57 オーガの瞳はエメラルドグリーンに変わって
「すぐ来るぞ!」
ギルドマスター・カイゼル髭も、大きめな囁きで口走った。
――わかってるって。
首に下げていたイヤーマッフルを、俺は素早く両耳へ引っ掛ける。
「おじさんたち! もっと後ろにまわって。それと近すぎるから、耳を塞いだ方がいいよ」
見物人に気を配ったウルの忠告が、俺の意識外に口をついて出た。
「 来た! あれだっ 」
示された方向の獲物を見据えたが、そのありさまに俺は目を見張る。
蟹股二本足の生物が木々の陰から走り出た。
平家蟹を貼りつけた様に、横へ張った逆三角形の幅広な背中。その隆起し発達した筋肉を躍動させながら逃げる、およそ4メートル級の巨人。
しかも通常オーガの体色は藤色というか、淡いパープル系統が多く、俺も同種の実物以外は見た事がない。
ところがいま目前に捉えた対象は、皮膚の色が赤い。
赤鬼だ。
――あんな形状の個体もいるのか!
ドラを叩くみたいなけたたましい音、多人数の叫び声が聞こえて来る。
勢子連中の追い立てだろう。
こちらへ向かって来ていたものの、どうも遠目が合った気がしたのと同時、横へ反れて動きも変化する。
「おや、向かって来ないぞ? なにか嫌な予感でもしたのかな」
右転回して去ってゆく。おやじの言う通り、猪突猛進タイプの奴とは違うらしい。
〝(「おうが、おうが!」)〟
ウルの心の叫びですぐ我にかえった俺が、咄嗟に対象後頭部に照準を合わせて、引き金を絞った。
豪快な破裂音とともに弾速2,900フィート/秒、音速2・6倍のパワーが俺の右肩をキックして、銃身が跳ね上がる。
オーガの頭の天辺から噴射するように着弾の煙が上がると、弾かれた頭部が僅かに両肩の間へ埋没し、前方へ飛び込むように土埃を立てて倒れた。
「うおっ!!」
両耳を手で覆ったギルマスの驚愕した声が響く。衆目は倒れた獲物へ集中している。
こちらは空薬莢が派手に飛び出さぬ様、素早くも静かにボルトを引いて薬室から回収、新たな実弾を込め元へ戻す。
弾の存在は周囲の者に秘匿しておかねば。
俺(たち)は、ゆっくりと立ち上がった。
「 やった! ウォルフェ・ザ・キラー、GJ!! 」
『まだ早い。慌てるなよ』
せっかちなカイゼル髭を、俺は窘める。
対象が生きていることを警戒しながら、火花杖を構えて慎重に接近していく。
昔、クマ撃ちの知り合いが仕留めたと思い倒れた羆に近づいたところ逆襲されて重症を負い、引退を余儀なくされたことがある。
人間の場合も同様。
宮本武蔵は巌流島の決闘のとき倒れた佐々木小次郎の死を確認しようとして接近したら、彼はうつ伏せ状態のまま刀を横に薙ぎ逆襲してきたという。
完全にこと切れてはいなかったのだ。まあ、これは蛇足だが。
流れ出た大量の血液が早くも酸化して、生々しいキツイ錆の臭気を発散しはじめていた。
5メートル程の距離をとって、俺は杖口を獲物に向けたまま、その確実な死を認識する。
瞳が鮮やかなエメラルドグリーンに変化してゆく。
付いて来ていたメリッサ・ミストレインが、ヒュウと口を鳴らし驚きを顕わにして言った。
「すげぇじゃねぇかウォル! たったの一撃でこんな巨体のオーガをぶっ斃すなんてよ」
「こんな威力の魔法は見たことがないわねえ。なンてコトかしら………………ふう。……」
呆れ半分につぶやく神官のエルンストルも、驚いているのは本心からだ。
後方から恐れ怖れ近づいてきたシェスが絶句して視線を注ぐ。
冒険者の仕留めたモンスターを目の当たりにするのは始めてなんだろう。
やがてこの後、オーガの追い立て役を担ったという冒険者連中が続々と詰めかけて来たわけだが。
――それが何と8パーティー・総勢三十数名もいる。傷口を見て仕留めたモンスターの死因をあれこれ推測したりして議論は白熱した。
「こりゃあ、何らかの魔法で雷の精霊が封じ込められてて、それを狙った獲物へ放ってるんじゃないか?」「精霊魔法か。でもどうやって封入する?」
「傷口はまったく焦げて無ぇぞ」
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「結局、どんな原理の魔法で、どう開放たらこうなるんだ?」
『さあな。自分が納得できるよう、自身の頭で考えてみると良い』
上級冒険者がスキルの秘密を明かすわけ無ぇだろう。やれやれご苦労な事だが。これでもう俺の等級について、疑問を差し挟む余地は皆無となったわけだ。
ここで発行される認定証は、他のギルドへ行っても有効だから決して無駄にはならない。
本来は直ぐにでも銃身内のメンテをしたい所だが、この場では衆目もあって不可能だ。




