4話 予兆
「アテナさん、起きて下さい!」
「……ZZZ」
「姫様、朝ですよ」
「う、う〜ん。私の眠りを覚ませるのは、王子様のキスだけよ〜」
「では、失礼します」
「…………って!?待てえええい!!」
反射的にベッドから飛び起きた。
ベッド脇を見ると椅子に腰掛けたリノアくん。
あ、あれ?私の初接吻の危機は?
「おお!リノア、やりましたね!」
「起こせなかったら僕も遅刻するので、色々考えて来ました」
「……乙女の純情を弄ばれた気分だわ」
プッ
「……今誰か笑った?」
「ぼ、僕じゃ……!」
「リノア、放屁はただの自然現象、別に恥ずかしい事ではありませんよ」
「ち、違っ……!」
「放屁なら仕方ないわ。セレスもよく放屁するから、リノアくんも気にしなくて良いからね」
「そうですね。気にしない方が良いかと」
「セレスさん!?」
驚愕した顔でセレスを見つめるリノアくん。
リノアくんは女の子に幻想を抱くタイプなのかしら?
準備を手短に済ませ、リノアくんと一緒に学園に向かう。
「リノアくん、あなたを正式採用するわ。出来れば休みの日も起こしに来て欲しいのだけど」
「それは全然構わないけど、休みの日も朝から起きなきゃいけないの?」
「私とセレスは冒険者になったから、朝に依頼を受けないといけないの。いずれ名のある冒険者になるから、今から自慢して良いわよ」
「それって自慢になるのかな……」
リノアくんに冒険者になったことを熱く語っていたら、彼も冒険者になりたいと言い出した。
「僕も家計を助けたいんだ。母さんも昔は凄腕の魔術師だったらしいから、僕も冒険者になって強くなりたい!」
「その心意気買ったわ!放課後、冒険者ギルドに行きましょう」
リノアくんは、私には皆無な親孝行精神を持ち合わせていた。
「リノアくんは入学の実技試験は何をやったの?あの得意な事を披露しろってやつ」
「僕が使えるのは……『魅了術』かな。試験官には頭撫でられて終わっちゃったけど」
魅了術はかなりマイナーな魔術で、悪魔族のサキュパスが好んで使う象徴的な魔術だ。
使い手となると、権力者も虜にして国の為政にも影響を及ぼすと云われている。
「昨日私がリノアくんの頭を撫でたのも魅了術の影響だったのね」
「えっ?昨日は使ってないよ?初対面なのに何で撫でられるんだろうって思ってたし」
「……おかしいわね」
頭を捻っていると、セレスがリノアくんの前に仁王立ちしていた。
「あの、何か……?」
「リノア、私にも魅了術を使いなさい。あの男よりも優れている事を証明します」
「えっ?ダメですよ。魅了術は異性の場合は効果が倍になるんです」
「構いません。私はあの男よりも強いのですから」
セレスはラクスより上じゃないと気が済まないらしい。
そのまま、ぼーっと二人を見ていると、セレスが急にリノアくんに抱き着いた。
「セレスさん……」
「……はっ!これは魅了術が効いた訳ではなく、ただ抱き着きたかっただけですからね!勘違いしないように!」
ダメじゃん……
でも、効果時間が短いとはいえ、確実に魅了出来るなんて、後はリノアくんの成長次第と言ったところかな。
セレスの言い訳を聞いていると学園に着いた。
やっぱり遅刻しないって素晴らしい。
教室に入ると、私達にクラスメイトの視線が集中する。
すると、1人のチャラそうな男子が近付いて来た。
「セレスさんだっけ〜?昨日はあんなに息巻いてたのに、早速男子と抱き合うなんて、もしかして尻軽なの〜?」
あっ……
次の瞬間、チャラ男は教室の窓をぶち破り中庭に吹き飛んで行った。
「私と抱き合いたかったみたいなので、叶えて差し上げましたが、受け止め切れなかったみたいですね」
「あわわわわ……」
