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顔だけ男は眠り姫の呪いをかけられる  作者: 里和ささみ


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83/90

女帝の赦し

エリオットが仕事の日はロジャー親子と遊んだ。貿易港だけあって、船が想像以上に大きい。トマスは大興奮で、親友のフィリップと一緒に見たかったと言う彼の優しさに心が温かくなった。


ロジャーもなんだかんだで仕事人間だ。本店宝飾部門のエースでもあるので、こちらでも多少仕事があるらしい。仕事というより、ロジャーの訪れを聞きつけた以前の顧客から顔を見せるように声をかけられたというのが本当のところだが。今はエリオットが引き継いでいる客で、最後の挨拶回りに帯同することになった。


その間はレベッカがトマスの相手だ。観光には事欠かない場所なので、あちこち見て回るが、結局は船が見たいと毎日港に行った。時には、初日に行った公園に連れて行き、高台から海を進む船を見たりもした。


二人が領都へ戻ると、エリオットの休みの日には、彼が世話になったという農家は漁師の家を周った。その村は貿易港からひとつ山を越したところにある。彼らはエリオットがこの地を去るのを非常に惜しんでいた。


エリオットに懐いていた子どもたちは、泣き出す子がいるほど寂しがってくれて、また遊びに来ると約束をさせられていた。ある子は自分の大切な宝物だった貝殻をいっぱいにつめた小瓶を「結婚のお祝いだから」と渡してくれた。磨くとより輝きを増すというその貝殻は、手を加えずとも何よりも美しかった。


穏やかな日々だった。夏の日差しが気にならないくらいに、優しい時間を過ごした。


領都に戻る数日前。マックスが支店に姿を現した。


レベッカはまだメリーに会っていない。エリオットも無理には進めなかった。彼自身も数度仕事帰りに顔を見せたくらいだ。引き継ぎが忙しいのだと言うと、メリーも納得してくれた。


翌日。ここに来て初めて、メリーと顔を合わせる。危険なようなら、別行動を取る予定になっている。レベッカは病室に入るのに緊張していた。エリオットが気付いて、愛する人の手を取った。彼がそばにいてくれる。それを認識するだけで、レベッカの心は立ち直る。我ながら単純だなと口の端を少し上げた。


「あら……誰?」


「レベッカです、おばさん。」


「レベッカ?嘘おっしゃい。」


「いや、レベッカだよ。もう彼女も大人になった。様子が違うのは当たり前だろう。」


「ふうん。まあ、いいわ。レベッカ。結婚して家族になったからって、エリオットの足は引っ張らないで頂戴ね。職人になったそうだけど、だからって家のことを疎かにしたら許しませんよ。店のことには口出ししないでね。どうせお前は数字が読めないんだから。何も分からない人間が会頭夫人を名乗るのは認められないわ。」


相変わらず辛辣なメリー。むしろ、あの頃より直接的な発言だった。十五になるまでは、もっと陰湿な嫌味ばかりだったから。


お前だって家のことは家政婦任せだっただろうという言葉をマックスは飲み込んで、メリーのベッド脇の椅子に座ると宥めるように手の甲を叩いた。


「もう私たちの時代じゃないんだ。年寄りこそ口出ししたらダメなんだ。俺が……俺も、そうだったのをお前は知っているだろう?」


メリーにとって目の上のたんこぶだったのは義父であるブライアンだ。ブライアンの妻が早逝したこともメリーの天下を早めた一因でもあるが、グッドマン商会において、ブライアンの決定は引退してからも絶対だった。レベッカとエリオットの婚約だけだ。マックスが自分の意見を押し倒したのは。


「そうね……。私たちも、苦労したものね。」


マックスの言葉がメリーに響くようになったことにレベッカは驚いた。記憶の中の二人はまだ夫婦で、顔を合わせるたびに喧嘩していた。居丈高なマックスのこともレベッカは苦手としていたが、思い返してみればレベッカ自身を責める言葉はなかったように思う。


こんな風に穏やかに、メリーと会話出来るものなのか。初めからそうであれば、エリオットと自分も困難な道を行かなくて済んだのかもしれない。けれど、今のような関係は築けなかったとも思う。やはりあの辛く苦しい時間も、自分たちの人生には必要なことだったのだ。


顔を合わせてみれば、なんてことはなかった。初めこそ睨まれてしまったが、それ以降は相変わらず口調は偉そうだけれど、職人として頑張りなさい、店に貢献しなさいという励ましとも取れる言葉をもらった。


話の流れで、力及ばず商会の仕事を放棄することになって、期待に添えず申し訳なかったとレベッカが語ると、


「それはもういいわ。向かないってことは分かっていたもの。今、楽しく仕事が出来ているのならそれが一番なのよ。」


思わぬ返事がメリーから返ってきた。


メリーは仕事が楽しかった。酒場で給料目当てに働いていたときも、グッドマン商会の仕事も、メリーにとっては楽しかったのだ。もちろん、自分を否定されて嫌な思いをしたこともあるが、メリーはマックスの背負う、そしていずれはエリオットが背負うグッドマン商会そのものを愛していた。


いろんな事情が複雑に絡み合っていたのが、二人の再会でようやくひとつひとつ解かれていっている。


これからの人生、メリーにも幸せであればいいと、レベッカは心から思った。


本当の意味でようやく、グッドマンという楔からレベッカも解放されたのかもしれない。

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