19話 スタンピード
スタンピードを止めるべく、王都を出て迎撃部隊が集まる最前線へと向かう。
そこには、何やら偉そうな人から指示を受けるラクスの姿があった。
2人の話が終わった後でラクスに話かけた。
「ラクス、私達も参加するわ!」
「アテナの嬢ちゃんか。正直今は少しでも戦力が欲しいから助かるぜ。……ん?隣の嬢ちゃんは……俺の目がおかしくなければ、公爵家のご令嬢に見えるんだが?」
「それは若年性の老眼ね。彼女はカティ、最近出来た学園の友人よ」
「若年性老眼って嫌な響きだな……」
やっぱり、高ランクの冒険者にもなると貴族とも付き合いがあるのかしら?
「今はどんな状況なの?」
「ケイトスに確認させたが、数は凡そ一万。キングベヒーモスを筆頭にオリエンタルデビルやエルダードラゴンなんかの高ランクの魔物も目白押しだ」
「オリエンタルデビル!!?」
「急にどうした?」
まさかこんな所で会うことになるとは……
母様の金切り声とそっくりな咆哮を放つ猿系の最上位の魔物。
間違いなくセレスは動けなくなりそう。
「オリエンタルデビルは私に任せて!」
「いや、そんなピンポイントで対処されても困るんだが……」
「大丈夫よ。他をセレスが加勢するから」
「へぇ〜。そりゃあ頼もしいねぇ〜」
「私一人で十分です。自称ベテラン冒険者の青二才にはスライムあたりが適任かと」
「……どうやら人に擬態出来る魔物が混じってるみてえだな!先に殺ってやるよ!!」
2人は相変わらずいがみ合っており、互いに超至近距離でガンを飛ばしている。
最早鼻や唇まで触れているが、気にならないのだろうか?
「メルディ、あなたの旦那が早速浮気しているわ」
「アテナさん。レイア様は見つかったのですか?」
冒険者達に家出したレイアの捜索依頼をしたのを忘れていた……
「え、ええ。無事に見つかったの。協力してもらって感謝するわ」
「そ、そうですか。それは良かったです……」
目に見えて落ち込むメルディ。
新婚と聞いてたけど、もう既に愛は物欲に負けてしまっていた。
「リノアくんも来たんだね」
「カロさん……。僕も出来ることをやりたいんです!戦えなくても傷の応急処置くらいなら……」
『キュイ!!』
「リノアくんは戦場でキュイを連れ回して、癒しの歌声を皆に届ける役目があるわ。頑張ってね!」
「初耳なんだけど!?」
『キュ〜イ♪キュイ♪』
「キュイはもうやる気みたいね。リノアくん、頼んだわよ!」
「……うん。分かった!」
流石にリノアくんとキュイだけでは心許ないので、さりげなくカロに護衛をお願いしておいた。
「私が護るから安心なさい」
「はい!とっても心強いです!」
『キュイ!』
「(はあ……尊すぎる!!)」
こっちは大丈夫そうね。
「これが戦場……」
慌ただしい現場を目にして放心状態のカティを見ていると、ケイトスが話し掛けてきた。
「なあ、流石に公爵令嬢を前線に出すのは不味くないか?」
「なら、ケイトスが護ってあげて」
「……嬢ちゃん、正気か?」
そう。
ダイナ殿下はただ若いだけのイケメンだが、やはり歳を重ねたイケおじの包容力には敵わない。
戦場で歳上のイケおじに背中を預けて得られる安心感が、いつしか淡い恋心に変わっている筈だ。
「ケイトスさんですね。よろしくお願いしますわ」
「あ、ああ。カティだったな。先ずは情報交換だ。互いに出来ることを知っておいた方が動きやすいからな」
「……ええ。仰る通りですわね。わたくしは実戦が初めてですので、ケイトスさんの指示に従いますわ」
「カティが精霊術の使い手なのは知ってる。ちゃんとフォローするから、先ずは自由にやってみて良いぞ」
2人はそのまま互いの情報を交換し始めた。
すぐにやるべき事を判断する決断力と、相手との身分差を考慮したさり気ない気遣い。
ケイトスが独身なのが信じられないわね。
何か理由があるのか……そんなミステリアスな雰囲気も男の色気が漂う要因なのだろう。
「あの〜、あなたがアテナさんですか?」
「そうだけど……あなた、誰?」
エスカティーネ様にケイトスをあてがったことを後悔していると、見知らぬ少女に話しかけられた。
白髪で僧侶風の格好をしており、何よりその長い耳が特徴的だった。
……エルフ?
「つい先日ラスクさんのパーティーに加入したラキと言います。ラスクさんからアテナさんの話を聞いて是非お会いしたいと思ってました」
「そう。一体どんな話を?」
「アテナさんの治癒術は唯一無二だそうですね。私も治癒術の使い手として、一度腕試しをしたかったんです!」
そういえば、新しく加入する仲間がいるって言ってたわね。
でも、治癒術で腕試しってどうやるのかしら?
