61 孤児院&修道女と聞けば黙っていられない
「そもそも魔王が出現する原因について、昔から様々な仮説が取り沙汰されていますから。
穿った見方では、神がわざと魔王を創造してヒト種を適度に痛めつけた上で勇者を降臨させて滅ぼさせ、自らへの帰依を促す行為。つまり自作自演だと言う者すらいてね。でも私は結局、教会が古くから伝えている通りが真相なんだと思ってます」
「教会は何て言ってるの?」
「すなわち、世の人間たちが抱く負の想念が蓄積されて許容量の限界に達したとき、自然の自浄作用として魔王は実体化するのだと…………」
(その場合、結局創造主は人間の悪業の後始末をしているに過ぎないという解釈だな。……今まで俺は魔王という人格は別個に存在し、普段は縛られていて、何らかの条件がそろったときに戒めが解けて暴れだすんじゃないかと思っていたが)――――
地球出身の俺がそう考えてしまうのは、どうしても聖書の中で示唆される邪悪な意思の存在を想起させるからだ。
大魔王サタンは堕天使で目的があり、自由意志のもとに暗躍する思念体だとされている。
「のちの勇者ラルフ。彼が生まれたのは貧しい漁村で、育ったのは地元フランネス修道院の孤児収容施設」
〝ドクン〟とウルの心臓が大きく鼓動したのが分った。
――実は俺も同時にギクリとした。
「どうしてみなし子となってしまったのか? ……それは漁に出た父親が海で時化に遭って行方不明。母親が直後に病没したためだったと伝わっています」
(なんてこった! 先代勇者も孤児院出身だってのか?!)
まるで出自を偽った俺へのあて付けみたいな出だし。
ウルの受ける衝撃を、俺は懸念した。
「ラルフは孤児院の保護を受け順調に成長しました。5歳になる頃には、率先して修道女たちの手伝いや年下の子供らの面倒も見るなど、非常に献身的で賢い子であったらしい」
「ねえ、バシュックさん。シスターたちの子どもたちへの対応とかは、どんなふうに伝わっているの?」
ウルが若者に尋ねたのは、それら身近にいた大人への不信感を抱いているからだ。
自分の経験を踏まえれば、幼少時の勇者が(虐待被害に遭っていたって全然おかしくない)と考えるのは無理からぬ事だろう。
「修道女たち? 特に伝わってはいないけど。神に仕える人たちだから、昔も変わらず愛情をもって子供らの面倒を見ていたんじゃないかな」
お前は実情を何も知らないぞ、ジャーナリストよ。人間のやる事だ。神に仕えてるヒトだからとか、これはそんなキレイごとや建前で済む話じゃない。
すでにウルは、シェスに対しても同じ質問をして事情を明かされている。
このコロンポルに向かう途上、夜のことだ。焚き火の前で聞いた。
それで俺も実態に納得が入ったのさ。
『ウルさん。言い訳や弁護をする気が無いので、私の知る限り事実を話しますね。
修道女は創造主に仕える身ですから教会内でのお仕事が本義で、子供たちの養育法や接し方については何も学んでいないんです。
でも「子供らの面倒を看よ」と指示されたら、神の子だから断りません。
乳飲み子から十歳前後まで、それぞれ対応が違うはずですから、収容されている人数が多い分だけ、現場は大混乱に陥るでしょう。そんな状況ですから、中にはおかしくなる者も出てくるんだと思います。
私も同じ環境の中、正常でいられるか自信がありません。
多分、そういう経緯と察します』
だとしても、子供たちへのむごい仕打ちは正当化できません。
――――そう言いシェスは、涙ぐむウルを抱きしめてくれた。
神官であるシェスも最初は修道女として奉職し、その後適性を見い出され神殿への異動を指示された身だろうから、彼女もつらかっただろう。
今もウルの心は、残してきた年少の子供らのもとに留まったままだ。
「創造主が最初に彼への思し召しを示されたのは、7歳の頃だ。まだ幼い年齢だったラルフが利発であるとの噂を聞きつけた錬金術師である反面商会も営む、ファンスロット家の当主が彼を養子として引き取りたいと申し出たんだ。
これについては人買い・青田買い・先物買い、とか商人の顔を併せ持っていたファンスロット家ならではの意地悪な表現がついて回ってる。
でも目ざとい人と定評のある彼に〝奇貨置くべし〟という気持ちがまったく無かった、とも言いきれない部分はありそうだね」
「身寄りのない子を引き取ったんだから、素直に褒めてあげればいいのに」
(『その通りだが仕方無いよウル。
金持ちに対する世間のやっかみなんてものは、いつ何処にでもあるもんだ』)




