18話 選択
「おかしいわね……」
「アテナ様、ご自身を卑下なさる必要はないかと」
「急に何よ?髭なんて生えてないわよ」
「…………」
セレスが私のことを憐れんだような目で見てきたので、私も同じような目をして見返してあげた。
そんなことはさておき……
最近、名もなき声様からの音沙汰がない。
定期試験が差し迫っているので、少しでも機嫌を良くしておかないといけないのに。
「セレスはいつ勉強してるの?」
「アテナ様がお休みになった後にやっております」
最早人間じゃないわね……超人?
「流石は超人セレスね」
「……超人はお止め下さい」
『キュイ!』
「狂人?……良いんじゃない?」
「絶対に嫌です。でも、まさかキュイが私のことをそんな風に思っていたなんて……」
『キュイ!?キュイキュイ!!』
「自覚がないなんて信じられない!?セレスさんにはお似合いですわよ!!って言ってるわ」
「まるで捻くれた性格の令嬢みたいですね……」
『キュイ……』
二人と一匹で談笑していると、疲れた顔のリノアくんが教室に戻って来た。
「もう嫌だ!僕は男なんだ!!」
「リノアくん、女子の制服を着ながらだと説得力がないわ」
「だって、母さんが喜ぶから……」
「なら、学園に来てからすぐに着替えれば良いじゃない?それをしないということは、やっぱりリノアくんにもちやほやされたい願望が……」
「ち、違うよ……」
リノアくんが目に見えて落ち込んでしまった。
新しい性癖を受け入れるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
今も男子生徒からの告白を断りに行っていたようで、男だと説明しても逆効果の場合もあるらしい。
更に、レイアの家出騒動が解決した後から、この国の王族である2人の王子が私達の教室に頻繁に来るようになった。
第一王子であるシャール殿下の目的は私。
第ニ王子であるダイナ殿下の目的はリノンだ。
シャール殿下は私と世間話をして帰って行くのだが、ダイナ殿下はリノンが憑依するまで居座り続けるのでリノアくんの心労が凄いことになっている。
「この国の将来が心配ね」
「そうですね。どちらが王位を継承しても滅亡する未来しか見えません」
「シャール殿下は大丈夫じゃない?」
「いえ、もう既に取り返しのつかない選択をしている分、シャール殿下の方が危ういです」
「……取り返しのつかない選択って、なんか響きがカッコいいわね。使っていくわよ」
「取り返しがつかないことなんてそうそう起きないんじゃ……」
「何を言ってるの?リノアくんは現に今、取り返しのつかない選択を迫られてるじゃない?」
「何のこと?」
「ダイナ殿下と結婚するかしないかの選択よ」
「しないよ!!選択ですらないよ!!!」
本気で嫌がってるみたいだし、この話題はこれっきりにしてあげよう。
「で、何の話だっけ?」
「……このままですと、アテナ様の定期試験が0点になる話ですね」
「ふっふっふ♪今回は秘策があるの。心配要らないわ」
「なんかダメそう」
「ドヤ顔がムカつきますね」
『キュイ!』
馬鹿にするのも今のうちよ。
私の満点の試験用紙を前に泣いて平伏すがいいわ!!
とは言ったものの、頭の中で幾ら呼び掛け続けても名もなき声様から返事がないのも事実。
何か興味を引けそうなことは……
「セレス、お願いがあるんだけど……」
「私はアテナ様に忠誠を誓った身。命令してくださればそれが如何様なことでも叶える所存です」
「分かったわ。じゃあ、今からセレスのスカートを捲るから、恥じらいながら『み、見た?』って言って私を睨み付けてちょうだい」
「………………念の為に理由をお聞きしても?」
「ほら、何気なく過ぎてゆく平凡な毎日にも、刺激って必要じゃない?」
「(……これは如何なる理不尽にも耐えうる忍耐力を養うための試練)」
セレスがぶつくさと言ってる間に背後からスカートを捲る。
リノアくんはちゃんと目を瞑ってくれていた。
「…………………み、見ましたか?」
ほら、名もなき変態さん。
あなたの好物の恥じらう乙女よ。
早く出ていらっしゃい。
『好物じゃないから!』
『名もなき変態様!』
『様を付ければ何でも許されると思ってる?』
『呼び名などどうでも良いのです!私めにどうかあなた様の叡智をお授け下さい!!』
『君、その内友達無くすよ?……あっ、ごめん。最初からいないんだった!』
ぐぬぬ……
言わせておけば、つけ上がりおって!
