17話 2人の王妃と第一王子
「お母様、アテナ様をお連れしました」
「……入りなさい」
王妃の部屋に入ると、レイアの母親こと第二王妃が椅子から立ち上がった。
本来はこんなに気軽に会える立場の御方じゃないと思うんだけど……
「アテナさん、会いに来てくれて嬉しいわ」
「こちらこそ、お会い出来て嬉しいです。……あれ?王妃様、またどこかお悪くされていませんか?」
貼り付けられた王妃の笑顔は一見何ら変わりない。
だが、母様の顔色を常に伺っていた私にかかれば、刹那の表情の変化も見破るのは容易い。
謂わば、生存本能から生まれた危機察知スキルと言えるだろう。
「流石ですわね。貴女を専属治癒術士として雇いたいくらい」
「専属治癒術士……ノルンはどうしたのですか?」
「……彼女の故郷の聖王国でクーデターが起きたらしいの。家族を保護するために護衛を付けて帰省させているわ」
「………………」
まさかね……
レイア、お願いだからそんな目で見ないでちょうだい!!
「で、では、治癒術を掛けさせていただきますね」
「……アテナさん、私にも敬語は不要ですよ?」
「いや、いくらなんでもそれは……」
王妃にタメ口?
不敬罪で断頭台にまっしぐらよ!
「仕方ありませんわね。では、わたくしティリス・オウル・カナルーアか命じます。今から敬語で話すのを止めなさい」
「えっ?」
「……お母様?」
王妃の名前はティリスと言うらしい。
……じゃなくて!なんで命令!?
いや、でも……
「わ、分かったわ。これで良いのね?」
「……ええ。満足ですわ♪」
一瞬、ティリスが身震いするのを見逃さなかった。
タメ口で興奮する癖でもあるのだろうか。
……まさか、変態!?
「……それより、レイアが第一王子の影武者に暗殺されそうになってたわ。間に合ったから良かったけど」
「まあ!またしても娘の命を救って下さったのですね!レイア、アテナ様にお礼はしましたか?」
「いえ、まだ何も……」
なんで私のことを様呼びしてるの!?
しかも、逆に敬語を使われる始末。
こういう場合はなんて言うのかしら……超不敬罪?
「レイアにはお願いを聞いてもらったから、お礼は要らないわ」
「そうですか。残念です……」
「じゃあ、2人には自動結界を張っておくわね。物理的な被害はこれで防げると思うわ」
「ああ……これがアテナ様の結界。まるで神の産毛に包まれる様な安心感ですわ!」
「……レイア。魔法の習得よろしくね!」
「え、ええ。畏まりましたわ」
明らかに王妃の様子がおかしくなり始めたので、無理矢理話を終わらせて部屋を出た。
「王妃にタメ口は流石にやり過ぎかと……」
「命令だからしょうがないわ」
「審問時にしょうがないで済めば良いのですが」
「証言してくれるわよね?」
「…………」
「『はい!』って言いなさいよ!!……まあ良いわ。その時は母様を呼び出して、この国諸共道連れよ!!」
「!!?」
流石に母様も娘が冤罪で裁かれたら怒ってくれるよね……
アテナ達とレイアが去った後の室内……
ティリスが本棚の一冊の本を傾けると、本棚自体が横にスライドして厳重な扉が現れた。
隠し扉……
それは誰にも知られていないティリスだけの秘密の部屋。
そして、部屋の奥の壁には女性の肖像画。
おっとりとした表情に見えるその顔が、狂気の裏返しだとティリスは知っている。
「サータニティア・バーミリオン様……」
ティリスは画の前でしゃがみ込み、妖艶な笑みを浮かべながら床に額を打ち付ける。
それは対象への絶対の忠誠を意味していた。
「貴女様の最高傑作。しかと利用させていただきますわ♪」
その口角はまるで、猿系の最上位の魔物オリエンタルデビルのように歪んでいた……
帰る前にリノアくんを迎えに行く。
『キュイ!キュイ!!』
「だ・か・ら!僕は男なんですってば!」
「何を言っているんだ!こんなに可愛い君が男な訳がないじゃないか!」
部屋の外まで聞こえてくる声からすると、どうやら儚い夢の時間は終わりを告げたようだ。
まだ現実を直視出来ない殿下に、真実を突き付けなければならない。
扉の前には誰もいなかったので、そのまま扉を開けて部屋に入った。
「……アテナさん、助けて!」
「助けてなんて、私が酷いことをしているみたいじゃないか。私はリノンと婚姻したいだけだ!」
「僕は断りました!」
……ちょっと待って。
今更だけど、殿下を利用するだけして「ドッキリ大成功〜♪」は流石に可哀想ね。
「殿下、よく聞いてちょうだい。実はリノンはリノアくんの生き別れた妹で精神だけの存在なの!偶にリノアくんの体を乗っ取ってるの!」
「アテナ様、それはただの生き霊ではないかと……」
「……リノンはまだそこに居るのかい?」
チャンス到来!?
