14話 王女の家出①
「アテナさん、大変だよ!レイア様がいなくなっちゃった!」
「う、う〜ん。人に酷い事を言えるのは、言われる覚悟がある奴だけよ……」
「魔法の本も持って行ったんだ!」
「何ですって!?……いや、それは逆にありがたいんだけど」
気になるワードで飛び起きたが、特に問題ではなかった。
「レイア様が貸してくれと仰るのでお渡ししました」
「セレス、グッジョブよ!出来ればそのまま所有権を放棄したら完璧だったわね」
「申し訳ありません。次からはそのように致します」
「それで良いんだ……」
隣で起きていたキュイを抱きしめて治癒術をかける。
『キュイ!?』
「驚かせちゃった?でも、私の側に居るなら常に体調は万全よ」
「アテナさんは仮病が使えないね」
はっ!
その時、過去の忌々しい記憶が蘇った。
それは私がまだ幼かった頃。
母様のしごきに耐えきれずどうしても休みたい時があった。
私は泣きながら体調不良を訴えたが、父様が「治癒術があるのに、体調悪くなるわけないだろ。多分仮病だぞ、仮・病♪」と宣ったせいで、説教からのしごき二倍の地獄を見た。
それ以来、父様が幾ら酷い目に遭った時も心が動かなくなった。
強い心の在り方を教えてくれた父様には感謝しかない。
「ふう。危ない所だった……」
「どうしたの?」
「過去の呪縛に精神を持って行かれそうになったわ」
「アテナ様……」
セレスもほぼ同じ境遇だったので、私の心境が痛い程に理解出来るのだろう。
目には微かに涙が溜まっていた。
「それで、レイアが居なくなったって言ってたけど……」
「本を持ったまま何処かへ行かれました」
「その内帰って来るんじゃない?先に学園に行ってるかもしれないし」
結局、レイアは学園にも来ていなかった。
「もしかして、一日一食の生活に我慢出来なかったのかしら」
「そんなわけ……あるのかな?」
今はお金がないので昼ご飯一食で凌いでいる。
学園がある日は大食堂で食い溜めするので非常に効率的だ。
「私達の境遇を見るに見かねて本を売りに行ってくれたのかも」
「売れる訳がないって怒ってなかったっけ?」
「そうだったわね……。まあ、あの呪われた本を処分してくれるなら何でも良いわ。さあ、私達はちゃんと授業を受けましょう」
「アテナさんが授業をちゃんと受けてる所見たことないよ?」
リノアくん、言うようになったわね。
「私は睡眠学習で授業内容が頭に入ってるの。心配いらないわ」
「アテナ様、流石でございます」
「……半分くらいはセレスさんのせいな気がしてきた」
「リノアくん。そこまで信じられないなら、今度の定期試験で勝負しましょう。負けた方が勝った方に絶対服従よ!」
「アテナ様、一個だけ何でも言う事を聞くくらいで良いかと」
「……そうね。リノアくんの人生を縛ったら可哀想だわ」
「何でこんなに自信満々なんだろう……」
ふふ♪私には名もなき声様がいるから、敗北はありえないわ。
リノアくんに何をしてもらおうか考えていると、午前の授業が終わった……
「アテナさん、凄いよ!今日は寝てなかった!」
「夢から空想の世界へ進化してますね」
「そ、そうよ。私は並列思考の持ち主なの」
名もなき声様がいるからあながち間違ってはいないだろう。
『キュ〜イ♪キュイ♪キュキュ〜イ♪』
昼食の時間なのだが、大食堂に向かう途中で超ご機嫌になったキュイが、私の頭の上に登って歌い始めた。
「急に豹変したわね」
「キュウに美味しい餌が食べられると聞いたのではないでしょうか」
「そう言えば、キュウもいっぱい食べてたね」
『キュ〜イ♪』
キュイが美味しそうに食べるので、際限なく与えていたら食べ過ぎで動けなくなってしまった。
『キュ……イ……』
「ドラゴンとは思えない姿ね……」
「最早、豚に近いかと」
「丸くて可愛い……と思うよ?」
流石に食べ過ぎは治癒出来ないので、暫く安静にさせるしかない。
ただの荷物と化したキュイをセレスに抱えさせて午後の実技の授業に向かった。
「今日の交流試合は例外的に宮廷魔術師団から団長代理のレナード氏が来て下さった。特に魔術を扱う者にはこれ以上ない目標となる。しっかりと目に焼き付けるように!」
カイラック先生が紹介したのは、白を基調としたマントに身を包んだ長髪イケメンだった。
「ご紹介に預かったレナードだ。我が魔術師団の団長が名誉の殉職を遂げられたため、一時的に団長に任命されている。代理という立場ではあるが、将来有望な若者達に道を示す事は、我が魔術師団にとっても非常に有意義かつ意味ある事だと思っている。今日は諸君達の実力を大いに発揮してもらいたい!」
生徒相手に真剣に語りかける姿に感動していると、レナード様と目が合った。
じっと見つめてくるので、ウインクを返すとドン引きしていた。
何でよ!?
