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顔だけ男は眠り姫の呪いをかけられる  作者: 里和ささみ


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王子様の両親

エリオットが勤める支店は大きな港町にある。貿易港であるので、人の出入りが大きく、人口もあり、それなりに裕福な家も多い。


そのおかげで、地方の一都市とはいえ、メリーのような症状の患者が入院出来る病院もあるのだ。


「父さん。」


「ああ、戻って来たか。」


マックスの不在は、メリーの様子を見に行くためだった。転院予定の病院から病状を記したカルテの写しを求められたので、エリオットの帰還を待たず、自らの足で取りに来た。もちろん、ついでではあるけれど支店の視察も行っている。


「母さん、ただいま。」


「エリオット!私たちついに本店に帰れるのよ!父さんから聞いたの、引退するんだって!」


「ああ、知ってるよ。」


〝家に帰れる〟のではなく〝本店に帰れる〟と口にしたのがメリーらしくてエリオットは思わず苦笑した。


「とうとうお前が会頭になるのね!」


嬉しそうに、いや、勝ち誇ったように笑う母は勘違いしている。父にどういうことかと目で語りかけると、メリーには気付かれないほど小さく首を横に振った。そういうことにしておけ、ということだろう。


「戻ったら結婚式もあるし、忙しくなるわね。あの子、私がいなくてもきちんと仕事してるのかしら?ジェフの娘だから仕方ないとはいえ、あんなに物覚えが悪くちゃ私の代わりなんて務まらないわ!」


興奮気味にレベッカを侮辱する発言をするメリーにエリオットはわずかに顔を顰めた。昔の自分ならば母親の意見に同調して、同じように彼女を貶める言葉を口にしていただろう。


しかし、今の状態のメリーに真実を口にして、信じてもらえるかは分からない。なんと言えばいいのかも分からなかった。


「それなんだがな。」


口を開いたのはマックスだった。


「レベッカは、ジェフの跡を継ぐことになったよ。今は店のことはやらせず、職人としてウチに作品を卸してるんだ。店の方はサマンサとテッドがいるし、何も問題ない。お前だって、サマンサのことは信頼出来るだろう?」


「あら、そうだったの?まあ、サマンサがやってくれるならその方が私も安心出来ますけどね。だけど、会頭の妻が職人っていうのはどうなのかしら。」


「逃すには惜しい才能だ。店への貢献度を考えた上での判断だよ。」


「貴方がそういうなら仕方ないわ。あの子は臆病だから客商売は向かないし、帳簿だってろくに見られないんだから、会頭夫人の座をかさに着て、好き勝手やられるよりはいいわ。」


本店にいるメリーを知る者が聞いたら今の言葉をそっくりそのままお返ししたいと文句が出そうなところだが、メリーの側に座るマックスは重ねていた手の甲を宥めるように叩くのみだ。


二人が顔を合わせるのは十一年ぶりだ。マックスは入院費の援助はしても、決して顔を見にくることはなかった。サマンサだって、初めの頃は時折様子を見に来ていたが、来たとしても本当のこと、つまりメリーにとって都合の悪いことしか語らない娘とは大概喧嘩になる。次第に見舞いが億劫になり、年に一度か二度、義理を果たす程度にしか訪れなくなった。サマンサ自身の結婚式すら呼ぶことはしなかった。


エリオットは出来る限り、病院に顔を出していた。母が頼れるのは、こよなく愛した息子だけ。それが、エリオットだけを大事にしてきた母への恩返しであり、罪滅ぼしでもあった。


「お前ももう元気そうだし、たまに出かけたりして、残りの人生を豊かに過ごそう。」


「そうねえ。結婚してから里帰りも、旅行もしてなかったし、いい機会かもしれないわね。」


もしかしたら、これを伝えるために父はここまで来たのかもしれない。別れた妻を見るまなざしは優しく、見たこともないほど穏やかなものだった。


「早く帰って結婚式の準備をしなくちゃ。」


「そちらはもう済んでる。お前は身一つで家に戻って来ればいいさ。」


「そうなの?やだわ。エリオットの結婚なんだから、色々やりたいことがあったのに。」


「お前の結婚じゃないんだから。そう張り切ったらエリオットだって困る。なあ?」


「あ、ああ。そうだね。えっと、結婚式のことはレベッカと二人で考えたかったから。気持ちはうれしいけど、俺たちだけでもちゃんと準備は出来るから、安心して、母さん。俺たち、もう、ちゃんと大人だよ。」


急に水を向けられ言い淀んだが、メリーにしゃしゃり出られるのも困るので、言い訳がましいけれども本心を伝えた。


エリオットもレベッカも、もう大人だ。大人であっても間違いは起こすが、大人であっても自分を正せるし変わることは出来る。それは己次第。


いつまでも妄執に囚われたままのメリーは、変わる機会を失ってしまった。エリオットはそれをとても残念に思った。


「あと少し、もうちょっと元気になるまで、ここで待ってて。」


「そうね。外に出られないのは退屈だけど、もうすぐ帰れるんだもの。まだ縫い跡が引き攣るけど、リハビリも頑張るわ。」


メリーは自分のことを、大怪我をして入院していると思っている。間違いではないかもしれないが、一度暴れて転倒したときに脚に傷を負い、縫う羽目になったことがある。その傷痕を見て、そう思い込むようになった。


もしかすると、メリーは今が人生で一番幸せなのかもしれない。


グッドマン商会という楔から、夫とともに解放された。


「楽しみだわ。エリオットの結婚式。」


彼女の世界は今でもエリオットを中心に回っている。


親心がありがたくもあり、己の罪に気付いてからは重くもあった。


久しぶりに見る母の晴れやかな笑顔は、窓の向こうの青空のようだった。

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