2話 入学試験
翌朝……
学園に着くと、試験会場は入学志願者達でごった返していた。
「見て!ダイナ殿下よ!」
誰かの叫び声を皮切りに周囲がどよめく。
皆が向いている方を見れば、昨日助けた殿下が学舎に入る所だった。
「何で王族が学園なんかに……」
「学園は学ぶ事に身分の隔たりは関係ないという教育方針を打ち出しています。将来の側近を発掘する目的もあるのだとか」
「ふ〜ん」
途中から興味がなくなったので聞き流していると、ふと周りの視線が集まっていることに気付く。
早速セレスが注目されているわね。
特に男子の目が多い。……って、一人の男が近付いて来た。
髪をかき上げる仕草はナルシストを彷彿とさせるが、顔は抜群に良い。
「僕はティレーズ伯爵家のレドナント。貴女のような可愛らしい女性は初めて見た。どうか僕と交際して欲しい」
「私は貴方に興味がありません。お断りさせていただきます」
丁寧にお辞儀して拒否するセレス。
まだ入学もしてないのに告白されるなんて、やっぱりセレスの魅力は凄いわね。
地元の騎士団では告白なんてしようものなら母様に躾けられてしまう。
一度、性欲に抗えない猛者が現れたことがあったが、母様に矯正されて一切無駄口を叩かない寡黙な一流の騎士へと変貌を遂げた。
それが今の大隊長である。
「この僕が気にかけてやってるのに!君の家がどうなっても知らないぞ!!」
伯爵家の坊っちゃんは捨て台詞を残して去って行った。
セレスの実家はバーミリオン領にあるのだが、どうにか出来るなら是非ともやってもらいたい。
「先が思いやられるわね」
「アテナ様、申し訳ありません」
「謝ることないわ。セレスが良い人を見つけたら私は応援するから」
「アテナ様……」
私と同じ人でないことを祈るとしよう。
そんないざこざはあったが、徐々に人の波は捌かれていき私達の番になった。
「セレスさんと………アーティナリスト・バーミリオンさんね。これが受験札よ。これを持って試験部屋に行きなさい」
この前受付けしてくれた人とは違うのだが、やはり不自然な間があるのが気になる。
試験は筆記と実技があり、点数制の総合得点で合否を決めるらしい。
明日門前に貼り出される番号と受験札の番号が一致していれば、晴れて入学出来るそうだ。
「筆記って、私勉強してないんだけど……」
「アテナ様なら大丈夫です。自信を持って下さい!」
自信を付けるべき事をしていないのに、どうやって自信を持てと?
項垂れながら試験部屋に行き、指定された席に着く。
学園の先生らしき人が試験用紙を配って筆記試験が始まった。
「……………」
全く解けないわね。
私は早々に筆記試験を諦めて寝る事にした。
学園に行かなくても結婚相手探しは出来る。
下町の何処かで働いて職場恋愛に持ち込むのよ!
「時間だ!」
「……んがっ!」
急な大声で起きたので変な声が出てしまった。
名前しか書いていない答案用紙が回収される。
「アテナ様、大丈夫でしたか?」
「全然大丈夫じゃないわね。ごめんなさい、セレス。私は職場のウィリアムと結婚するから、あなたは学園生活を十分に楽しんでね」
「ウィリアム?」
イケメンではないけれど、彼の誠実さと優しさに惹かれる予定だ。
「さあ、試験に落ちるのは確実だけど、記念に実技の試験も受けるわよ!」
「はい、アテナ様なら大丈夫です!」
セレスの相槌が適当過ぎる。
既に自分だけの楽しい学園生活を想像しているに違いない。
案内係の人に付いて行くと実技の試験場に着いた。
騎士団の訓練場みたいな広場に、強そうな男が1人で突っ立っていた。
「あちらの試験官と一対一で闘ってもらいます。反撃することはないので、自分の得意なものを披露して下さい」
どうやら試験官は有名な高ランクの冒険者らしく、周りがざわついていた。
バーミリオン領では冒険者を見た事がないので、そのワイルドな風貌がとても魅力的に見えた。
「太刀筋は悪くない、55点だ」
「その若さで二重詠唱か、将来が楽しみだな。80点」
試験官は次々と受験生をあしらって点数を付けていく。
そして、セレスの番になった。
