5話 遭難
「おい、アテナちゃん。大丈夫か!?」
「う、う〜ん。私達の関係は奥さんには秘密にするから大丈夫よ……」
「ちょっ!?何言ってんだ!!」
「……あれ?此処は?」
目が覚めると、ラクスが魔術師風の女性に引きずられて外に連れ出されようとしていた。
急いで立ち上がり、女性の前に立って弁明する。
「ラクスを連れて行かないで!彼は(冒険者ギルドが)初めてだった私に、優しく色々と(ルールを)教えてくれたんです!」
「…………は?」
女性から発せられたのは、地獄の底から這い出て来た悪魔のような恐ろしい声色だった。
「嬢ちゃんはもう何も喋るんじゃねえ!」
「……言い訳は向こうで聞くわ」
「ラクス、大丈夫よ。出会った時は値踏みされたけど、あなたは受け入れて認めてくれたじゃない。ちゃんと話せばその人も分かってくれるわ!」
「何も大丈夫じゃねえ!!!」
「あっ!あの約束も忘れないでね。セレスも楽しみにしてるから」
「やめろおおおおおおお!!!!!」
ラクスの絶叫が次第に小さくなり、建物内は静寂に包まれた。
ふう……やっぱり悪役を演じるのは性に合わないわね。
でも、父様が母様から躾けられているのを目撃した時に「これは折檻を受けてるんじゃない!愛の試練なんだ!」って言ってたし、この試練を乗り越える事で二人の愛は更に深まるに違いないわ。
「ラクスのやつ、大丈夫か?」
「明日はダンジョンに行く予定だから、程々にして欲しいわね」
ダンジョン!?
バーミリオン領にもダンジョンは存在したが、母様が全て消滅させてしまったので一つも残っていない。
ダンジョンの中には凶悪な魔物が潜み、豪華な宝が眠っていると言う話を父様が自慢気に話していた。
あの時は父様のドヤ顔にムカついて話半分で聞き流していたが、実際に自分が行けるとなると話が違ってくる。
明日は学園が休みだし、ダンジョン探索に行くわよ!
話の流れから察するに二人はラクスのパーティー仲間のはず……
「初めまして、私はアーティナリスト・バーミリオンって言います。ラクスさんのパーティーの方ですよね?明日ダンジョンに行かれるみたいですが、私も連れて行って貰えませんか?」
他所行きの可愛い声でアピールしてみた。
「……あのねえ。あなたのせいで行けるかどうかも怪しくなってるのよ?厚かまし過ぎない?」
「嬢ちゃん、明日あいつらのフォローする俺達の身にもなってくれよ」
「大丈夫です。アレは試練なんです。乗り越えれば二人の絆は更に深まります。それに、例えラクスさんが半殺し状態でも私が治しますから」
「治すって……もしかして、ラクスが興奮気味に話してたヤベーやつってのは嬢ちゃんの事か?」
「別の意味でもヤバいわね」
あら、ラクスのおかげで何とかなりそう?
もっと、アピールしないと!
「そう言えば、ラクスさんとうちのセレスが決闘する約束をしたんです。どうせ長引くからその間だけでもどうでしょうか?」
「ああ、約束ってそういう……」
「私は正直どっちでも良いわ。メルディが良いって言うなら一緒に行くわ」
メルディが奥さんの名前かな?
「明日になってみないと分からないけど、よろしく。私はカロ。こっちがケイトスよ」
「カロさんとケイトスさんですね。よろしくお願いします」
「……なあ。嬢ちゃんのそれって素の話し方じゃねえよな。普通にしてくれて良いぞ」
「そうね。何か悍ましい感じがして嫌だわ」
悍ましいって何!?
