王子様とお姫様のお城
長い旅を終えて、レベッカはグッドマン親子と共に領都へと戻って来た。収穫があった。エリオットの知人から、貝殻の研磨について学べた。
牡蠣の貝殻など、光沢のある貝殻をいくつか頼んで譲ってもらった。貝の加工会社はグッドマン商会との取り引きがあるので、話は簡単に進んだ。塩抜きが面倒ではあるが、低価格帯のアクセサリーを主力商品とするレベッカにはちょうどいい素材になった。
エリオットが本店で働き始めるのは九月に入ってからだ。こちらに来てから五日の休みがあるが、その間に新居探しと新しい家具類を見繕わなければならない。荷物は出来る限り処分して、残ったものは衣類くらい。結婚してまたすぐ引っ越しというのも面倒なので、探している家はレベッカと住むための家だ。
「この辺にあったら良かったんだけどなぁ。」
「仕方ないわ。この辺りは家族で暮らせる場所がないもの。」
七番街は単身者用アパートメントしかない。大家たちはそこに住んでいるが、年寄りばかりだ。辛うじて八番街寄りの方にファミリータイプの部屋があるところもあったりするが、子どもが大きくなると手狭になるので入れ替わりが激しい。地方から出稼ぎに来てここで結婚し、いずれ地元に戻ることを前提とした家族が借りる部屋だった。
二人はこの街が地元なので、家を買ってしまった方が安い。八番街にテレサとロジャーの家があるので、ロジャーからその近くの物件を紹介されたのだが、北向きと西向きで日当たりが悪く、レベッカが渋ったのだった。
ジョンに帰って来たのなら昼食はどうかと誘われたので、今は七番街を歩いている。
「なら、ここに住むかい。」
「えっ、でもここは……」
「ここってね。この家ってことだよ。この前妻の命日に集まったとき、娘からそろそろ一緒に暮らさないかって言われてなぁ。あちらは人数がいるし、引っ越しも手間がかかる。だからと言って、この家を離れるのも寂しい。そこで君たちだ。君たちなら、安心してこの家を預けられるな、と。ただの思いつきだがね。」
そう言ってもらえるのは素直に嬉しかった。けれども、ここはジョンにとって生家であり、妻との思い出もある家だ。それなのに、なんともないような顔で返事はまだいいと笑う。二人とも冗談半分の話だと思ったので、話は保留にさせてもらった。
翌日。ジョンが朝一番にエリオットを訪ねて来た。たまたま店舗入り口の掃除の手伝いをしていたので、すぐに見つかって良かったとジョンは笑った。
「結局、娘たちがウチに越して来ることになった。管理人の仕事もあるのに何を馬鹿なことをと怒られてしまったよ。」
「当たり前ですよ。それにあそこは貴方にとって思い出も、思い入れもある家でしょう?」
「はは、まあ、そうなんだけどね。代わりと言ってはなんだが、今娘たちが暮らしている家をどうかと思って話をしに来たんだ。西門寄りだが八番街近い、東向きで南側も道路の角地なんだ。レベッカさんのご実家とは少し離れてしまうけど、どうかね?」
レベッカの家は東門寄りの九番街にある。だが、立地としては悪くない。ロジャーとテレサの暮らす家は八番街の中央寄りなので、彼らの家と魔女の家の間にあるような形だ。
「昼時過ぎてからなら、今日でも家を見に来ていいと言っている。私も道案内に一緒に行くから、候補に入れてくれないかい?引っ越し前に買い手がつけば娘たちも安心するだろうから。」
ジョンには世話になっているし、家の条件も悪くない。レベッカとは今日も約束していて、午前中に不動産を、午後に家具を見に行く予定でいた。彼女もジョンからの申し出に否やは言うまいと、エリオットは笑顔で了承した。
「そうですね。では、お言葉に甘えて。」
午前に内見した家は、レベッカの家にほど近い東門側の八番街の家だった。二軒回ったが、エリオットの勤め先から離れてしまうことをレベッカが気にしていた。職人気質故か、こだわりが強い。けれど、エリオットはそれが面倒とも思わない。むしろエリオットが気付かない、あるいは気にしないようなことに目が行くのに感心していた。
