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顔だけ男は眠り姫の呪いをかけられる  作者: 里和ささみ


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王様のお城

「エリオット、もう来たの?」


喉が渇いたと水を飲みにきたレベッカがいるはずのないエリオットに気付いて、少し驚いたけれど早く会えたことに心が浮き立った。小走りに駆け寄るレベッカをエリオットは広げた腕で抱き止めた。


「ロジャーさんがジェフさんに会いに行くって昨日聞いて、ご挨拶しようと思ったんだけど……今日は弟子の顔合わせだったらしくて。ロジャーさんも言ってくれれば遠慮したのに。」


「私も知らなかったわ。今、顔合わせ中?」


「うん。それで昼ご飯でも作ろうかと思うんだけど、キッキン使っていい?」


「いいの?」


レベッカは港町にいるときにもエリオットの料理を食べている。漁村や農家で仕込まれた田舎料理が多いが手際もいいし、味付けも良い。


「だけど、食材があんまりないかも。ほら。」


「わ、ホントだ。ていうか……」


「……ごめんね?修理終わったら片付けようと思ったんだけど。」


流しの惨状は料理以前の問題だ。洗われていない食器が山積みで、どこかで買ってきたのか惣菜の入っていた容器のゴミも溜まっていた。


「いいよ。俺がやっとく。」


まずは片付けだ。流しに水を溜め、ゴミを袋につめた。惣菜はどうやらロジャーの差し入れだったらしい。グッドマン商会のマークがついている容器だった。


食事は至極簡単に、スープとパンに少しのチーズを用意した。というより、それくらいしか作れるものがなかった。スープとて、かろうじて使えたたまねぎとにんじんだけの具に貝の水煮の缶詰と瓶のトマト煮を入れ、乾燥させたパセリを散らしただけ。現状この台所でできる最大限の食事だ。


気付けば二時間経っていて、ジェフとロジャーが工房の扉から入ってきた。見習いはあれから一時間ほどで帰り、そのあとは二人でオーダーメイドの依頼の打ち合わせをしていたのだった。


「えっ……これ、全部自分で作ったのかい?スープも?」


「といっても、スープなんて切って炒めて煮込んだだけですよ?」


「ほらね?おぼっちゃまでもこれくらいは出来るんですよ」


「ええー……」


またもや裏切られたという顔をするジェフにエリオットは苦笑した。スープに使った貝の水煮はエリオットが支店で担当していたものだ。これもロジャーが置いていったものだった。


レベッカも降りてきて、エリオットに食事の用意と片付けの礼を伝えているが、驚いている様子はない。ジェフはなんだか自分だけ仲間はずれの気分になった。


「俺って……役立たずなんだな……」


「それって、昔ついてた親方にも言われてたんでしょう?」


どこで聞いたのか、ロジャーはジェフが嫌がらせを受けていた経緯を知っている。弟子としては気が利くわけでもないのに才能だけは親方以上だった彼は嫉妬の対象だった。天才は能力が偏っているとよく言われるが、ジェフはそれの見本のような男だとロジャーは思っている。


しかし、まだまだ矯正の余地はあるとも考えている。自分で出来ることは自分で、と諭すなんて、まるで子育てのようだ。こんな大きな息子を持った覚えはないが。


エリオットの作ったスープは素朴な味だが悪くなかった。もっと材料が揃っていればもう少し手の込んだものも作れたのだろう、レベッカはうれしそうに以前エリオットが振る舞ってくれた料理の話をしている。


「お弟子さん候補はどうでした?」


「うん。みんないい子だったよ。」


「お父さん、聞きたいのはそういうことじゃないと思うわ。」


「ん?あ、ああ。課題としていくつか彫刻を持ってきてもらったんだけど、一人とてもよく仕上げて来てた子がいたね。まあ、木彫りと彫金は違うから、手先の器用さが見られれば良かったんだけど。」


「最低二人は取ってもらわないと困りますよ?多いところは十人くらい弟子を抱えてるモンなんですから。工房の大きさとジェフさんのキャパ考えると、まっさらの新人は五人が限界ですね。」


五人も入ればジェフの工房はぎゅうぎゅうだ。引き抜いた二人はひとり立ちしても問題ないレベルの職人で、ひとりは他の工房の跡継ぎで武者修行として、ひとりは独立予定だったところをジェフのところでスキルアップしないかと誘った。それゆえに、弟子というより弟子の指導員という形での雇用で、二年契約としている。九月からここに通い、工房の仕様とジェフに慣れてもらい、来年度から弟子の指導を行い、その傍らでジェフの技を学ぶのだ。


「そうなると、私、あんまりここで作業しない方がいいかしら?」


「引き抜きした職人は既婚者だし、おかしなことにはならないと思うよ?」


「そこじゃないと思いますよ、ロジャーさん。」


「家に作業場作る?」


「作業場だと機械で場所取られるから……でも、仕事部屋は欲しいわね。」


新居の話を楽しそうにする娘と娘婿を見て、ここに越してくる頃のリンダと自分自身を思い出した。


独立に際して、ブライアンがジェフのためにこの家を選んだ。跡継ぎのいなかった親方が亡くなって持て余されていた居抜きの工房だ。決定に、夫婦の意見はなかった。もっと居心地の良い家を選んで、工房は別に構えるのでも良かったはずなのに。


本来、この家は工房でしかない。住み込みの弟子のために作られた居住部は狭い。長屋育ちのジェフには特に気にすることでもなかったが、特に一回部分は作業場で占められているので、ダイニングキッチンと風呂くらいしかない。三人家族で大きな家具がいらなかったから、なんとかソファーを置いているような状態だ。二階は引っ越しにあたってリフォームを行って、家族の居室は弟子の寝泊まりする部屋をつなげている。


この家は、ジェフの城だ。ジェフのために用意された城だった。


新しい弟子たちは皆この街の出身なので通いだ。今更居住部に手を加えるのもと考えたロジャーが、通いで働ける者だけを選んだ。


話し合った末に、レベッカの部屋はそのまま作業場として残すことにした。いずれ産まれるかもしれない孫が泊まりに来たときに寝る部屋があった方がいいとジェフは言ったが、誰が見ても寂しそうな顔をしていた。


「結婚式は、いつにするんだ?」


「来週の休みに教会に行くので空き次第ですけど、冬になる前には、ね。」


「そうね。そのつもり。」


簡素でいいとレベッカは考えている。ドレスに関しては、既製品で気に入ったものを、と思っているので、近いうちに選びに行くつもりだった。


「その前に、戻って来る気はないかい?」


「……それは、私のこと?お母さんのこと?」


レベッカがそう問い返すと、ジェフは背筋を伸ばした。


「二人ともだ。」

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