「忠告ですが、構えないと死にますよ」
「!!?」
セレスの姿が掻き消えたかと思うと、次の瞬間に試験官が壁に激突した。
壁が崩壊して辺りには砂埃が舞っている。
だが、相手も只者ではなく、すぐに瓦礫を退けて立ち上がった。
特に目立った外傷もない。
「痛てて……油断しちまったぜ。何で学園の試験にこんな化物が混じってんだよ」
「次は本気でいきます!」
「待て待て待て!!今日の俺は試験官だっつーの。依頼でもないのに殺し合いなんかする訳ねえだろ!100点だ、100点!早く引っ込め!」
「……分かりました」
セレスは渋々戻って来た。
「どうだった?」
「久しぶりに本気を出せると思ったのですが……」
「試験会場が無事じゃ済まないでしょ」
自由を手に入れたセレスだが、血に飢えた戦闘狂の矜持は深く刻み込まれているようだ。
次が私の番だ。
試験官と対峙する。
「見た所、さっきの娘の主人だよな。期待しちまうぜ」
「…………」
「どうした?掛かって来な」
「……私が得意なのは『治癒術』と『結界術』なの。ルール上、貴方が動いてくれないと何も証明出来ないわ」
「えらく地味だな……ってまさか!?」
既に試験官の周りには結界を張ってある。
彼はもう何も出来ないけれど、私からも手を出せない。
「……因みに、どれくらいの強度だ?」
「強度?調べた事はないから分からないわね」
試験官が手を伸ばすと透明な見えない壁に遮られる。
母様にも破られた事はないので、私は癇癪時の母様を止められる唯一無二の存在としてバーミリオン領内で崇められていた。
「時間は?」
「効果時間のこと?私が結界を解くか、私が死ぬまでかしら」
「…………分かった。もう良いぞ」
結界を解いて会場脇に戻る。
点数聞いてないんだけど……
「アテナ様、流石です!」
セレスは褒めてくれるけど、周りの反応は懐疑的だった。
まあ、傍から見ると試験官が手を伸ばすだけで終わったので仕方がない。
実技試験が終わったら解散らしいので、学園を出て街中の店で食事をした。
「働くなら此処でも良さそうね」
看板娘になったらお客さんからもアプローチされるかも。
「合格していますので心配なさらないで下さい。それに、アテナ様が働くのなら私も此処で働きます」
それだと意味がないのよ!
セレスが看板娘になっちゃうでしょうが!
私が恨みがましい視線を向けると、セレスはにっこりと笑って首を傾げた。
これは可愛すぎる!!
だ、大丈夫よ。王都だから働き口は沢山あるはず。
上手く丸め込んでセレスとは別々の職場にするしかないわ。
頭の中で色々と策を巡らせていると、いつの間にか夕暮れだった。
「アテナ様、そろそろ宿に戻りましょう」
「そうね。明日からは就職活動で忙しくなるわよ!」
「(この方は本当に……)」
「セレス、何か言った?」
「いえ、アテナ様はいつも楽しそうだなと思いまして」
「悩んでる時間が勿体ないもの。行動あるのみよ!」
「……一生付いていきます」
「それはやめてね!?」
次の日、セレスがどうしてもと言うので、就活の前に合否の確認に向かった。
セレスは自分が合格しても私に付いてくると言っているが、一応私も無が一になる可能性に賭けて付き添う事にした。
「……あるわね」
「アテナ様、合格です!」
目を擦って二度見するが、間違いなく私とセレスの番号があった。
セレスが私に抱き着いてくる。
夢にまでは見てないけど、憧れた学園生活が出来ることに暫し呆然としてしまった。
「合格者は学園内の講堂に移動して下さい」
係の人の声で我に返り講堂に向かう。
講堂内には50席程度の椅子が用意してあり、半分程が埋まっていた。
「あいつ筆記試験寝てたのに合格してるぞ」
「実技試験も何もしてなかったよな?」
「どうせ裏口だろ」
周りからは散々に言われているが、事実が含まれているので反論出来ない。
「あの者達の顔は覚えました。後ほど処理しておきますのでご安心を」
「……何もしなくていいわ」
セレスが何もしない方が一番安心まである。
入学早々変な印象を持たれては……既に持たれている!?
