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顔だけ男は眠り姫の呪いをかけられる  作者: 里和ささみ


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裸の王様

ジョンの長女の引っ越しはあちらの希望で、涼しくなってからという話になった。この街は九月の下旬には汗をかくことはなくなるので、最終週に彼らはジョンの家に越し、同時にエリオットが越してくる。レベッカは、式を挙げ、籍を入れてからの入居だ。


二階建ての家はグッドマンの家に比べると狭いが、レベッカの家に比べると広い。レベッカの家の一階部分は工房で占められているので、居住部は一階の半分と二階の居室くらい。レベッカの家と同じように共用スペースが一階にまとめられてはいるけれど、ターラ一家の温かみが残る家は、何処にいても家族の気配を感じられるものだった。二人とも自宅が職場を兼ねていたので、生活のためだけの家に住むのは初めてのことだ。


二人は夫婦のベッドだけを新しく購入することにして、あとはほとんどの家具をそのままもらいうけた。ジョンの家も、娘たちが過ごしていた頃のままになっている。ノーラはどうやら一人暮らしがしたいらしく、上階のアパートメントの一室に住むようだ。


一応ね、と残してあったベビーベッドまで見せられて、レベッカは少しむずがゆい気持ちになった。


リネン類や台所で使うものを購入し、エリオットの部屋に一時的に置いてある。十七歳で家を出てからこの部屋で過ごしたのは年に幾日か。この部屋からの巣立ちは彼にとっての成長を意味する。結婚がいよいよ迫ってきて、なんだかようやく大人になった気分だ。その部屋もいずれはサマンサの子どもが使うのだろう。その子がどうか、自分のように歪んだ男にならないよう、こっそりとエリオットは祈った。


エリオットの本店復帰とレベッカとの再婚約、そして結婚の報告は本店の者たちに驚きを与えた。彼がいなくなってから入社した者も噂だけは聞いているし、そうでなくとも周りがざわめけば事情を知りたがるのは無理もないだろう。


異動先はまた宝飾や服飾の高級品の部門で外商になるかと思いきや、食品部門だったこともまた衝撃的な話題だった。どうやらエリオットはサマンサに企画書を提出して、それが近日中に認められるらしい。今は企画を実現段階まで話を詰めているところだ。


いつも無難で、普通で、新しいものを生み出すことのないエリオットが積極的に動いたことは、姉であるサマンサも意外に感じていた。弟の顔つきもまた変わったのは嬉しいことだ。昔のような傲慢な王子様でも、支店に行ってからの暗い顔でもない。希望に満ちあふれ、前を向いて輝く瞳は、少年のようでもあり、戦士のようでもあった。


「守るべきものが見つかると男は変わるんですよ。」


商会に関わる家族以外でエリオットのことをよく知るロジャーはそう言って笑った。


故郷に戻ってきたエリオットは、リンダとは顔を合わせているがジェフにはまだ挨拶に行っていなかった。休暇の最終日。レベッカとの約束は午後からだったので、午前中にジェフのところへ行くというロジャーの仕事について行った。裏口から出ると、何故か十代の少年たちが数人、ロジャーとともに待っていた。


「弟子。」


「うん。レベッカちゃんも家を出るし、今後のことを考えるとジェフさんの技術を受け継ぐ者は必要だろう?」


彼らは来年度からジェフの徒弟を希望する者たちだった。国民学校は就職を斡旋してくれるので、こうして大手の商会だとこういう話が回って来ることもある。手に職が欲しい若者たちが職人を目指すことは少なくない。才覚ひとつでのし上がることも出来る。


「あと二人、他の工房から引き抜けそうなヤツがいるんだよね。」


新人ばかりではジェフの世話が心許ないと考えたロジャーは、他の工房で数年経験のある人材を連れて来るつもりだった。親方を変えるというのは不義理とも言えるけれど、その辺はロジャーが上手く渡りをつけたのだ。