でも、今は耐えるのよアテナ。
試験が終わったら、その減らず口を糸で縫い付けてやるわ!
『考えたことが分かるの忘れてる?』
『忘れてないわよ。でも、これが私なんだからしょうがないでしょ?』
『……ふ〜ん、潔いね。でも、もし僕が見捨てるって言ったらどうするの?』
『別にどうもしないわ。元に戻るだけだし』
『そんなこと言って良いのかなぁ〜。今までは君の視界に入る人や物の詳細が分かる程度だったんだけど、出来ることが増えたんだよ!』
なによ、勿体ぶって。
つまらないことだったら、ただじゃおかないわよ!
『なんと!話してる相手の好感度が分かるようになったんだ!』
『こうかんどって何?』
『相手が君のことをどのくらい好きかって数値かな?』
『変態神様!一生付いていきます!!』
『一文字も残ってないじゃん……』
レイアの未来視といい、私の婚活に追い風が吹いて来たわ!
相手からどれくらい好かれているかが分かれば、恋の駆け引きなど無いに等しい。
数値が上がるように言葉を選べば良いのだから!
『試しに彼女と話してみてよ。分かりやすく、相手が話した後に好感度を伝えてあげる』
パンツを見られて嫌な顔をしたままのセレスに話し掛ける。
私に忠誠を誓ってくれているセレスだけど、流石に減っちゃったかも?
「ねえ、セレス。今の気分はどう?」
「屈辱です……」(2)
……2ってなに!?
もしかして3段階評価かな?
『最大で100だね。2って逆に凄いよ!数値が5未満だと、いつ寝首を掻かれてもおかしくないレベルだからね!』
0に近ければ近いほど嫌われているらしく、0だと興味がなかったり、無関心な状態らしい。
それ程までにスカート捲りが嫌だったってこと!?
『因みに、やる前の数値は10だったよ?』
『何でそんなに低いのよ……』
『日頃の行いでしょ』
心当たりは……ありまくりね。
でも、いつも私に向けてくれていたあのとびきりの笑顔は偽りの仮面だったみたい。
『記憶を捏造しないでね。彼女は大体真顔だったじゃないか』
『今からでも挽回しないと!このままじゃ、寝首を掻かれちゃう!』
え〜っと、え〜っと……
「セレス、女の一生は常に常在戦場よ。黄土色の下着じゃ生き残れないわ」
「……………そうですね」(1)
減っちゃってるじゃない!?
あと1しかないわ!
セレスが喜びそうなことを言わないと……
「もし母様が来ても私が守ってあげるから安心しなさい」
「……ありがとうございます。でも、急にどうされたのですか?まさか、また何か……」(8)
「違うわ。決意を新たにしただけよ。セレスは私の大事な人だもの」
「アテナ様……」(10)
……ふう。
何とかなったわね。
もし、また下がったら母様をダシに使わせてもらおう。
『まさか、1から戻せるなんてね。君の母親はそんなに怖いの?』
『なんで知らないのよ。ずっと見てたんじゃないの?』
『最初に視界が繋がったのは、君が王都に向かう日の朝だよ』
ああ……
だから、セレスの裸は見てるのね。
『あれは不可抗力だから!!』
『まあ良いわ。あと、母様の恐怖を語るには半日じゃ足りないからまた今度ね』
『それって……人間なの?』
母様の話は気が重くなるので話題を変えよう。
「やっぱり、リノアくんもスカート捲られたい?」
「やっぱりって何!?僕は絶対に嫌だよ!!」(100)
「……確かに男物の下着だと抵抗あるわよね」
「関係ないよ!絶対に無理だから!!」(100)
おかしいわね……
好感度100だから、実は内心で喜んでるってこと?
『好感度は君への好意の数値だから、性癖とかは関係ないよ』
『なら、覗き魔神様の目がおかしいのね』
『……いい加減、僕キレて良いかな?』
『だって、嫌がることを言ってるのに減らないのはおかしいわよ!』
『君と話せるだけで幸せなんじゃないの?知らないけど』
……もしかしたら、母親のステラさんを救ったことで、好感度が上限を突破しているのかもしれない。
多少嫌なことがあっても、まだ100よりは上なのだ。
『君がそれで良いなら別に良いんじゃない?』
『……うるさいわよ!』
『まあ良いや、またね……』
そう言って、名もなき声様の気配は消えた。
呼んでおいてなんだが、一体何しに来たんだろう……
放課後……
エスカティーネ様に私一人だけ呼び出された。
エスカティーネ様……
美の女神アミスの現身にして、ダイナ殿下の婚約者。
完璧なツインドリルを靡かせて歩くその美しい御姿は、紛うことなき美の女神である!
