生まれ変わった王子様
「はっはー!良かったな、若人!」
「いって!ロジャーさん、叩くのやめてください!」
エリオットは若人というほどの歳でもない。二十八にもなって未だ独身。支店に異動してからは遊びの女さえ作らなかった。ましてや本気の相手など。
午後の仕事を終えて、招かれた先はロジャーとテレサの家だった。招かれたというより、連行に近いものだったが、支店の同僚たちはサムズアップでズルズルと引きずられていくエリオットを見送っていたので、逃げられないことは悟っていた。
ある程度忙しい時期が過ぎていたテレサは先に帰っていたので、夫が連れ帰ってきた人物を見て、汚物を見るような目で睨め付けた。
「どっかに捨ててらっしゃい。」
あくまでもエリオットのことは無視するつもりだ。夫に対し、仁王立ちでそう命じたがどこ吹く風、まあまあと言いながらエリオットを家の中へと招き入れた。
「やめてよ!ウチが汚れるじゃない!」
「どこが?色男二人で両手に華じゃないか。まあ、テレサは誰にもやんないけど。」
「空気が汚れるのよ!なんならアンタもどっか行ってなさい!」
「ひどいなぁ、ウチの奥さん!彼ね、結婚するって決まったから、ちょっとお祝いしてあげたくてね。」
エリオットが結婚すると聞いてカッとなったテレサは、側にあった筆立てをエリオットに向けて投げつけた。
「自分一人だけ幸せになろうっての!?アンタなんか幸せになれる権利なんてないわ!!!」
「その理論だと、レベッカはいつまでも幸せになれないけど、いい?」
「あの子の名前はアンタが口にしていい名前じゃないのよ!」
「もう、赦された。やったことは赦されてはないのかもしれないけど。でも、俺、レベッカと結婚するんだ。って、コレを言わせるために連れて来たんですよね?ロジャーさん。」
「うん。店の誰か経由でも、俺経由でも、絶対奥さん荒れるから、だったら本人に怒りをぶつけてもらおうかなって。」
悪びれもなく笑うロジャーの様子にエリオットは嘆息した。どこかで乗り越えなければいけない壁のひとつがテレサであると認識はしていたが、出来ればレベッカと共に報告して理解してもらえればと考えていた。
今日のような不意打ちを喰らうとは予想していなかったが、腹を括るしかない。レベッカの手前、言えないような罵倒も、甘んじて受け入れるべきだと思ったのだ。
「意味分かんない。リリだって絶対に許さないわよ!」
「リリさんは許してくれたよ。婚約破棄のときに決めた契約の解消にも同意して、サインもしてくれた。」
「はあ!?あの子、もう知ってるの!?私の方がレベッカとは付き合いが長いのに!」
「とか言いながらリリちゃんのことだって大好きなくせに。」
「うっさい!」
そもそもレベッカと結婚する話はロジャーにも支店の誰かにもしていない。大方、リチャードからの密告だろうが、二人はそんなに親しい間柄なのか。
「いやあ、めでたいね!めでたいめでたい!」
「どこがよ!?ちょっと出てくる!」
「何処行く気?」
「分かってんでしょ!レベッカのところよ!考え直すように言わなくちゃ!」
「今、レベッカは家にいないよ。」
「なんですって!?まさか、もうグッドマンに!?」
「違う。母親と、家を出てる。一時的なものだけど。」
「はあ?ますます意味分かんないわ。何があったって言うのよ。」
事の起こりは、昼の逢瀬のときだ。ジョンの友人宅の家政婦の話を聞いた他の友人、の奥方たちが、うちでもお願いしたいと話を持ってきた。
ジョンの友人とその奥方は七番街でアパートメントの経営をしている家の人たちなので、建物の共用部分の清掃の話も含まれていた。それを合わせても家賃には足りないけれど、食っていける程度には稼げる算段がついたところで、ジョンが言った。
「こう言ってはなんだけどね。レベッカさんがいたらリンダさんのありがたみというものが薄れると思うんだ。君は優しいから、結局お父さんの面倒を見ようとするだろう?そうしたら、いつまで経っても自覚が出来ない。荒療治かもしれないが、君も家を出た方がいいんじゃないか?」
なんとなく皆が納得したところで、お母さんもレベッカが一緒にいてくれた方が家賃の肩代わりも罪悪感がないのではと付け加えたのが後押しとなって、レベッカも家を出ることを決めた。
エリオットはレベッカに付き添って一度彼女の自宅に行き、ジェフにレベッカも当分不在にすると話をして、荷物持ちをしてから仕事に戻ったので遅くなってしまった。
ジェフはまだ自室にこもったままで、返答がなかった。心配なので、これから様子を見に行こうと従業員用出口から外へ出たタイミングでロジャーに捕まったのだった。
「ままぁ〜」
「トミー、起きちゃったか。ママが叫んだからなぁ。」
「私のせい!?」
「パパぁ〜、おかえりぃ〜」
寝ぼけ眼をこすりながら出てきたトマスは父親の方にとことこと歩いて行くと、脚にギュッと掴まった。抱き上げたのは、エリオットだった。
「パパはあっちだよ。」
「おじさん……だれ?」
「パパのお仕事の後輩だよ。はじめまして。」
にこやかに子どもに笑いかけるエリオットに驚愕の表情を浮かべるテレサを見て、ロジャーは苦笑した。ロジャーはテレサの知るエリオットを噂でしか知らないし、テレサもまたロジャーの知るエリオットを知らない。ロジャーにとってのエリオットは、ためらいもなく子どもを抱き上げ、よだれを袖で拭いてやり、優しく微笑む目の前のエリオットだ。
「こーはい?」
「パパのお友だちだよ。海の街で働いてたときに知り合ったんだ。」
「おふね!」
ぱぁっと顔を綻ばせて、港町の話をし出す二人。船の話で息子は完全に懐柔されてしまった。
「……本当にエリオットよね?」
「エリオットだよ?」
エリオットは自分のために自宅に連れて来たと思っているが、テレサはいたずらな笑みを浮かべる夫を見て悟った。
「百聞は一見にしかず、か。」
「俺の話、やっと信じた?」
腹たち紛れに、三十過ぎて少し肉のついてきた夫の腹をつねるテレサだった。




