お姫様の人生の主役
とにかくエリオットが戻るまでに仕上げなければ。
そんな思いでレベッカは十二日目は作業に取り組み、十三日目の陽が落ちる前には完成させた。父の手を借りるような彫金ではなく、鋳造でトップとなるメダリオンを作ったが、太陽を模した模様の出来上がりに納得がいかなかった。結局その上から彫金を施したのは、エリオットの繊細な髪を表現したかったからだ。
目の前に並ぶ二つのバッグチャームはレベッカにとって渾身の出来だった。
彼に渡す予定のスモーキークォーツが嵌められたメダリオンを持ち上げる。揺れるのは、榛色のタッセルだ。正直、馬鹿馬鹿しいと思う。十代の若い恋人同士じゃないんだから、と作りながら考えることもあった。
それでも心の何処かが浮き立つのは、青春のやりなおしをしていることを自ら容認してしまうほど、エリオットのことしか頭に浮かばないからだ。
「金で作れば良かったかな……。」
真鍮で作られたそれは、いつかくすんでしまうだろう。普段ならば使い込んだ味と考えるレベッカでさえ、今の輝きが失われることが残念に思えた。
自分のために作った、ヘリオドールの嵌ったメダリオンからは夏の空色のタッセルが下がっている。この街の空がタッセルの色に染まる頃、エリオットは帰って来る。
そうしたら、二人は本当の夫婦になれる。
きっとこのヘリオドールは元々、レベッカの左手の薬指に収まる予定だったのだろう。父の手によって美しく仕上げられた指輪も見てみたかったと思うが、この石はここにいるのが一番いい気がする。
最後の晩ということで、本店の人たちと食事があるというエリオットだが、翌日のために酒は控え、早めに切り上げてこの部屋に来る予定だ。
夕食を終えるとリンダは早々に床についた。労働の疲労感はあるも、それが意外と心地いいらしい。礼を言われることが励みになっているようで、今日は趣味の家庭菜園で育った野菜を土産にもらってきていた。
レベッカはジョンから借りた予備のベッドを運び込んでダイニングの一角で寝ている。今はジョンから依頼された彼の家族のためのアクセサリーのデザインに取り掛かっていた。
そろそろかと思い机を片付けていたら、扉の開く音がした。
「お帰りなさい、エリオット。」
「ただいま、レベッカ!っと。リンダさんもう寝てる?」
「うん。」
「良かったら、少し散歩しないか?今日はなんだか夜風が気持ちいいんだ。」
日中は汗ばむほどの陽気だったためか、今くらいの気温がちょうどいいとエリオットは言う。念の為ポシェットを下げ、少しばかり迷ったがお互いのバッグチャームも仕舞い込んだ。
七番街を二人で歩くのも今夜が最後だろう。いや、いずれは夫婦となったエリオットと、ジョンのところに顔を見せに来たい。
全てが解決したわけではないが、未来に期待を持って歩みを進めるなんてことはレベッカの記憶にはなかった。あったかもしれないけれど、それはきっとエリオットとの婚約が成った八歳以前の話だ。彼の婚約者となってからは、自分の思うような未来なんて夢のまた夢だった。いつからか、夢を見ることもなくなった。
なのに、今、彼女の隣を歩いているのはそのエリオットだ。人生とは奇妙なものである。
レベッカのような人間でも、物語の主役になったような気がした。
エリオットとの婚約が破棄されるまで、彼女はずっとエリオットという主役の陰に隠れていた。
人生最大の山場は、騎士団でエリオットとの婚約をやめたいと泣いたことだろう。だけど、解放されて安堵はしたものの、清々しい気分にはなれなかった。
友人と過ごす時間は楽しかったし、家族は安心出来た。仕事も充実して、ドラマティックさはないけれど、悪い人生ではなかった。
それでも、いつも心の何処かに引っかかる、正体不明のものがあった。エリオットとの婚約を破棄して一歩進み出したはずなのに、そこからまたまんじりとも動けない。己の不甲斐なさを奥底では嘆いていた。
ふとエリオットを見上げる。街灯の光を受けて輝く髪は相変わらず美しい。彼の美貌は十一年経っても変わらない。少年らしさが抜けた代わりに、どこか翳りを帯びるようになった色気が出てきた。
彼が苦労したからこそこうして変わり、並んで歩けるようになったが、彼の変化を見過ごしたときを残念にも思う。
最初から掛け違っていたボタンを外し直したところで、短くとも失った時は戻らない。これも二人には必要な試練だったのだと思うけれど、完全に呑み込むにはまだ時間がかかりそうだった。
「あそこに座ろうか。」
いつの間にか、最初に来た広場に着いていた。二人の時間はここからやり直した。手を引かれて、ベンチに座ると、夜だからなのか水が止められている噴水が、暗闇の中でシルエットを描き出している。
「新居探す暇なかったな。」
「戻ってきてからでいいんじゃない?」
「戻って来たその日から一緒に住みたかったんだけどな。一応、ロジャーさんが物件のリストアップしてくれることになってるけど。」
「そんなこと頼んだの?」
「いや、あっちの希望。ロジャーさんちの近くで探しとくって。なんだか子守りさせられそうだなぁ。」
「トミーはいい子よ?」
「知ってる。来月、ロジャーさんと二人で船を見に来るって。テレサも羽を伸ばしたいみたいだから、二人がいない間はかまってやってよ。」
「トミーとも会ったの?」
「せっかく寝てたのに、テレサが騒ぐもんだから起きた。アイツ、本当に母親やれてるの?」
やっぱりロジャーには相応しくない、と愚痴をこぼすが、レベッカと、ついでにリリの所見では、ロジャーはかなり危ない夫である。たまに留守にするくらいがいい距離感ではないかと、ロジャーに心酔するエリオットには言えなかった。
「あの、これ。やっと出来たの、チャーム。遅くなってごめんね。」
ハンカチに包んだ二つのバッグチャームを見せた。暗いけれど、ベンチの後ろには街灯があるから、全体はしっかりと見える。部屋で見たときとは少し違う色合いだが、彫金の精巧さは分かる。
「すごい、こんなに張り込んで……大変だったよな。二つも作って。」
「でも、楽しかった。」
本心だった。誰かのために物を作るのは楽しい。心沸き立つ。もしかしたら、鋳造しただけのものでも彼は喜んでくれたかもしれない。けれど、本当の夫婦になると決めて、レベッカが物足りなくなった。
エリオットの美しさが見る人に与える鮮烈な印象を刻みつけたかった。
「ありがとう。すごくうれしい。大切にする。」
ふと思う。
レベッカの人生の主役はエリオットでいい。
物語の王子様は心を入れ替えて、みにくいアヒルの子だったお姫様を選んでくれたのだから。




