56 吟遊詩人バシュック・飛び入り参加
『何ごとだ? これは』
「ああ……この吟遊詩人って名乗る若いのが、あんたが魔法を使うさまを見せてくれっていきなり頼み込んできたみたいだね」
『そもそもどこから現れた? 後ろを追跡してくる馬車も人も見かけなかったぜ』
若い男は懐から羽の付いた帽子を取り出して頭に被り終えると、居住まいを正して言った。
「始めまして。ウォルフェさんですね? 私はバシュック・キュールと申します。吟遊詩人を生業とする者です。この場に立ち会うことをお許し頂けませんか?」
ずっとあなたをさがしていた。被ったばかりの羽根つき帽子を脱ぎ、胸あたりに押し当てたた若いのは、頭を下げた。
『吟遊詩人ねぇ……』
男の服装は楽器を持っていれば確かに弾き語りのそれだが、いささか埃っぽく煤けた感じだ。ひょっとして――――
「 あんたまさか、コロンポルからここへ来るまで、ずっと馬車の下にでもへばり付いていたのか!? 」
俺が抱いた推測を、カイゼル髭のあやじが口に出した。
「はい。ご覧の通りで……お騒がせしてしまい、たいへん申し訳ございません」
『よく落ちなかったな。危ない真似を』
「驚かせた上、心配までおかけして。…………お噂はよく伺っております。図々しいことは重々承知しておりますが、私にも杖の力を見せてくださいませんか? その後で、是非お話も伺いたいのですが」
詩吟のネタにでもする気か。ここまでやるものなのかね? 仕事熱心なのもよいが、命知らずな行動は厳に慎むべきだと、俺はこの若者を座らせて小一時間ほど説教したい気分だ。
(「ねえねえ師匠、特に問題がないようなら、見せてあげてもいいんじゃない?」)
(『うん。……火花杖の仕組みが見抜けるわけもない。それは別に構わないだろう』)
彼もトロル討伐の話を聞き駆けつけたクチらしい。ひた向きで真面目な若者には違いないようだし、短時間ならいいか。
「どうするかね? ウォルフェ氏』
『あんたとしても別に構わんのだろ、ギルマス』
カイゼル髭も異存なさそうで許可する。飛び込みの見物人が現れるサプライズはあったが、改めて等級判定(?)再開となった。
「じゃあ、メリッサ嬢とレェム嬢にも立ち会ってもらう。よろしく頼んだよ」
「オッケーオッケーよ♡」
「ああ! 面白そうだから、任せろだぜ!」
『ほう。このお嬢さん二人は試験官ってわけかい? ギルマス』
「まさか。単なる立会人さね」
――確かに。ゴルゲットを見た限り銀等級なのはまずまずだが、試験官に見合うほどの力量かと問われれば、少々貫目が不足しているかな。
ギルマスが、御者の男に指示を送って言う。
「これから開始の合図になる狼煙を上げるから、そっちも準備しててくれ」
頷いた俺は革ケースを開いてサコーを取り出し、露わにする。
(『さあウル、始めようか』)――(「うん!」)
オーガは〝オグール〟とも呼ばれ、人に例えると額上、髪の生え際あたりから突き出した風の二本角を生やした巨人で、体長は2・5~3・5メートルほど。
食人性があり、俺の故郷でいう伝説上の存在【鬼】とよく似た外観をしていると、常々感じていた。
ひょっとしてこいつらが何らかの原因で地球へ転移したものが日本で悪さを働いて、悪しき伝説を残したのかも知れない。京都・大江山の酒呑童子などが有名で、人間をやたらに喰いあさり源頼光とその郎党らよって討伐されたという。
オーガには変身能力を持つ個体が存在するとされ、そういった部分も鬼との共通性を感じさせる。
酒呑童子は子供や女性に化け、人を油断させた上で接近し食い殺したと伝えられ、手下の茨木童子もまた女性や老婆に変化して頼光配下の武将・渡辺綱を襲撃している。
ところでオーガの方は虎皮のパンツとか、ボトムを覆う物を何ら身に着けていない。
人間は無論ゴブリンやオークといった、下等と見られている亜人すら持ち合わせる最低限の羞恥心も無い? とは言うなかれ。雄オーガ(〝オグレス〟とも称す)の生殖器は空冷式ではなく繁殖時以外は体内に収まっているから、安定させる必要を感じないということらしい。
ちなみに雌オーガ(〝オグリス〟とも称す)は人間同様、雄と比べて胸が隆起していて特徴的だとは聞くが、胸筋の発達した雄なども多いために、実際は見分けが困難であるとか。
銃を手に片ひざをついた姿勢で、ランニング・ターゲットの舞台となる草原の方向を望む。
(これからが長いのかもしれないな)
ふと気になった俺は、シェスのいる方へ視線をくれた。
エルンストルという神官と話をしている場面だったが、笑顔が自然で話も弾んでいるようなのでほっとした。
どうやら「アストラ系と接触したのは初めて」だと言うあの娘の言葉は真実だったんだろう。直接会って話せば、先入観や偏見も解けてシェスが心底気に入ったらしい。
そう。自分と同じ年頃の、普通の娘さ。
やがて〈ヒュイイイーン!〉
風を切る鏑矢の音が鳴り渡り、俺(たち)はその方向へ目を遣る。
勢子連中のこれから現れるぞ、という合図だ。




