂に向かった。
「……予想以上でしたわ」
「最初は驚きますが、慣れると平気です」
「僕が不甲斐ないばかりに……」
「リノア、この世にはどうしようもない事も多々あります。諦めも自己防衛の一つです」
『キュウ……』
セレスとキュウがリノアくんを慰めていた。
一体何の話だろうか?
食堂は人でごった返していたが、私達の姿を発見した人が徐々に脇に逸れて行き、海が割れるように道が出来ていった。
「アテナっち、マジモーゼじゃん!」
「もーぜって何?」
「たしか、マジ偉い人だったような気がする」
「私は偉いのかしら?」
もし、私が偉いのならば今頃は皆が私を賛美し平伏している気がするが、そんな兆候は何処にもない。
殿下が取り巻きを連れて歩いてる時も皆は道を空けてたし、これもレイアの威光なのでは?
何事もなく食事を終え、午後の実技の授業になった。
昨日の交流試合は、大賢者の孫ソフティアが現れて大盛り上がりだったとか。
そして、なんと!今日の交流試合はエスカティーネ様が来て下さったのだ!
「皆、何をしているのですか!アミス様の御前です!すぐに頭を下げなさい!」
「違うと申しているでしょう!」
はっ!
私はまた同じ過ちを繰り返す所だった。
「申し訳ありません、エスカティーネ様。とんだご無礼を!」
「……まあ、良いですわ。面を上げなさい」
その寛大な処置に感動していると、エスカティーネ様はレイアの前に立った。
「何故、レイア殿下が学園に来ていますの?それにお体の方は……」
「アテナ様の側がこの世で一番安全らしいので、ついでに入学しました」
「……そうですのね。私にはあの方は到底理解し難いですが」
「でも、私は今の生活が凄く楽しいのです」
「……どうやら授業が始まるようですわね。では、今度詳しく聞く事にしましょう」
カイラック先生が全員揃ったのを確認して、授業が開始された。
「今日の交流試合はエスカティーネとアーティナリストだ。両者前へ出ろ」
ふぁっ?
私程度の者がエスカティーネ様と……そんなのご褒美なのでは?
訓練場の中央でエスカティーネ様と対峙する。
「エスカティーネ様、胸をお借り致します」
「……貴女を見極めさせていただきますわ」
エスカティーネ様が魔力で地面に紋様を描き始める。
それはまるで美しい舞のように見えた。
「来たれ、光の精霊『フェイリーオーン』」
余りの美しさに見惚れていると、エスカティーネ様が行使した精霊術によって、辺りが極光で満たされた。
目が開けれない程の光量だったが、徐々に目が慣れてその姿を捉えた。
次の瞬間に感じたのは、圧倒的な存在感と心の奥から押し寄せてくる恐怖。
卒倒を免れた者は自然と膝をつき頭を垂れていく。
私はその威圧を結界が防いだおかげでその全貌が見えた。
胸部と鼠径部だけを隠した白い布を纏った肢体、長く揺れ動く金髪は黄金の海原を思わせる程に輝いていた。
その穏やかな微笑みは全てを内包し、まるで全てを解き放ったかのような暴力的な胸部は、殊更存在を主張している。
「淫欲の神リムン?」
『……その無礼な物言い、今回だけは許しましょう。我が名はアミス。美を統べる神である』
これが、美の女神アミス?
美の最高到達点であるドリルヘアーをしてない時点で、美意識が欠片もないのが分かる。
それに、本物のアミス様は現身としてエスカティーネ様の御身体に顕現なさっている筈。
ま、まさか……アミス様の名を語る邪霊なのでは!?
『世界の調和を乱す忌み子よ。我が裁きを受けるがいい』
……えっ?
もしかして私に言ってるの?
上等じゃない!
「ふん。早速、化けの皮が剥がれたわね。本物のアミス様は人を裁くなんて、美に反する事をする訳がないわ」
『たかが器の身で美を語るとは笑止千万。無礼も度を超せば許されぬと知れ。忌み子よ、痛みなく消し去ってやろう!』
整った顔が僅かに歪み、その真っ白な手をかざした。
私は周りに被害が出る前に邪霊の周りを結界で囲む。
手から発射された極太の光線が結界内で乱反射し、内側は一瞬で光に満たされた。
『ぐあああああああ!!!』
満身創痍の邪霊は力を失ったのか、空中からポテッと地面に落ちた。
ビシッと邪霊を指差して告げる。
「あなたが何者かは知らないけど、あの歪んだ顔はとても美を語るに値しないわ。出直して来なさい!」
『だから、我がアミス……』
力を失った邪霊はそのまま薄くなって消えていった……
辺りに静寂が訪れる。
邪霊の威圧により気絶していた者、身動きが取れなかった者と様々だったが、皆に怪我はなく治癒術も必要なかった。
「貴女は何と戦っていたのですか!?私にはアミスと聞こえましたが!?」
「アミス様の名を語る邪霊です。エスカティーネ様ご本人の前で堂々と嘯く姿は実に滑稽でしたわ。アミス様は此処にいらっしゃると言うのに」
アミス様は恥ずかしがり屋なので、大衆の面前で直接名を叫ぶという過ちは二度と繰り返してはならない。
「恐らく、精霊術を利用してエスカティーネ様を亡きものにしようと現れたのでしょう。邪霊は消滅したのでどうぞご安心下さい」
アミス様に少しはお力添えが出来ただろうか?