自分では問題ないと思ってるんだけど……
婚活が本格化するまでには敬語も普通に喋れるようにしないといけないわね。
「……分かったわ。何か探索に必要な物はあるのかしら?」
「いや、一人分くらいならこっちで準備しといてやるよ」
「え〜っと、多分もう一人……」
「アテナさん!僕、冒険者になれました!」
リノアくんが冒険者登録を終えて戻って来た。
興奮冷めやらぬ様子で頬が軽く赤みがかっており、とても可愛い。
「……流石に新人過ぎねえか?」
「大丈夫よ。リノアくんは私が守るから。手を煩わせるような事はしないわ」
「何の話?それにこの方達は……」
互いに自己紹介をしようとするが、カロからの反応がない。
「僕、リノアって言います。明日はどうぞよろしくお願いします!」
「……あっ、うわ……うわあああああ!!!」
満面の笑みで挨拶したリノアくんに対して、カロは突然叫び出し脱皮の如く逃げ出した。
「……なんか悪いな。カロのやつ、どうしちまったんだ?」
「いえ、大丈夫です」
「明日はどうすれば良いの?」
「取り敢えず冒険者ギルドに来てくれ。そこでメルディの意見を聞く」
「分かったわ!」
こうして、初のダンジョン探索が決定した。
その夜、セレスに決闘の話をしたところ、ウォーミングアップをして来ますと言って寮を出て行ったっきり夜明けまで戻らなかった。
「さあ!アテナ様、参りましょう!」
「……もうちょっと寝かせて」
「承知しました。このまま運びますね」
「……分かった!分かったから、せめて着替えさせなさいよ!」
着替えた後に即寝落ちしてしまい、次に目を覚ました時には冒険者ギルドに居た。
「僕、お役御免かな……」
「セレスに俵運びされたおかげで衛兵に目をつけられたわ。もう二度とセレスには私を起こさせないから安心してちょうだい」
リノアくんも私を起こす為に早く家を出たらしいのだが、部屋がもぬけの殻だったので、そのまま冒険者ギルドに来たらしい。
「良かった。実はアテナさんの寝顔見るの楽しみなんだ♪」
……ふむ。
毎日寝顔を見られる?
そんなの同衾と一緒じゃない!?
結婚!?結婚なの!!?
お、落ち着くのよ、アテナ。
ただの寝顔よ、見られて減るもんじゃないわ!
「……リノアくん。明日から私の部屋に入る時は指で両目を潰しなさい」
「何で!?」
「大丈夫よ。起きて準備が出来たら治してあげる」
「痛みでアテナさんを起こす余裕がなくなるよ!」
「真の漢なら我慢出来るわ!」
「無理だよ!しかも、性別関係ないよ!」
私達がぎゃあぎゃあと騒いでいると、
手を繋いだラブラブ新婚カップルが現れた。
「あなたがメルディさん?上手くいったみたいで良かったわ」
「お陰様で。方法はどうかと思いますけど?」
「なあ、アテナちゃん。俺さぁ、今回の件で結構頭にきてるんだけど、どうすれば良い?」
「そうね。憂さ晴らしならちょうど良い相手がいるじゃない。セレス、出番よ!」
部屋の奥で、剣の刃を舌舐めずりしていたセレスが此方にやって来た。
それって何の意味があるの?
「アテナ様の意図も読めぬ愚物が私に敵うとでも?」
「愚物で結構。なら、そんな愚物に負けるお前は愚物以下のゴミかな?」
「……殺してやる!」
「やれるもんならなぁ!」
「あわわわわ……」
「此処じゃダメよ。ダンジョンに着いてからにしてね」
初対面同士で自己紹介をしてからダンジョンに向かう。
今回は『転移屋』を使うので、一瞬で目的地に着くそうだ。
転移術は使い手自体が殆ど存在せず、料金も強気に設定出来るため、転移屋をやればぼろ儲け出来るらしい。
しかも、有益なダンジョンは国が管理するのが一般的であり、結果を出している冒険者は特別待遇され、探索にかかる莫大な費用も国が出してくれるのだとか。
全てが羨ましい……
早く名のある冒険者になって、その恩恵を享受するしかないわね。
「あれ?カロが居ないじゃない」
「……あ、ああ。カロは体調不良だ。『あんな可愛い男の子に自分の野蛮な姿を見られたくない!』ってガラにもないことを言ってたぜ。俺達には裸を見せるのも躊躇しねえくせに、何言ってんだって感じだったな」
カロは戦士風の見た目をしており、背丈を超える大剣を背負っていた。
確かにあんなものを振り回して戦っていたら野蛮に見えなくもないわね。
一方のケイトスは、斥候や罠の解除を得意としており、ダンジョン探索には必要不可欠な存在なのだとか。
『必要不可欠な存在』って響きが何だかカッコいい。
転移陣がある建物に着いた。
中に入ると、妖艶なお姉さんがラクスに声を掛けてきた。
ストレートの長い黒髪が特徴的で、服をはだけさせて肩と胸の上部を大胆に露出していた。
……露出狂?
