70 ボクのフルネームは、ウォルフェ・ナガン!
「どうやら為になる情報だったみたいですね」
バークはニコリと笑って立ち上がり、袋を肩から袈裟にかける。
(それにしても、このバシュックという若い吟遊詩人との会談は、俺たち二人に意外な収穫をもたらしてくれた。
ウルには具体的な出身地の特定、俺にとってはドラゴンの情報だ。
…………よし、俺もこの若者にネタの一つでも進呈しよう。大したことではないかも知れないが)
『バーク。俺からも情報……というか、これは個人的な推測程度のものと考えてほしい』
「ええ。どういうものでしょうか?」
『俺はここへ来る前、ニコラシカって村でトロルを一頭片付けたんだが……』
「ああ、はい。私もその噂をこの街の酒場で聞いて、あなたに会いたいと思ったんですよ」
『うむ。……そのとき村の連中が言うには、モンスターが出現し村へ接近して来るのは初めてだったそうだ。
仕留めたヤツのほか二頭が森と平原の間際でうろついていた。村人の中にはスタンピードが起きてると言っているやつもいた。
あの時は偶然に過ぎず、大げさなことをぬかすと考えたが。
こうなるとあるいは…………』
「その件と関連がありそうな事柄に、心当たりでもあると?」
『今、北部大陸へ勇者パーティが乗り込んでいるんだろ。
そろそろ、魔王軍と本格的な戦闘状態に入っている可能性が高い。現にあんたら吟遊詩人も、魔王軍との攻防戦をテーマにして歌っているじゃないか。
遠いロッシィナの出来事で真相は不明だし、まだ詳しい状況はつかめてない様だが。ひょっとして魔王の身に異変があったんじゃないかと、俺は思ってるんだ』
「異変って……どんな異変があったと考えてます? 具体的にはどういうこと?」
『勇者パーティーが魔軍と直接対決のうえで圧倒し始めてるという意味だ。
それで他の魔物どもが影響を受け動揺している。あるいはすでに魔王は仕留められていて魔王軍が総崩れを起こして壊乱し、揺り戻しとして周辺のモンスターどもまで狂乱し始めたのかと思ってな』
「おおっ、なるほど! だったらいいんですけど。
……ですが魔王との直接対決は未だだと思います。魔王が倒される時は、勇者が神威の全開放を行うはずですし。世界のどこにいても、その光が人々の目に映るらしいですよ。〝全方位の暁〟さっきも出てきたでしょう」
『その話なんだが、事実なのかな? 英雄譚に尾ひれが付いたものでは』
「いつも同じだそうですから。周囲全ての地平線や水平線の空が黄金色に輝いて、夜明けみたいに見える……前回も同様だったみたいですし。
実際にそれを見たエルフ男性や、子供の頃に目撃した100歳の老婆から話を聞いた事もあります」
『ほう。そりゃすごいな』
(「うわっ今回も楽しみだね、師匠!」)
(『だな。……ところでウル。今後キミは、ウォルフェ・ナガンと名乗ってはどうかな』)
(「ええ? それって? …………もしかして、ボクの苗字?」)
(『そうだ。キミの両親やその先祖も代々暮らしていたのかも知れない場所だ。出身地名を姓として使うのは、昔から盛んだったからね』)
――ボクの姓名は、ウォルフェ・ナガン――――――――――
ボクに苗字が付くなんて考えてもみなかったけど。…………何となく、カッコイイ気がするなぁ。ウフフ。
「では今夜はこれで。お休みなさいウル」
「うん。じゃあバシュックさん、あさっての昼に……」
去ろうとしたバークにウルが言いかけた、その刹那のことだ。
ふいに周囲が明るくなったと感じた。
「んん~~~~~?!」
「……どうしたんだァ? ……………………」
低めの、多少の間延びした声が周辺のあちらこちらから聞こえる。
間ばらに存在する人影が発したものだ。
俺は最初もう夜明けか? と思い、すぐ自身で打ち消した。
それは建物前面を薄っすら照らし、天幕を青のグラデーションで染め上げ、中央広場に面した各棟を薄暗く浮き上がらせていた。
「もう夜明け?」
他者が遅れて洩らす短いつぶやきが、間延びして聞こえる。ウルも吟遊詩人も、呆気にとられた様子で無言のまま周囲と空を見上げる。
やがて建物群の間を貫く通りのむこうから、黄金色の光が射すのが見えた。
それは建物上部の輪郭をオレンジ色に縁取り、碧い帳を下から押し上げ侵食し、天空の闇を円状に圧迫して星空を狭めている。
まるで夜明けと見紛うほど、大きく強烈な、総方向からの光
――――――――――。
「ななな、ななに、なに? なんだ!?」
徐々に辺りが騒がしくなり始めた。
建物の窓から上体を覗かせ外を見る者、出入り口からも人々が歩み出て周囲を見回す。
「ムジトリが日の出も告げてないのに…………」
周辺のヒソヒソ、ざわざわという囁きが、波紋のように広がってゆく。
各通りから大勢がこの中央広場へ集まり出し、戸惑いの表情で天変の全容を掴もうと躍起だ。
やがてひとりの男が、呆然とした様相で声を洩らした。