「わたくし、この方は無理……」
エスカティーネ様はそのまま力なく倒れた。
慌ててその身を支える。
きっと、誰にも分からないように此処にいる皆を護っていたに違いない。
私は改めてその慈愛に満ちた御心を必ず守り抜くと心に誓った。
エスカティーネ様を他の女生徒に任せ、皆の状況を確認する。
「アテナ様、大変申し訳ありません。威圧がその……あの方のものと……とても似ていて……」
ああ、確かにお母様の威圧も似た感じだったわね。
トラウマを呼び起こされて動けなかったのかな?
「なら仕方ないわ。神の名を語る邪霊だったから、相当に強かったんじゃないかしら」
「か、必ず克服してみせますので……」
「ええ。期待してるわ」
リノアくんとキュウは気絶していたが、レイアの意識は途切れなかったようだ。
「マジで凄かった……」
「ええ。まさか神をも退けるなんて」
「神じゃないわ、邪霊よ。人を騙すにしてはお粗末だったけどね」
「……そうですね」
皆は頭を下げたままだったので、邪霊の姿は見ていない。
何処からどう見てもエスカティーネ様の方が美しいのに、アミス神を語るのは悪手だったわね。
すると、頭の中にいつもの声が……
『もうめちゃくちゃだよ……』
『何が?』
『何が?じゃないよ!何で神様を殺っちゃうのさ!』
『あれは邪霊よ。問題ないわ』
『……違っ『邪霊よ』……』
『分かった。邪霊で良いよもう!でも、今後もきっと現れるよ?』
『望むところよ。私はアミス神の現身であるエスカティーネ様をお守りするだけ』
『…………もう好きにしなよ』
呆れ声がしたかと思うと、そのまま聞こえなくなった。
結局、授業どころではなくなったので、そのまま終了し帰宅する事になった。
時間に余裕が出来たので、次回のダンジョン探索の予約をしに冒険者ギルドに向かう。
「レイア達も冒険者登録しないとね」
「ダンジョンなんて初めてですわ!」
「洞窟探索とかマジ面白そ〜♪」
建物の中に入ると、冒険者特有の喧騒が出迎えてくれた。
このガヤガヤした感じがとても心地よい。
だが、私達の姿を見るや否や、途端に静かになった。
「……何なの?」
「嬢ちゃん。デイガンの下層に行ったってのは本当か?」
話し掛けて来たのは、以前私に絡んで来た酔っ払いの男。
今日はお酒を飲んでないみたい。
「下層かどうかは知らないけど、ドラゴンには会ったわよ。頭に乗ってるキュウはそのドラゴンの子供なの」
『キュウ?』
「……前は変な絡み方して悪かったな。」
「別に気にしてないわ。でも、お酒で失敗してる人を知ってるから、余り飲みすぎない事ね」
「はは!違えねえな!」
父様と母様の馴れ初めの話になるから、失敗ではないのかな?