「カイラック殿。あの生徒の頭の上に乗っているの珍妙な物は一体何だろうか?」
「……ドラゴンの子供ですね。学園長は許可されているみたいです」
「あれが、ドラゴン?」
「ん?アーティナリスト!前と違うドラゴンに見えるのは私の気のせいか?」
食後に少し休んでいたので、お腹はある程度小さくなっているが、重いので首が曲がりそうだ。
「カイラック先生。女性の僅かな変化に気付くのは高評価ポイントです。さぞやおモテになるのでは?」
「いや。お前じゃなくて、ドラゴンな?」
「この子はキュイです。以前居たキュウはホームシックになっていたので代替致しました」
「……そうか。危険はないんだな?」
「そうですね。キュイ、あなたの歌を披露してあげて?」
『キュイ?』
キュイを頭の上から両手で引き摺り降ろした。
『キュ〜イ♪キュ〜〜イ♪キュキュ〜イ〜♪』
耳に届くのは心地良い旋律。
……あれ?若干、治癒を使った時の感じがするわね。
「ねえ、セレス。キュイの歌に治癒の効果が乗ってる気がするんだけど?」
「今朝アテナ様が使った治癒をアレンジして歌に含ませているのかと」
何それ!癒しの歌竜の誕生じゃない!?
私が親代わりとして、この子のプロデュースも兼任しなくてはならない。
「キュイ。今日から路上で歌うわよ。私があなたを有名にしてあげるわ!」
『キュイ、キュイ!!!』
「私の歌を、聞け!!!ですって!?きっとこの子は凄い歌竜になるわ!」
「絶対に、やだ!!!だと思う……」
「アテナ様、今日はターニャ様との先約がございます」
「そうだったわね。じゃあ、明日から頑張りましょう!」
『……キュイ』
少々ヒートアップし過ぎたようで、カイラック先生に注意されてしまった。
気付くとレナード様も側におり、私に話し掛けてきた。
「アーティナリスト嬢……だったかな?私と試合しないかい?」
「申し訳ありません。私が得意なのは治癒術と結界術なので、レナード様のご期待には添えませんわ」
「治癒術と結界術……」
「代わりに私の剣であるセレスがお相手致します。楽しんで頂ける筈ですわ」
「剣士か……。では、対剣士の魔術師の戦い方について実践を交えて説明するとしよう」
レナード様はセレスを見ても特に気にも止めず、対戦相手として接していた。
益々の好印象である。
セレスの方は早速ウォーミングアップを始めており、剣の刃を舌舐めずりしている。
行儀が悪いので止めろと言いたい。
訓練場の真ん中で相対する二人。
大事を取って私達はかなり距離を空けての観戦だ。
「では、セレス嬢。君の全力見せてくれ」
「……全力で良いのですか?」
「ああ、魔術で障壁を張っているから大丈夫だ」
あっ……
次の瞬間、セレスの姿が掻き消える。
遅れてやって来た衝撃波と音は結界で防いだが、踏み込んだ衝撃で後方の地面が吹き飛んでいた。
だが、セレスの剣撃は結界で防がれてレナード様には届いていなかった。
障壁が心許ないと感じたので、その外側に結界を張っておいたのだ。
「驚かせてくれる。私の障壁は突破出来なかったようだな」
「これはアテナ様の……。ですが、私は超えなければならない!」
セレスは私の結界と悟った上で、全力の攻撃を繰り出していく。
訓練場の壁は剣の風圧で薙ぎ倒され、地面には大量のクレーターが出来ていった。
「な、中々やるな。もう止め……」
「……次の一撃に全てを込めます!」
セレスが瞼を閉じて動きを止め、剣を上段に構えて溜めを作った。
『……その時、セレスの真なる願いが魔法に届いた』
『名もなき声様。急にどうしたの?』
『我に斬れぬものなし……。その事象だけが理を埋め尽くす』
『ねえってば!無視しないでよ!!』
『魔法の名は『断罪』……それは、全てを断ち斬る最強の刃……』
『はぁ!?私の結界を罪扱いしたわね!絶対に斬れなくしてやるわ!』
『……折角上手いナレーション付けてたのに邪魔しないでくれ!』
