64 真実がそれほど重要でない場合もある
「 !! 」
――ウルの心臓が〝ドクン〟と脈打つのを、俺は感じた。
「もうすでに発見された時点で、彼の心と体は限界だったんだろうね…………」
(〝昆虫食と栄養失調〟まずい! またしても禁句ワードがっ)
ウルの身体に入った翌朝、この少女が栄養失調寸前の状態で、バッタの佃煮みたいなものをたくさん持っていたから、俺も衝撃を受けた。
目が潤み、ウルの心が再び悲しみに沈むのを俺は感じていた。
(「…………ボク、ホタカに会えてて良かった……………………」)
(『それはお互い様だよ。俺もキミに命を繋がれ救われたんだから。……大丈夫かい?』)
(「うん……平気。…………」)
小さな音量で触りの良い曲を奏でながら、バシュックの説明はさらに続く。
「勇者ラルフの看護を受け持ち、最後までを看取ったのはシスター・メテルという人でね。救済教会の修道女で、当時の齢はすでに58歳だった。
みずからの肉体と精神すらも犠牲にして、世界を救った英雄を、今度は自分たちが助けなければ。…………
献身的に世話をしたが、しかしラルフは僅か2週間後に衰弱死してしまった。
悲劇のままに………………」
もはやウルの涙腺は、うるうると崩壊寸前でいた。
(……この厳しい世界で、感受性に優れ過ぎるのは問題と俺は思う。
〔フランダースの犬〕なんか見せた日にゃ、主人公と一緒に昇天してしまいそうだ。ここじゃ絶対観られないけど)
「人々は、この残酷な結末をそのまま受け入れることが出来なかった。
そこで詩作者たちは、ハッピーエンドな物語が聴きたい人たちのニーズに応え、救出された勇者…………
彼のその後に安らぎが与えられるよう、改変していったんだ」
「……実際と話を変えたの? どんなふうに? ……」
すすりをあげてウルが問うと若者は即座に「愛だよ」――
そう答え、優しく微笑む。
「前にも言ったよね、恋愛要素は英雄譚に欠かせない部分だって。
現実のシスター・メテスを同い年の修道女として描き、しかも二人は幼馴染みで実は子供の頃に結婚の約束まで交わした仲だった。こんなドラマチックな設定に変え、しかも彼はその後も10年間を生きて、穏やかな晩年を過ごしたのち眠るよう安らかにこの世を去ってゆく。…………
そんな筋立てにして、せめてもの寄処としたんだ」
――〝 ふたりの仲は清らかだった。
長きにわたる忍ぶ恋 闘いと試練の果てに安らぎを得、十カ年蜜月のときを過ごす。
風は優しくながれ、花はささやく。
昼の日差しは温かく、夜星は静かに見詰め 憩いの月は微笑む。
以前のもの 苦難の時期は、過ぎ去ったのである。 〟――
「あなたはどうですか、ウル。生きているヒトは弱いんです。
だから信仰に救いを求める。夢や希望にすがるのもそうです。つらすぎる結末なんて、現実世界だけで充分。だから私たち吟遊びともせめて、物語の世界では救いとなる脚色を加えるんです」
「うん……うん、わかる。……わかるよっ、うっ……」
(ああ。ついにウルが泣き出してしまった……溢れる涙をぬぐって……
おいバーク。どうしてくれるんだ。おまえ、責任もってフォローしろよな!)
「 オイ若ぇの! なーにチビスケをにゃかしてるんらっ 」
(あっ、どっかの酔っ払っいオヤジまでが首を突っ込んできた。
おうオヤジ、ドンドン言ってやれい!)
「いえ、これは別にこの子をいじめているわけではっ……勇者ラルフの英雄譚で。ひとつ、あなたも聴いていきませんか?」
「ラルフしゃま? にゃんら、しょれでひゃ。ええにょよ、ええ、ひょれなら、ええ……」
(アレッもう納得かよ?! オヤジィ、酔っ払いなら、もうちょっとシツコク絡んでけ!)
だが俺の期待も空しく、オヤジは千鳥足で去って行ってしまった。
「……場所を変えましょうか、ウル」
「う、うん。……そうだね…………でも、どこにしよう?」
「中央広場。この時刻なら人もまばらだよ」
バークの勧めもあり、俺たちは広場まで連れ立って向かう。
ちょっと前まで啜り泣いていたウルも、少し落ち着きを取り戻した。やっと感情の高ぶりが収まってきたらしい。その道すがらでも話は続いた。
「でもさ、先代勇者とそのパーティー・メンバーたちを褒め称えるお祭りを、どうしてこのコロンポルでやるの? ひょっとしてメンバーのうち、誰かの出身地?」
「特にそういう訳では無かったんだ。でも此処にも勇者一行は立ち寄って滞在したからね。それに加えて、後にラルフの名誉に関わる批判が表面化した時、誹謗中傷のすべてを覆すある重要証拠が、このコロンポルの教会から発見されたんだ」
「ええっ?! 勇者の名誉に関わることって、なに?」
やがて俺たちは広場へ到着した。
西側に面した教会を要として、放射状に建築物が並ぶ。
なるほど、ガーデン通りに比べれば人影もまばらで静かなもんだ。