九番街まで歩いて行き、工房側から声をかけるとよたよたと歩いてきたジェフが顔を出した。心なしか二か月前より老けた気がした。


「ありゃあ、またもー、ジェフさん。今日は人を連れてくるって言ってありましたよね?」


「あ、ああ。すまない。食事の支度に手間取ってしまって。」


「だから言ったでしょう?何事も計画的に!ですよ。」


「に、苦手なんだから仕方ないじゃないか。」


「いや、アンタ仕事はその辺ちゃんとやってますよね?」


随分と砕けた話し方になったが、ロジャーはリンダがいなくなってからの二か月でジェフの生活の面倒を見ており、ロジャーはジェフにとってもはや頭が上がらない人物だった。美形が怒ると怖い。これに食ってかかる娘の幼馴染はどれだけ精神が強いのか。


「あれ、エリオットくん。」


「ご挨拶をと思ったのですが、ご予定が分からなかったので、一緒に来てしまいました。」


「そうか。レベッカも今、上で仕事してるよ。」


「はい。午後からまた買い出しに行く予定です。」


急な修理依頼が入ったので、レベッカは午前中を仕事に当てることにしたのだ。エリオットがここに来たのはジェフへの挨拶と同時に、レベッカの迎えでもあった。


「あ、じゃあ、お茶を……」


「レベッカを呼んできますか?」


「ああ、ダメダメ。自分でやらせて。」


ロジャーが圧の強い笑顔でそう言った。とぼとぼと工房側から自宅へとつながる扉を開けて台所へ向かうジェフの背中は哀愁が漂っていた。


若者たちはうだつの上がらなさそうな親方予定のジェフに不安を隠せない。ロジャーの先導で工房に入ると、職人を希望するだけあってあちこちに目を向けている。


「あんまり美味しくないと思うけど。」


そう出された茶は、濃く淹れすぎたものをお湯で薄めたものだった。うまくもないが、まずくもない。氷も入ってるので、喉を潤すには足りる程度の味だ。氷を買えるのはこの街でも裕福な証拠だ。腕だけはいいとロジャーから説明を受けていた若者たちは、どの道緊張で味も分からないのでありがたくその冷たさを味わった。


「うーん、これならウチのトマスの方がまだうまい茶を淹れられますね。」


「さすがにトミーよりはマシだと思うんだけどなぁ。というか、トミーはまだ茶を淹れられる年でもないだろう?」


「俺たち夫婦が持ち帰りの仕事で忙しくしてるとやってくれますよ?」


「そこは止めてやれよ……火傷が心配だ。」


「過保護だなぁ。自分はやったことなかったくせに。」


エリオットは着座はせず、目玉がロジャーとジェフを行き来する若者に同情しながら持参した菓子を出した。せっかくなので、このまま茶請けにしてもらえればいい。来客に茶を出したところまでは良かったが、茶菓子の用意はなかった。


「俺はちょっとレベッカのところに行ってます。」


「ああ、うん。昼は外で食べるのかい?」


「そのつもりでしたけど……良かったら俺が作りましょうか?」


「……作れるの?坊ちゃんが?」


簡単なものなら、と答えると、ジェフは裏切られたような顔をした。なんとなく理由は察したが、これ以上若者の心証を悪くするのもよろしくないと考えて、微笑み返すだけに留めたのだった。


小さい頃は祖父ブライアンに連れられて何度もここを訪れた。エリオットが高級品の扱いに興味を持ったのは他ならぬジェフの作品に幼いながらも魅入られたからだ。


彼は真実、偉大な宝飾作家で、彫金職人である。地方都市にいながら、この国の頂点と言っても過言ではない。実際、ジェフが若い頃にコンペで作った領主の娘のティアラ以降、オーダーメイドの依頼が途絶えない。秘密裏に王族からの依頼が来たこともあった。作り手としての彼は、この国の最高峰にいるとも言える。


けれども、どうやら家庭人としては及第点にもならぬらしい。


工房から自宅へとつながる扉を開いてエリオットは驚いた。


グッドマン商会にはなかった、こじんまりとしつつも温かみのある家の面影がなくなっていた。

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