「アーティナリストさん。ダイナ殿下が貴女の取り巻きの女子生徒に夢中だと噂を聞いたのだけれど本当かしら?」
私の取り巻き?
いつも一緒にいるのは、セレスとリノアくんとキュイ。
ダイナ殿下が夢中なのはリノンだけど……
「……それは多分間違いです」
「ああ、良かった……」
「殿下が夢中なのは男子生徒ですわ」
「…………えっ?何を言っていますの?」
エスカティーネ様に嘘をつく訳にもいかず、私は全てを打ち明けた。
「……所詮、政略による婚約。それでも好意を持って頂けるよう努力して参りましたが、今回の件で完全に失望致しました」
「エスカティーネ様……」
「お父様にお願いして婚約破棄を陛下に嘆願致しますわ。……アーティナリストさん、貴女のお陰で気が楽になりました。感謝致しますわ」
少し落ち込んだ表情のエスカティーネ様に頭を下げられた。
現身とはいえ一人の女としての責を果たそうとされている姿に、私は感銘を受けた。
私に何か出来ることはないの!?
「失ったのならば新しく手に入れれば良いのです!エスカティーネ様、今から一緒に街まで出かけませんか?」
「……………それは、構いませんが。護衛はどうしましょう?」
「必要ありません。私やセレスもいますし、エスカティーネ様をちゃんと無事に家まで送り届けます」
「入学試験で首席だった方ですね。物凄い女傑だとか」
その後、セレス達と合流して学園を後にした。
「す、凄い!完全に女性にしか見えませんわ!」
「か、カティ。余り見つめないで下さい……」
「恥じらう姿が余計に庇護欲をそそりますわね。……意図的に狙っている?」
「狙ってません!女装もアテナさんに言われて仕方なくやったんです!」
「本当に嫌だったら全力で拒んでいたのでは?アテナさんはそこまで無慈悲な方には見えませんが……」
「だ、だって。母さんも喜ぶから……」
『キュイ……』
街に繰り出すにあたり、周りにバレないように呼び名と言葉使いをフランクにしてみた。
キュイもカティに抱かれて嬉しがっているようだ。
「アテナ様。知らない気配が二つほどこちらを探っております」
「カティの護衛でしょ。放っておきなさい」
「畏まりました」
初めて自由を手に入れたかのようにはしゃぐカティに水を差したくはない。
「何処に向かっていますの?」
「冒険者ギルドよ。顔や家柄だけじゃなくて、ワイルドさも男の魅力の一つなのを知って欲しくてね」
「冒険者ギルド……。荒くれ者の集団だと聞いておりますわ」
「否定は出来ないわね……」
冒険者ギルドに初めて行った時のことを思い出した。
ラクスが脅してくれたお陰で皆大人しくなったけど、いなかったらセレスが暴れて出禁になっていたかもしれない。
冒険者ギルドの建物に着いたのだが、何やらいつもより慌ただしいように感じる。
「何かあったの?」
「スタンピードが起きたんです!今は城壁を死守する守備隊に参加する冒険者を募っています。ご協力をお願いします!」
受付に居たターニャに話し掛けると、鬼気迫る返しをされた。
「すたんぴーどってなに?」
「魔物が大量発生して王都に押し寄せて来ているようです。規模や魔物の種類は分かりませんが、もし王都の城壁が破られれば、大変なことになるでしょう」
「ふ〜ん……って、一大事じゃない!?」
王都は都会で綺麗で人が多くて…………とにかく都会なの!
そんな素晴らしい都会を魔物に蹂躙させる訳にはいかないわ!
「私達も行くわよ!」
「アテナ様、カティ様もいらっしゃいますので、余り無茶なことは……」
「私も参ります。王都の危機に見て見ぬふりは出来ませんわ!」
おお!
アミス様も参戦されるなら私達の勝利は間違いないわ!
「仕方ありませんね」
「僕も行くよ!何も出来ないかもしれないけど」
『キュイ!!』
こうして、私達は王都を出てスタンピードの最前線へと向かった。