怪我人を治す数で競うとか?
私が疑問を抱いていると、唐突にラキが自分の指先を短剣で切ったので即座に治しておいた。
「先ずは、この傷を治して……って、治ってる!?」
驚いているラキを見て私は思った。
コイツは自傷癖のあるやべえ奴だと……
「凄いです!詠唱もなければ、術を行使する動作すらない!……よもやこれ程とは。あの!私をアテナさんの弟子にして下さいませんか?」
「いえ、結構です」
私はそそくさとその場を離れたが、ラキが後ろから追って来た。
「お願いします!お礼は弾みますので!」
「絶対に嫌よ!追って来ないでちょうだい!」
パーティーリーダーに抗議するべくラクスの元に駆けているつもりだったが、いつの間にか周りには誰もいなくなっていた。
ラキの足が遅くて助かったわ。
それより皆は……
ふと、前方の木の下に人影を発見した。
「あの〜、すみません。王都はどちらに行けば良いのでしょうか?」
『……何者だ?と言うか、この草原でどうやったら迷子になる?』
「迷子ではありません。無我夢中で走っていたら皆と逸れてしまったのです」
『それを迷子と言うのだ。だが、今王都に戻るのはやめておけ。やがて、魔物の大群が押し寄せて来るからな』
人影は親切だった。
近付いて顔を確認すると、見たことがない程のイケメンだった!
肌は青く、大きな黒い羽や尻尾が生えているが、そんなものは些事に過ぎない。
「親切な殿方。貴方様のお名前をお聞きしても?」
『変わった人間だな。私のこの姿を見れば大抵は敵意を向けてくるか恐怖で逃げ出すかのどちらかなのだが……』
「幸い、私と貴方様は言葉を交わせます。お互いのことを知ってから判断しても遅くありませんわ」
『……良いだろう。我が名はカルディアだ。お前も名乗れ』
カルディア?
魔王と同じ名前なんて珍しいわね。
でも、人の親も自分の子供に英雄の名前を付けたりするし、親の自己満足の犠牲者なのかもしれない。
「私はアテナと申します。カルディア様は此処で何をされていたのですか?」
『……アテナか。良い名だな。それより、その敬語を何とかしてくれ。人族に疎い者ならば、新手の精神攻撃かと思われるぞ』
悍ましい、アレルギー、精神攻撃……
私は二度と敬語を使うまいと心に誓った。
「これで良いかしら?」
『ああ。かなり楽になった。それで、此処にいる目的だったか?それは……………ぐっ、ぐあああああ!!!』
カルディアが急に苦しみだした瞬間、背筋が凍る程の悪寒が走った。
『あらあらあら?その軽い口は縫い付けた方が良さそうね』
この口調と声色……私が何年も聞いて慣れ親しんだもの。
「……母様?」
『あら?私の可愛いアテナ。こんな所で会えるなんて嬉しいわ♪』
目の前には母様の姿に似たなにか。
実体はなく、薄く透けたままでゆらゆらと揺れていた。
「……生き霊?」
『残留思念みたいなものよ』
「ざんりゅうしねんって何?」
『多分説明してもアテナは理解出来ないわ』
少しイラッとしたが、ここで反論すると墓穴を掘りかねない。
筆記試験0点の事実が、いつまでも私を苦しめるのだ。
「残留母様が何でこんな所に……」
『……お喋りな魔王の口封じの為に仕込んでおいたのよ。アテナは良い子だから邪魔しないでね』
どうやら魔王本人だったようだ。
でも、私は今『魔族』という言葉に無限の可能性を感じている。
ここは魔王を助けて恩を売るのが最善手だろう。
「残留母様、ごめんなさい。でも、私は少しでも可能性があるなら……諦めることなんて出来ない!」
『何を言って……』
残留母様を結界に閉じ込める。
『……アテナ、あなたは自分が何をしているか分かっているのですか?』
「ええ、私は絶賛婚活中なの。例え残留母様でも邪魔はさせないわ!」
『……子の成長は早いものね。でも、覚えておきなさい。本体の私にはいつまでも同じ手は通用しないから。精々結界術の練度を上げておくことね』
残留母様は捨て台詞を残してそのまま消えていった。
ふう……
何とかなったが、母様には私の結界術の弱点もお見通しのようだ。
セレスに協力してもらって特訓しないとね。
倒れているカルディアに近付いて治癒術を使った。
『……まさか仕込まれていたとはな』
「カルの目的がバレないようにしてたって事よね?」
『そうだな。元々このスタンピードもあの化け物に指示されたものだ。情報漏洩の対策としては間違ってはいない』
!!?
……なんで母様が?
まさか、本当にバーミリオン王国を!?