私が運命の殿方を探して周りをチラチラと眺めていると、前方の雛壇に長くて白い髭を伸ばしたお爺さんが登壇した。
「諸君らは〜。今日の良き日に〜」
すごく眠たくなる話し方ね。
でも、有り難いお言葉なのだから真剣に聞いておか……なくちゃ……
「以上だ!」
「……ひぃん!」
変な声が出たので周りも驚く。
どうやらお爺さんの後の数人の話もすっ飛ばしたようだ。
「新入生首席のセレスさん、登壇して意気込みを述べて下さい」
次は入学試験で一番の成績を残した者が挨拶するようだ。……って、セレス!?
「アテナ様、どうしましょう?」
「学園で何をしたいかを言えば良いんじゃない?」
セレスが登壇すると、男連中から感嘆の声が上がった。
セレスはテーブルに両手を叩き付けて高らかに宣言する。
「我が主であるアテナ様を害する者は何人であろうとも許しません!肝に銘じておきなさい!以上!」
何を言っちゃってくれてるの!?
常にセレスの隣に居た私を主人だと察した周りからの視線で居た堪れなくなっていると、セレスが清々しい顔で戻って来た。
「言いたいことが言えました♪」
「……良かったわね」
セレスが満面の笑みだったので、それ以上は何も言えなかった……
入学の式が終わると生徒は各クラスに振り分けられた。
私の願いも虚しくセレスと同じクラスだ。
案の定、周りの生徒は私達を遠巻きに見るだけで、一定の距離を保っている。
こんな筈では……
結局、誰とも関われないまま、クラス担当の先生が来て話し始めた。
「私はこのクラスの担任となるネイルズだ。先ずは学園のルールを説明した後、皆に自己紹介をしてもらう」
制服の支給や学生寮の申し込みはこの後再度講堂に行ってやるようだ。
自己紹介か……
ここで悪い印象を払拭しなければ、私の輝かしい学園生活が水の泡と化してしまう。
素晴らしいスピーチにするべく熟考していると、いつの間にか学園のルール説明が終わっていた。
だが、例えルールを知らなくても慎ましい態度で勉学に勤しんでいれば特に問題ない筈だ。
自己紹介が進んでいく。
やはり特技や趣味のアピールが鉄板ね。
入学式で散々目立っているので、ここで奇を衒う必要はないのだ。
汚名返上するわよ!
私の番になったので席を立つ。
「私はアーティナリスト・バーミリオンよ。アテナって呼んでね。治癒術が得意で何でも治せるわ。あと、蘇生も出来るから、もし死んだら気軽に声を掛けてちょうだい」
「アテナ様、死人が喋るのは不可能かと」
「そ、そうね。その時は勝手に生き返らせるから心配いらないわ」
クラスが静まり返った。
あれ?他の子の時は拍手とかされてなかったっけ?
「ふん。まるで聖女気取りだな」
「露骨に誇張しちゃって、目立ちたいだけでしょ」
「あの娘、何でもしてくれるってよ」
「…………」
もしかして、信じてもらえてない?
でも、証明するには怪我をしなきゃだし。
「セレスです。今アテナ様を侮辱した者の顔は全員覚えました。夜道を歩く時は精々気を付けなさい」
セレスの自己紹介はただの脅迫だった。
くれぐれも何もしないように釘を差しておく。
ネイルズ先生は頭を抱えていた……
ホームルームの後は改めて講堂に向かう。
制服を受け取って、寮の受け付けを終わらせた。
学生寮には定員分の部屋があるようで、寮に入れないなどのトラブルは起きないらしい。
セレスが同室を希望したが、勿論断った。
部屋があるのに一人部屋に二人入ったら、単純に狭くなるので当たり前である。
今日はこのまま解散となるらしく、早速寮に向かった。
部屋の造りは質素だが、掃除が行き届いておりベッドはふかふかだった。
軽い食事と風呂を済ませて、ベッドに横になってぼーっとする。
初日なのに色々あったが、学園に通えるのは素直に嬉しい。
明日からの出会いに思いを馳せつつ眠りについた。