「ここだよ。日当たりが良くてなかなかいいだろう。」
西門寄りとジョンは言っていたが、中央通りと西門のちょうど真ん中辺りにその家はあった。東側に庭があり、南側には小路がある。条件的にも、実際に見ても悪くない印象だった。ジョンの娘が世話をしているのか、家庭菜園の野菜が育っていて、今はトマトが夕陽のように赤々と実っていた。
「あー!レベッカさん!」
「ノーラさん、こんにちは。」
ノーラはジョンの末の孫娘である。ここは長女ターラの家だが、孫も娘ばかりで、ノーラは三人姉妹の末娘であった。姉妹の中で彼女だけがまだ独身で、両親と暮らしている。耳元にはレベッカから贈られたピアスが揺れていた。手元にはもぎたてであろうトマトに歯型がついている。
「今日はお仕事おやすみ?」
「ううん、今日は夜勤なの。夕方から出勤よ。」
大病院の看護師をしているので、彼女は案外忙しい。国民学校を出たあと、看護学校に入学して働き始めて三年目。二十一歳と年下だが、二人はなかなかに気が合った。元々、レベッカのブランドのお得意様だったので、仲良くなるのも早かった。
「おじいちゃん、早かったわね。」
「そうか?朝はお前が寝ているから、これくらいの時間に来てくれと言われたんだが。」
午後を指定されたのはノーラの睡眠の関係だったらしい。納得したレベッカは誰にともなく小さく頷いた。
「この人がレベッカさんの婚約者?」
レベッカより五つ年下だからか、ノーラはエリオットのことをよく知らないのだろう。エリオットから昔の彼らしい愛想笑いを向けられたノーラは頬を染めてレベッカに近寄り、ささやいた。
「レベッカさんの彼、すっごくかっこいい人ね!」
婚約者と言われるのも、エリオットの容姿への賞賛も、なんだか久しぶりで懐かしく、彼と目を合わせると察したのか、互いに苦笑を向け合うしかなかった。
家の中に入ると、そこはジョンの家を彷彿とさせる雰囲気のインテリアだった。それもそのはず、ジョンの妻、娘にとっては亡き母の手製の作品がそこかしこに使われていた。
「もらったときは、自分の趣味を押し付けて!って思ったものだけど……今は、こっそり捨てなくて良かったって思ってるわ。」
クッションカバーを撫でながらそう語るジョンの長女の目には、亡き母を思う心が浮かんでいた。
「もし買ってくれるなら、ある程度の家具は置いていくわよ。あ、新しいのがいいならもちろん処分していくけど。」
エリオットとレベッカは、二人の年にしてはそこそこの貯蓄がある。特にレベッカは慰謝料が残っている。けれど、リンダの家賃はともかくとして、全く手をつけていない。家の購入費に当てることを提案はしたものの、エリオットが拒否をした。自身の愚かさの詫び料であるから、二人のために使うのお金ではないときっぱり断った。
今後のことを考えると、新生活の費用は抑えられればそれに越したことはないとレベッカは考えた。お坊ちゃん育ちのエリオットが受け入れてくれるかが不安だったが、愛する人を伺うと頷いて、同意の笑みを向けてくれた。
「ダイニングセットは残してもらえますか?」
「ええ、もちろん!他の部屋も遠慮なく見て回ってね!グッドマンの御曹司なら金払いもいいだろうし!」
「こら!ターラ!そういう言い方は彼に失礼だろ!」
事情を知らなかったノーラはグッドマンの御曹司という言葉に目を丸くし、エリオットを凝視している。
「というか、まだ中に入って五分も経ってないのにもうここに決めたような口ぶりだが、いいのかい?」
ジョンの言葉に改めて顔を見合わせて、声を出して笑ってしまったレベッカとエリオットだった。
二人の城は、どうやらこの温かい家に決まったようだ。
母ターラ
長女セーラ
次女ローラ
三女ノーラ