母様に不信感を抱きつつも、この状況を何とかしなければいけないことを思い出した。
「ねえ、カルは別に王都を攻めたい訳じゃないのよね?」
『ああ、出来ればこの大陸には二度と訪れたくないな』
「じゃあ、カルが命令すればスタンピードを止められるかしら?」
『我が配下の者は可能だが、それ以外は恐らく無理だ。半数以上は残るだろう』
「う〜ん。皆には直接説明してもらった方が良いわね。カル、私に付いて来て!」
『我は魔王だぞ!正気か!?』
カルの手を取って皆の元へ戻る。
幸い、ラクスが部隊の先頭に居たので、警戒されずに済んだ。
「嬢ちゃん、何処行ってたんだ?それに、隣にいるのは……ま、魔族!?」
「魔王のカルよ。スタンピードを起こしたのは彼の本意じゃないの。配下の魔物は連れて帰ってもらう事にしたわ」
「…………は?」
『我は魔王カルディア。此度の件は本当に申し訳ない。……謝罪しか出来ぬが、配下には撤退させる故、後の処理を頼んでも良いだろうか』
魔王は冒険者達に向けて頭を下げた。
「嬢ちゃんは俺達にその魔王の言葉を信じろって言いてえのか?」
「ええ、そうよ。何か問題ある?」
「スタンピードの進行途中には村や町があった筈だ。蹂躙されて死んでいった住人達に顔向け出来ねえだろ!」
『配下達には人間の生活区域に被らない最短ルートを進軍させている。被害は殆どないはずだ』
「確かに被害報告は何も聞いてねえな」
ラクスは怒り心頭で今にも飛び掛かりそうな勢いだが、ケイトスはこんな状況でも落ち着いていた。
「……だが、魔王討伐は人類の宿願だ。戦わない理由がない」
「ふ〜ん。ラクスがそのつもりなら別に良いわ。私はカル側に付くから」
黒幕が母様と知っている身としては、何としてもカルを逃さないといけないのだ!
「私はアテナ様と敵対する訳にはいきませんので」
「ぼ、僕も……」
『キュイ!』
「私はリノアくんを護らないといけないわ」
「私も師匠と共に戦います!」
セレスにリノアくん、キュイにカロまで!
私にはこんなにも味方がいるのね。
ラキはいらないけど……
「……そもそもの話ですが、スタンピード自体がアテナ様一人でどうにか出来てしまうので、このやり取りは茶番ですらありません」
一触即発の中、セレスが放った言葉によってその場が一瞬で静まり返った。
「……いくら何でもそれはねえだろ」
「だから、あなたの目は節穴なのです。私がただの威圧だけで動けなくなったダンジョン深層のネームドドラゴンや、戦う意思すら湧かなかった現世に降臨したアミス神まで、アテナ様は打倒してきました。それでも、私は今までただの一度もアテナ様の『本気』を見たことがありません。この意味が分かりますか?」
「セレス、あれはアミス神じゃなくて邪霊よ」
「申し訳ありません。……ですが、そんなアテナ様が魔王を庇うのならば、それ相応の理由があるのです。それくらい察するべきでしょう」
そんなに褒めなくても良いのに〜と思っていたら、いつの間にか追い詰められていた件!?
「こ、このスタンピードを指示した黒幕がいるのよ」
「……そうなのか?」
『そうだ。我ですら抗えないほどの存在だ』
「ま、まさか……邪神!?」
ああ……母様が邪神になっちゃう!
『……そうだ』
「「「「!!?」」」」
……そうだ、じゃないでしょ!?
何で上手く誤魔化した感を出してるのよ!
『我が助けを求めたのだ。アテナは邪神に対抗出来る唯一の存在であるが故に……』
「……嬢ちゃん、疑って済まなかった。そんな理由があるなら此処にいる全員が協力するぜ!」
「疑われるのには慣れてるから別に良いわ。皆を邪神の標的にする訳にはいかなかったもの」
「嬢ちゃん……ありがとな」
何とかなった?
丁度その時、地平の向こうから押し寄せる魔物の姿が見えた。
「魔王さんよ、よろしく頼むぜ」
『ああ、任せてくれ』
「野郎ども、気合入れろよ!強い魔物はいなくなるが、数が数だからな!!」
「「「「おおおおおおお!!!!」」」」
こうして、魔王とラクス率いる冒険者達は魔物の大群に突っ込んで行った。
「じゃあ、私達も行きましょうか」
「はい。お供致します」
「キュイ、頑張ろうね!」
『キュイ〜♪』
「(尊い……)」
「師匠の伝説をこの目に焼き付けねば!」
私を信じて付いて来てくれる人達がいる(ラキは除外)。
そんな隣を歩く仲間達を見ながら、私はまだ見ぬ魔族の旦那様に想いを馳せていた……