明らかにグーパンだったけどね。
その後、静けさに包まれた教室で時が解決してくれるのを待ったが、無慈悲にも授業開始のチャイムが響いた。
ネイルズ先生は粉砕された窓ガラスを見て溜息をついた。
「当事者は放課後に私の所に来なさい」
そのまま何事も無かったように授業を始めるネイルズ先生が何故か頼もしく見えた。
今日は、授業中に私が寝そうになる度に、リノアくんが耳フーしてきたので事なきを得た。
あの手この手を使って私を起こしてくれるリノアくんは、目覚まし役が天職と言っても過言ではないだろう。
「リノアくん、永続雇用が決定したわ。死ぬまで私を起こし続けなさい」
「えっ?それって……」
「リノア、アテナ様の言動は深読みしても意味がありません。言葉通りに解釈しなさい」
「何よ。私の言葉が薄っぺらいって言うの?」
「違います。アテナ様の放つお言葉は、直情的過ぎて凡人では到底理解出来ぬほどに崇高であらせられます」
「あら、そう?そんなに褒められると照れるじゃない」
「……理解したよ」
午前の授業が終わったので、3人で昼食を食べていると、上級生と思われる生徒達に囲まれてしまった。
その集団の海を割るようにして現れたのは、豪華な刺繍や装飾を施した制服を着た、金髪のドリルツイン女だった。
私も一時期至高のドリルヘアーを目指していたのだが、夢半ばで諦めてしまった過去がある。
その私から見ても目の前のツインドリルはまさに理想そのもの。
私が夢見た理想が其処に降臨していた。
「貴女がアーティナリスト・バーミリオンですの?わたくしはキーバレスト公爵家のエスカティーネですわ。周りの者達から貴女達が調子に乗っていると相談を受けて忠告しに参りました」
「お初にお目にかかります、エスカティーネ様。貴女様のような素晴らしい御方に出会えるなんて夢のようですわ!」
「……え、ええ。それで?自重する気はあるのかしら?」
「私のような道半ばで諦めた人間にまで目を掛けて下さるなんて、その御心はまるで……ま、まさか美の女神アミス様!?現世にご降臨なされているなんて!!」
「貴女何を言って……」
「……はっ!お前達、頭が高いわよ!すぐに平伏しなさい!!」
私の剣幕に押されたのかは分からないが、周りの見物人達は波紋が広がるように床に跪いていった。
「さあ、アミス様!我々をお導き下さい!」
「……あ」
「アミス様から直接ご信託があるようです!皆、心して耳を傾けなさい!!」
「………いや、いやあああああ!!!」
アミス様は美しい叫び声を上げて走り去って行った。
「……まさか、アミス様が恥ずかしがり屋だったとは、もしかして私はとんだご無礼をしてしまったのでは!?」
「大丈夫です。きっとその寛大な御心で許して下さるでしょう」
「そ、そうかしら?」
「アテナさんって凄いね……」
その後、跪いていた人達も散り散りになり、普段の食堂に戻った。
「アミス様……またお会いしたいわね」
「次は人が少ない場所に呼び出されるかと」
「そ、そうよね。次は失礼が無いようにしなくちゃ」
「あ、あの……!」
「リノア。真実は時に人を傷付けます。沈黙が正しい事も往々にしてあるのですよ」
「……はい」
意を決して何かを言いかけたリノアくんだったが、セレスに制止させられていた。
一体何の話よ……
午後からは私達は初参加となる実技の授業だ。
前回は、授業で使う訓練場のルール説明を行い、皆の基礎体力を測る為にランニングを行ったのだとか。
セレスは言わずもがな私も体力には自信がある。
田舎者に体力がない者は居ないのだ!(極論)
一応、訓練場を一周するタイムを測る事になったので、頑張って走った。
