お姫様の父は願望の囚われ人
後日、ジェフとリンダで話し合いが行われた。レベッカは同席を断られた。何処から聞きつけたのか、何故か首を突っ込んで来たリチャードが、見届け人として向かったのは何故なのだろうか。ただの冷やかしと野次馬要員としか思えないが。
「全く、あのクソオヤジ。ごめんね、迷惑かけて。」
何と返したらいいのか分からなくて、レベッカは曖昧に微笑んだ。
一か月ぶりにリリとテレサと子どもたちで会っている。夏に入り、都市部では暑いので、森の魔女の家に遊びに来ていた。緑に囲まれているからか、幾分涼しく感じる。子どもたちは地面に水を撒いて、どろんこになって遊んでいた。
「実はフィルにまだレベッカの結婚を言ってないのよね。」
「そのうち忘れるわよ、そんな話。フィルからすれば私なんておばさんだし。」
「あらぁ、案外そういうのって根深くなったりするのよ?レベッカの口から伝えた方がいいわ。」
「そうね。引導渡してやって。」
後で発覚することだが、このとき、同じタイミングで、どろんこまみれになりながらトマスがフィリップに暴露していた。特に悲しがることも悔しがることもなく「あの家の子になるにはレベッカと結婚する以外にどうしたらいいか」を話し合っていたという。
拍子抜けしつつも、保護者一同はこれに安堵した。リチャードが聞いたら怒り狂いそうなので、リリが今日ほど父親の厄介な性格に感謝する日はなかっただろう。
「エリオットとは連絡とってるの?」
「手紙が来たわ。彼が戻ってくる前に、一度遊びに来ないかって。」
そこで子どもたち、特に男の子二人が船が見たいと騒ぎ出した。まだ船ブームは二人の中から去っていなかった。トマスは船長さんという存在を覚えて、乗組員ごっこをフィルに教え出していた。
「ウチも旅行しようって話はしてんのよ。行くのはリゾートの海だけど。」
「うちのダンナも来月トマスと二人で行くのよ。女一人旅は心配だから一緒に行ったら?」
「ロジャーさんとトミーが嫌じゃないなら、そうしちゃおうかな。」
それも今日の話し合い次第かもしれない。両親の関係が修復しないまま遊興にひたれるほどレベッカは図太くない。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。今はこの森を抜けたら、全てが元通りにとは行かないが、新しい道筋が見つかっていることを願うのみ。
しかし、こじれた男女の仲というのは修復しがたいものなのは世の常である。
「は……別居婚?」
自宅に戻るとリンダの姿はなく、どういうわけかジェフとリチャードが酔っ払っていた。厳密に言えば酔っているのはジェフだけなのだが。なんとなくだが、リリがくすねてきたリチャード秘蔵のワインを飲んでしまったことがバレているような気がする。今日、突然この家にやってきたのは、日頃の鬱憤ばらしとワインの復讐だったのかもしれない。
リチャードが話し合いを引っ掻き回したのは明白だ。人生で初めてといって良いくらいの勇気ある第一歩はじいちゃんの座を奪われたリチャードによって挫かれた。
地方暮らしが長いとはいえ貴族のリチャードが決して口にしないような安物のワインを開けて、ケタケタと笑っている。ジェフにかける言葉は一応慰めと励ましだったが、察するに、ざまあみろとでも言いたいのだろう。
「まあ、即離婚!なんてことにならなくて良かったですよ!ねえ、ジェフさん?」
「でも……でも……一緒には暮らせないって……」
「レベッカさんだって、十一年かかったんです。十一年ですよ?十一年!リンダさんの中に蓄積された不満はもっと長い期間をかけて積み上げられたものだ。戻ってもらうのに二十年くらいは覚悟した方がいいんじゃないですかねぇ。」
したり顔で御愁傷様と言わんばかりにジェフの肩を叩く。
「れ、れべっか、お母さんに、お母さんを、説得してくれないか!?」
「ごめんなさい……お母さんがそう決めたならその気持ちを尊重してあげたいわ。」
リチャードはショックを隠しきれないジェフの背中に腕を回し、とうとう肩を組み出した。
「いやぁ、娘ってのは手厳しいですねぇ!何処の家でも一緒だなぁ!」
家族のことに横槍を入れられたのは、いくらリチャードといえどレベッカもいい気持ちはしない。ジェフの落ち込みようを見ればなおさらだ。もちろん、現状を招いたのはジェフの自業自得ではあるのだけれど。
「今日のことはリリとクラリスさんに報告しますね。」
「おおっと!お嬢さんも言うようになったものだ!成長、成長!レベッカさんも帰ってきたことだし、私はそろそろお暇しますよ。依頼の件、おまかせしましたからね。」
ダイニングテーブルの端に追いやられていた注文書は庶民では考えられないほどの予算が提示されていた。これでも控えめとリチャードは言うが、他領の貴族ではなかなか手に入れられないジェフのオーダーメイドを年に一回、リチャードは王都にいる妻の誕生日に贈っている。知り合って以降、専売契約を解消して以降の話だ。
貴族の結婚というものは、愛はないが、体面は取り繕う必要があるらしい。それだけで不満が出ないというのだから、レベッカには貴族の人間関係の在り方など想像すら出来なかった。
「どんな形でも、離婚せずに夫婦でいてくれるんでしょう?なら、まずはそこに感謝しなくちゃ。」
「感謝……感謝か。そうだな。ロジャーくんにも言われた。俺は感謝が足りないって。礼のひとつもまともに言えない男の、どこがいい人なんだって。」
随分と手厳しいことを、とレベッカは思った。
ジェフを庇うわけではないが、徒弟制度の師匠と弟子などそんなものだ。そういう意味では、ジェフは師匠と同じことをしていただけで、悪気はない。リンダは弟子ではないのでそれが許される相手ではなかったのだ。
普段の生活のことならばきちんと礼は伝えていたし、結婚記念日には花束と手製のアクセサリーをプレゼントしていた。レベッカもそれは知っているので、作業場でのことに思い当たった。半分、弟子のようなものだから、レベッカ自身にも記憶がある。職人とはそういうものという刷り込みがあったのはレベッカも同様だった。
ジェフはリンダの求める正解が分からない。
戻ってきて欲しい。戻りたい。
ジェフはまだ、自分の望みに囚われたままだった。