「ラクス、おはよう♪今日は何処に行くの〜?」
「ニア、よろしく頼む。今日は……デイガンだな」
「え〜っと、後の三人は学園の制服姿に見えるけど……」
「気にしなくて良い。深くは潜らないからな」
「了解〜♪」
制服なら替えが効くので破れても平気だ。
早く稼いで、王都の洗練された流行りの服を買いたい。
建物の奥の部屋からニアさんの転移術で移動する。
一瞬で景色が変わり、不気味な洞窟の入口に立っていた。
「じゃあ、私達は探索に行ってくるから、セレスとラクスは此処で好きなだけ戦って良いわよ」
「アテナ様、お気をつけて。この愚物は塵も残さず消し去っておきますので」
「なあ、メル。生ゴミ収集って明日だったよな?……お前もまとめて捨ててやるから安心しな!」
どうやら、私達が行かないと始めなさそうなので、皆を先導して洞窟に入る。
暫く進むと、後方から爆音と振動が伝わって来た。
「セレスの嬢ちゃんも強いって聞いたな。無事に済めば良いが……」
「私が治すから心配いらないわ」
「……治癒術と結界術が使えるって聞いているわ。先ずは、アテナさん達がどの程度戦えるかを知っておきたいわね」
メルディがそう言うやいなや、前方に一匹の魔物が現れた。
「さあ。あなたの実力を見せてちょうだい!」
私に直接的な攻撃手段がないのを知ってて言ってる?
もしかして、昨日の仕返しかしら。
目の前には黒い陽炎を纏った大狼。
限りなく低い体勢で、今にも飛び掛かって来そうだ。
まあ、私でも結界に閉じ込めるくらいは出来るけどね。
「終わったわ」
「何を言ってるの?まだ何もしてないじゃない」
「透明な結界なの。魔物はもう何も出来ないわ。さあ、先に進みましょう」
「待ちなさい!もし途中で結界を破られたら挟み撃ちにされるわ」
「大丈夫よ。今まで一度も破られた事はないもの」
「……あなたのその慢心が仲間を危険に晒す事になるの。パーティーを組むとはそういう事よ。覚えておきなさい」
「…………」
確かに正論だが、目の前の魔物に破られる程度の強度なら、母様の足止めすら不可能なのだが……
どうすれば理解を得られるのかを考えていると、妙案が浮かんだ。
「分かったわ。じゃあ、二人が私の結界を破ってみて?きっと納得してもらえると思うから。私はセレス達の様子を見てくるわね」
「えっ?」
「は?」
「……何で僕まで!?」
洞窟の入口に戻ろうとしたのだが、道が二手に分かれていた。
おかしい……
入って来た時は一本道じゃなかったっけ?
ええい、ままよ!
私の運の良さを舐めるんじゃないわ!
それから暫く歩くが……全く入口は見えてこない。
幸い、洞窟の壁が発光しているおかけで正気を保っているが、真っ暗だったら発狂していただろう。
戻った方が良いかと考え直して、来た道を引き返すと更なる分かれ道。
まさか、遭難……
ガコッ
何か踏んだわ!?
気付いた時には既に手遅れ。
私の体はその場から掻き消えていた……