畳み掛けるわよ!!
「(リノアくん!話を合わせてちょうだい!)」
「……殿下。また会える日を楽しみにしておりますわ。ですが、今は兄を解放してあげて下さい」
「わ、分かった!」
殿下から離れたリノアくんとキュイを引ったくって、急いで部屋を出た。
「まだ何か叫んでいますが……」
「聞くに値しないわ!一刻も早くこの城から逃げるのよ!」
「次に殿下に会う時が怖いよ!」
「だ、大丈夫よ!リノアくんにはずっと自動結界を張ってるから危害は加えられないわ!」
「もし悪意や害意がなかったら?」
「それはもう……運命よ」
「運命!?」
何とか無事にリノアくんを回収し城の廊下を足早に競歩していると、前から豪華なドレスを着た貴婦人が歩いて来た。
不味いわ!恐らく此処は王族が住む区画。
……こうなったらこちらが先手を取るしかない!
「あの〜。私達、シャール殿下に呼ばれて来たのですが、迷ってしまって……」
「……ふ〜ん。あの子も女遊びするようになったのね。良いわ、私が案内してあげる」
あの子……
もしかして、第一王妃!?
「両脇の2人は問題ないけど、何で貴女は男装してるの?」
「偶には違った趣向で楽しみたいとリクエストがありまして。つい最近目覚めたのだとか」
「そ、そう。余り羽目を外し過ぎないようにしてね」
完全に抜け出す機会を失った私達は、王妃の質問に応えながら後に付いて行った。
「この部屋よ。流石に私が一緒に来たら居た堪れないでしょうから、後は貴女達に任せるわ」
「はい。案内していただき感謝致します」
「別に良いわ。それより色々話を聞けて楽しかったわ。今度来た時は私にも会いに来てね」
第一王妃はそう言って背中越しに手をヒラヒラと振って去っていった。
レイアを暗殺しかけたシャール殿下の母親だからと警戒していたけれど、終始気さくで柔らかい雰囲気で好印象だった。
「もしかして、良い方なのかな?」
「ターニャ様の件もありますし、『魅了術』などの精神干渉系の術があることを考えると、判断するのは早計かと」
「そうだ。さっきも殿下に魅了術を使って抜け出せば良かったんだ!」
「王族に魅了術を使うのはやめてね……」
もしバレたら間違いなく共犯にされてしまう。
婚活中に前科者の烙印は押されたくはない。
「一応、シャール殿下にも挨拶していきましょうか。少しでも辻褄を合わせないと」
「何で自ら危険に飛び込むのさ。もう帰ろうよ」
「リノン、あなたの出番よ!!」
「……ゾンゲお兄ちゃんは人使いが荒いです」
「リノアも大概ですね……」
勿論、扉の両脇に護衛の兵士が立っているのだが、私達を王妃が直に連れて来た客人扱いにして完全にスルーしている。
コンコン……
「……誰だ?」
「美女3人の極楽出張マッサージで〜す!」
「この声……さっきの女か。入れ」
ダメ元だったのだが、すんなりと入れてしまった。
どうしよう、何も考えてないわ。
部屋の中に入ると豪華過ぎない質の良い家具がすぐに目に付いた。
「部屋は意外と質素なのね」
「はは!不敬もここまでくると逆に清々しいな」
「王子を影武者扱いした後だから今更よね」
「その傲慢さ、益々気に入ったぞ。我が伴侶に欲しいくらい……」
「はい、喜んで!!」
若干食い気味に返事をしてしまった。
で、でも!これって次期王妃候補ってことよね!
迷うことなんてないわ!