私が一周する間にセレスは3周して皆に驚かれていた。
リノアくんは……まあ都会っ子だから仕方ないよね(暴論)
「では、今日は護身術について教えていくぞ!」
実技の担当はカイラック先生。
赤い短髪と彫りが深い顔が特徴のイケメンである。
「先ずは、入試で首席だったセレス。護身で一番大事な事は何だ?」
「……身に危険が迫る状況を作らない事です」
「正解だ。自分を害しようとする相手と対峙している時点で護身は半分以上失敗している。それを念頭に置いた上で、その後の対処方法を段階的に教えていく」
流石はセレスね。
私は殺られる前に殺れって事かと思ったわ。
「そうだな。アーティナリスト、先ずはお前を見本にしてやるか」
「見本?」
「ああ。俺が教えるからその通りに動いてみろ」
「分かりました!」
「襲う役は……お前だ」
相手役に指名されたのは、朝にセレスにぶん殴られたチャラ男と一緒に居た生徒。
目つきが悪いイケメンで、黒い長髪を背中で束ねていた。
「名前は?」
「モンティカロだ」
「じゃあ、先ずはモンティカロがアーティナリストの背中から抱き着け」
抱き着く!?
ちょっと待って、心の準備が!
この授業の後からそのまま仲良くなって、未来の旦那様になるかもしれないのに!?
「や、優しくして下さいね」
「……ああ、良いぜ」
モンティくんが背後から近付く気配がするが、一向に抱き着いて来ない。
「モンティくん、どうしたの?」
「な、何だこれ!?近付けねえぞ!」
自動で結界術が発動していた。
害意ある全てのものから私を守ってくれる優れた盾ではあるが、勝手に発動するのが難点でもある。
でも、ちょっと待って!
それって……
「先生!誰かが遠巻きに私の命を狙っています!とても危険な状況です!」
「どういうことだ?」
「……アテナ様の結界は害意に対して自動で発動します。狙われているのは確かです」
「何だと!?全員その場を動くな!すぐに救援を呼ぶ!」
先生が携帯型の魔道具で誰かに連絡を取り始める。
私は傍にいるモンティくんの周りに結界を張った。
「モンティくん、狭いけど危険だから我慢してね」
「ま、待て……!」
その後、学園を巻き込んでの大騒動に発展したが、結局暗殺者を見つける事は出来ずに下校する時間になった。
「……何か忘れてる気がする」
「気の所為ではないでしょうか?」
「そう言われると、気の所為かもしれないわね」
放課後、私とリノアくんは冒険者ギルドを訪れた。
セレスは朝の件でネイルズ先生に呼び出されている。
今頃は、抱き着いただけだと容疑を否認しているに違いない。
ラクスの忠告があったので、酔っ払いに絡まれる事は無かったのだが、何故かリノアくんが冒険者達に可愛がられていた。
「僕は男です!」
「いや〜。正直、可愛い顔のおっかない女より、可愛い顔の大人しい男の方が良い気がしてきたぜ」
「わかるぅ〜。男同士だから変な遠慮しなくて良いしな〜」
「手続きだろ?俺達が教えてやるから付いて来な」
「あ、ありがとう……」
私は完全に蚊帳の外だ。
それにしても、まるでリノアくんを男の娘扱い……
えっ?男の娘って何?
ドクン!!
む、胸が苦しい……
治癒術を使っているが、全く治まる気配がない。
可愛い顔のリノアくんが屈強な男達に連れて行かれるのを眺めていると、更に胸の痛みが増していく。
そして、リノアくんが男達に隠れて完全に見えなくなると同時に、動悸が限界に達して私は鼻血を出してぶっ倒れた。
『もう少しだったのに……』
徐々に薄れゆく意識の中、全く知らない男の声が頭に響く。
『いつも見てるからね……』
「(……誰なの?)」
思いは声にはならず、そのまま私は意識を手放した……