今は尻に敷かれてるけど、母様に人生初の敗北を味わわせた偉人なのだ。
どうやら、私の下層到達に奮い立った冒険者は多いらしく、ギルド内も以前の活気を取り戻しているとの事。
真実は私の胸の中に仕舞っておく事にした……
キュウが皆に自慢の踊りを披露していると、ケイトスとカロが近寄って来た。
「何でドラゴンに芸を仕込んでるんだよ……」
「きょ、今日はリノアくんは来てるの?」
カロの挙動がおかしい。
しかも、以前会った時の鎧姿ではなく質素なドレスを着ている。
メイクもばっちりで今からお見合いに行くような格好である。
「カロさんとケイトスさん。こんにちは!」
「おう、元気にしてたか?」
「はうあ!?リ、リノアくん……」
「カロさんのドレス素敵ですね!とてもお似合いです」
「あ、ああ……あああああああ!!!!」
無自覚系天然紳士であるリノアくんの賛美が炸裂し、カロは叫び声をあげてその場にぶっ倒れた。
「じゃあ、リノアくん。膝枕の準備をしておいて」
「……一応聞くけど、何で?」
「そりゃあ、トドメを……じゃなくて、リノアくんに慣れてもらわないと両者にとって良くないわ。嫌ってる訳じゃないのに避けられるのは嫌でしょう?」
「最初の一言で台無しだよ……」
ショック療法と言う治療法があるのだが、相手に強いストレスを与えて正常化を促すのだ。
魅了術だと恐らく耐性が付かないので今回は使わない。
「そうね。カロがリノアくんの愛する人だと思って、思い切り甘やかすのよ!」
「愛する人……」
リノアくんと目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。
どうしたのかしら?
もしかして、私が結界術で相手を閉じ込めて、リノアくんが魅了術で骨抜きにするという鬼畜コンボを思い付いたことがバレた?
でも、ちゃんと役には入り込んでくれるみたいなので期待出来そう。
カロはすぐに目を覚ました。
「カロさん、おはようございます。でも、驚かないで僕の声に集中して下さい」
「ひっ!ひぃう…………うん」
リノアくんはカロの髪を撫でながら優しく語りかける。
「カロさんは僕のこと嫌いですか?」
「ううん。大好き……」
「僕もカロさんのこと好きです。えへへ、両想いだったんですね」
「でも、私みたいな無骨な女は嫌じゃない?」
「いいえ、とっても魅力的です。男として守られるのは恥ずかしくもありますが、側に居ると安心出来ます」
「そんなこと言ってくれるの、リノアくんだけだよ」
「本当に周りの人は見る目がないですね。カロさんはこんなに可愛くて可憐で美しいのに……」
「…………ワタシ……リノアクンガホシイ」
カロが急に立ち上がった。
何で急に片言に?
……不味いわ!
あれはきっと欲望が暴走する直前の兆候よ。
「リノアくん、カロに魅了術をかけて!」
「わ、分かった……わっぷ!」
リノアくんに抱き着くカロ。
元々身長差があるので、リノアくんの頭はカロの胸部に飲み込まれてしまった。
一旦、大丈夫そうね。
私が額の汗を拭っていると、ケイトスが話し掛けて来た。
「なあ、今のって何か意味があるのか?」
「いえ、特にないわ。男勝りの筋肉女が可愛い年下の男の子に落とされる瞬間を見たかっただけよ」
「そうか……」
そう言えば、ラクスとメルディの姿が見当たらない。
「ラクス達は今日は一緒じゃないの?」
「まだ授かってもいない子供の服を買いに行くんだとよ」
「……外堀から埋められていってるのね」
「ああ……」
ケイトスと二人でラクスのことを想う。
「ところで、今日は何の用で来たんだ?」
「今度の休みにキュウの親のバルに会いに行くの。だから、ダンジョン探索の申請に来たわ」
「休日に出かけるノリで下層に行かないでくれ。自信をなくしちまう」
「あと、友達の冒険者登録ね」
丁度、セレスに付き添われたレイアが受付で手続きをしていた。
「さっきからいくら目を擦ってみても、この国の第三王女にしか見えねえんだが、他人のそら似か?」
「合ってるわよ。第三王女のレイアね」
「王女を呼び捨てとかとち狂ってんな……」
殿下と同じく、私が敬語で話すとむず痒くなるらしいので仕方ない。
……今更だけど失礼過ぎない?
「護衛もなしかよ。まあ、嬢ちゃんが居れば問題ねえか」
「ねえ、ケイトスも一緒に行く?」
「あ〜、その日はパーティーの新しい仲間が来る日だな。また今度誘ってくれ」
冒険者をしてるとそんな事もあるのか。
ラクスとメルディのようなパーティー婚も現実的かもしれない。
「アテナ様。レイア様の冒険者登録が完了致しました」
「何やら悩んでいるご様子ですが、どうされたのですか?」
「……何でもないわ」
このパーティーでは無理ね。
二人のスペックが高すぎて、私が選択肢から除外されてしまう。
それに、もしリノアくんに「同性婚でも構わない!」みたいな相手が現れたら、女としてのアイデンティティさえ失いかねない。
パーティー婚の計画を練り直していると、周りが騒ぎ始めた。
「教会の奴らが何でこんな所に……」
「聖女マルーテ。なんて美しいんだ」
神官服を着た美女と白銀鎧の騎士がギルドの入り口を塞いでいた。