「アテナ様、レイア様に依頼した件は……」
「そうだったわね。ごめんなさい、シャール殿下。先走ったわ」
「レイアか……。魔法の本を得たとの情報を耳にして、我が脅威となる前に潰したかったのだがな。それで……奴に何を求めたのだ?」
「私の未来の旦那様を見つけてもらう予定よ」
「……………は?我の聞き間違いか?」
「何も間違ってないわよ。将来の旦那様を見つけること以外に重要なことなんてないもの」
何度でも言おう、それこそが我が本懐であると!
「……ははっ!はーはっはっ!」
「笑うことないじゃない!私は真剣なの!」
「くくっ……これは失敬。これ程までに純粋な女を知らぬものでな。我の知る女は腹に一物を抱えた者ばかり。会話するだけで疲れる始末だ」
「あら?疲れてるなら私のリフレッシュ治癒術が効くわよ。試してみる?」
「……良いだろう。物は試しだ、やってみろ」
何を偉そうにとも思ったが、本当に偉い人だったのを思い出して口を噤んだ。
シャール殿下の手に触れて治癒術をかける。
治癒の途中で時限式の呪いも見つけたので同時に解呪しておいた。
「どうかしら?大分スッキリしたでしょ?あと、呪いにかかってたみたいだから解呪しておいたわよ」
「…………………呪い?」
「ええ。何の呪いかまでは分からないけど、かなり強い呪いだったわよ。時限式だったから呪いが発動するまでは気付けない仕様ね」
件の元宮廷魔術師団団長もそうだけど、この城って碌なのが居ないわね。
「……何故我に呪いが?……時限式?……何時だ?……」
シャール殿下が考え込んでしまった。
挨拶も済ませたし、もう帰ってもよさそうかな?
「じゃあ、帰りましょうか?」
「アテナ様は本当に自由人ですね」
「あら?それ中々良い響きね。今度から『自由人アテナ』って名乗るわ」
『キュイ……』
「天才か……ですって?それは褒めすぎじゃない?」
「ダサい……だと思うよ、お兄ちゃん」
部屋を出て行こうとすると、我に返ったシャール殿下に呼び止められた。
「名は……アテナだったか?もう一度問おう。アテナよ、我の伴侶になる気はないか?」
「嬉しい提案だけど、先にレイアに頼んじゃったから」
「……奴を消すことも可能だぞ」
「さっき私が自動結界を張っちゃったから多分無理だと思うわ。それに暗殺なんてダサいことしないで、正々堂々実力で打ち負かしなさいよ。その方が格好良いわ」
「…………そうだな。それに今思いついたが、仮にアテナに伴侶が見つかっても、我が王になって一妻多夫制を導入すれば万事解決だ」
……ん?
何かとんでもないことを言ってるような……
「こんなにも心躍る時間は初めてだった。礼にこれを渡しておこう。特別な賓客用だが、これで城には自由に出入り可能だ」
シャール殿下から渡されたのは宝石が散りばめられた豪華なブローチ。
「いつでも会いに来てくれ。いや、準備もあるから先触れしてもらえると助かる」
「分かったわ。じゃあ、またね」
「ああ……またな」
そのまま城を出て、歩きながら一息ついた。
「ふう。何とかなったわね」
「アテナ様、流石です!と言いたい所ですが、今回はやり過ぎかと……」
「求婚されてたもんね……」
「シャール殿下も言ってたじゃない。私みたいに純粋で清らかな乙女には会ったことがないって」
プッ
「……今誰か笑った?」
「恐らく、シャール殿下の思い出し放屁かと」
「ふ〜ん。なら仕方ないわね」
「思い出し放屁って何!?」
思い出し笑いに似た何かじゃないの?
「話を戻すわ。きっと、シャール殿下には私が荒野に咲く一輪の美しい花に見えたのよ」
「……珍しいから興味を持ったと?」
「そうよ。実際には私みたいな女の子なんて沢山居るでしょ?」
「それは……世界終焉の可能性の話でしょうか?」
「違うわよ!一体何の話よ……」
「シャール殿下が他のお兄ちゃんみたいな人に会ったら気が変わるかもってこと?」
「そう。恋は移ろいゆくものだから……」
『キュイ、キュイ……』
「分かる、共感しかない……って、やっぱりキュイも女の子だからそう思うわよね〜」
「何言ってんだ、コイツ……だと思うな」
そして、リノアくんは思い込みが解けずに次の日もリノンのまま学園に行ってしまい、学園は大騒動になる。
ステラさんは娘が出来たと大喜びで、晴れて母親公認の女装となった……