私はセレスの剣を守るように自動結界を張る。
これで、剣の動きに合わせて結界が動くので、内側から結界を斬る事が出来なくなった。
直後にセレスが剣を振り下ろすが、先に結界と結界が衝突して弾かれた。
『何やってんの!?どう考えてもセレスの覚醒イベントじゃん!』
『いや、覚醒するのは喜ばしい事かもしれないけど、レナード様が真っ二つになるでしょ……』
『あっ……』
勿論、蘇生は出来るが、何故学園の授業中に人が両断される所を見なければならないのか……
見物しているクラスメイトからしたら、トラウマ確定の大惨事である。
「……今のは?一瞬、どんなものでも斬れる感覚が……」
「も、もう。終わりだ!」
セレスとレナード様が戻って来た。
「剣士との戦いにおける障壁の重要性を理解出来ただろうか。流石は入学試験で首席だったセレス嬢だ。反撃する隙など全く与えてくれなかった。これは素直に称賛するべきだろう」
そう言って、レナード様が拍手し始めると、クラスメイトにも広がっていく。
『キュ、キュイ、キュイ!』
キュイも届かない手をパタパタさせて拍手の真似をしていた……あら、可愛い♪
そんな中、当の本人だけが自分の掌を見つめ続けていた……
実技の授業も終わり放課後になった。
今日はターニャの依頼があるので、冒険者ギルドに向かっている。
「相談事って何なのかしら。解呪に反応してたから呪い関連っぽいけど」
「案外、普通のストーカーの可能性もあるかと」
「じゃあ、リノアくんが女装して囮役ね」
「何で!?」
「相手は恐らく男です。リノアが適任でしょう」
「だから、何で!!?」
女装が似合いそうなリノアくんが悪いのだ!
誠に不本意だが、恐らく私より男受けする見た目になるに違いない。
セレスは殺気が漏れるので論外である。
……と言うことで、冒険者ギルドで私とリノアくんの制服を入れ替える事にした。
セレスの胸部装甲にリノアくんの制服が耐えられないので仕方ない。
「アテナさんの制服……」
「今日はそんなに汗掻いてないから、安心してちょうだい」
冒険者ギルドに入って、職員の更衣室を借りて着替える。
ズボンなんて小さい頃以来履いていないので、若干感動した。
「終わったわ」
「アテナ様、少々お待ちを。今、軽く化粧しております」
「うぅ……」
「……これは不味いですね」
そうして、更衣室から出て来たリノアくんはリノアちゃんになっていた!
小動物を思わせるモジモジとした仕草。
肩まであった髪を両耳の後ろで結ぶショートツインテール。
キュイを腕に抱いて顔を埋める動作は、もう狙っているとしか思えない。
何処からどう見ても超絶美少女(♂)が爆誕した!
「あんまり見ないで……」
「セレス、どう思う?」
「間違いなく誘拐されるかと」
「そうよね……」
「こ、怖いこと言わないでよ!」
ぷんすかと怒る仕草も可愛いとか反則でしょ……
「私はどうかしら?」
「はい。男子にしか見えませんね」
「うん。凄くカッコいいよ!」
「…………」
全然気にしてないから!
自ら提案しているので、今更無しには出来ない弱い私を許して欲しい。
更衣室を出るとリノアちゃんは受付嬢達に囲まれていた。
キャーキャー五月蝿いわよ!
何とかスタッフルームを抜けたリノアちゃんだったが、冒険者達の奇異の視線に堪えきれなくなり『魅了術』で全員を魅了してしまった。
「皆、大人しくして下さい!」
その一言で、直立不動になる冒険者達。
その目の中にはハートマークが浮かんでいるようにも見える。
「凄いわね……」
「確かにこれは抗えないかもしれません」
魅了術の使い手が国を傾けるというのも事実なのかもしれない。
皆が動かない内に建物から出ようとすると、丁度ターニャが扉を開けて入って来た。
「……何をやってるんですか?」
「「「……………」」」
私達は何も答えられなかった……




