お姫様と家族のかたち
ご無沙汰してます。
よろしくお願いします。
レベッカはジョンのアパルトメントを出る前にクロードを呼んで言付けてから森の魔女の家へ向かった。
「ふうん。まあ、自立するのはいいことなんじゃない?お互いにね。」
父も、ということだろう。レベッカも同意としてひとつ頷いた。けれども、表情が冴えないままだ。
「どうしたのよ。って、言うまでもないか。」
「お父さんとお母さんが別れないで欲しいって思うのは、やっぱり私の勝手かしら。」
リリは口をへの字にして、眉根を寄せたままカップの中の茶を飲み干した。タンと音を立ててテーブルに置くと、身体を乗り出して肘をついてレベッカに問いかける。
「レベッカは私が妊娠したとき、どう思った?」
「えっ……良かったなって……?」
「正直に言って。父親がいないこと、よく思ってなかったでしょ。」
ダイアナを妊娠したことを知ったときはそこまで考えなかった。ただひたすら新しい生命の誕生を心待ちしていた。夫がいないのも、魔女の掟があるからだ。腹を撫でるリリの顔を見て、残念な気持ちが湧いたことは否定できない。
フィリップが生まれて魔女の家が慌ただしくなって、時折育児を手伝いに来た。そこでやはり男手のないこの家へ不安を感じたのもある。リチャードが頻繁に顔を出していても、彼はここで暮らしているわけではない。
レベッカは、ダイアナとフィリップの父親を知らない。国に定められた掟とはいえ、恐らくリリという苛烈な魔女が心を明け渡した相手であるならば、本当は親友に寄り添って欲しいと願っていた。
親友の想う男はすでにこの地を離れ、王都に戻っているが、リチャードとクラリスのときと同様、現在は没交渉である。
いなくなったことをはっきりと告げられたわけではないが、やはりリリが精神不安定になっていた時期があって、フィリップの出産直後だったのだとレベッカは推測していた。
「そんな顔しないでよ。」
「どんな顔してた?」
「気まずい顔。」
それを悟られることに対しても申し訳なさが募る。リリの気持ちを汲むならば、顔に出してはいけなかったのだとレベッカは後悔した。
「いいのよ、別に。」
それでもこの家の中は子どもたちのおかげでいつも明るく、幸せに満ちていた。
「だけど、おばさまの決断は尊重してあげてね。」
「うん。そうするつもり。」
きっかけはレベッカだったかもしれないが、リンダを蔑ろにし続けたのはジェフだ。
幸せな家族のかたちはひとつとは限らない。レベッカとて、エリオットとの結婚生活が上手くいくかは未知数だ。
けれど、誰かの心が犠牲になるくらいならば、関係性が変わることを恐れてはいけない。自らが踏み出した新しい道への一歩を、リンダにも進めて欲しいと思った。
魔女の家に泊まった明くる日。
エリオット滞在十日目。
レベッカは一度自宅に向かった。エリオットがまたこの街へ戻ってくることは決まったが、頼まれたチャームは彼が支店に戻る前に仕上げてしまいたかった。
自宅の扉を開けると、ダイニングテーブルに突っ伏して寝ている父親の姿が目に入った。周りには酒瓶があって、倒したのか転がった一本からワインレッドが床にまで広がっていた。
「お父さん!?」
「リンダ……!あ……レベッカか……」
「なあに?わたしじゃ悪い?」
「そんなことないよ……お帰り。」
「ただいま。お父さん、テーブル片付けてね。その様子なら朝ご飯もまだでしょう?」
「ああ……でも、食欲が……」
「スープくらいは飲んだ方がいいわ。作っておくから、片付けたらシャワーでも浴びてくれば?シャツまで真っ赤よ。」
そういわれて、ようやく視界に映る光景を認識したジェフは、何も言わずにテーブルの上を片付け始めた。
「母さんが、どこに行ったか、知らないか?」
「……知ってるわ。大荷物持ったお母さんに会ったもの。」
「引き留めなかったのか?」
「引き留めたけど、お母さんにも一人で考える時間がいると思ったから……今は知り合いの家に泊まってるわ。」
「そうか……」
暗い顔で風呂場へ向かうジェフの背中は、なんだか小さく見えた。
レベッカは昼になるとまたジョンのアパートメントへと急いだ。集中していたせいで、いつもより遅く家を出ることになった。ジェフは仕事も手につかないのか、レベッカの作ったスープを飲んだあとは自室にこもったままだ。扉は開けずに声をかけたが、エリオットに会ってくるとだけ伝えた。
庭の方から入ると、料理の匂いがした。中ではキッチンに立つリンダがいた。疲れてはいるが、昨日よりは精神が落ち着いているようだった。何故かそれを手伝うエリオットもいて、穏やかながらもいつもとは違う不思議な空間になっていた。
「今日は君のお母さんに食事を作ってもらったんだ。いいと言ったんだが、泊めた礼と言ってね。」
「ゆうべも夕食をご馳走になりましたし、わたしが出来ることはこれくらいですから。」
食事を終えると、話があるとリンダが言って、二人を伴い借りている部屋へと上がった。
「お母さんね、当分、ここに住もうかと思うの。」
「ジョンさんはなんて?」
「構わないと言ってくれたけど、お家賃は支払わなくちゃ。それでね、当面の費用なんだけど、その、少し用立てしてくれないかしら……わたし自身のお金なんて、ほとんどないから。」
ジェフはそれなりに収入のある職人だけれども、それは工房のお金であり、家のお金だ。リンダも経理などはしていたが、雇い人としての給料をもらっていたわけではない。元より贅沢を知らぬ育ちゆえか、自分のものも好きに買ったりなどはしたことがなかった。
「あ、じゃあ、僕が払います。」
「それは、さすがに……」
「私が払うわよ。あの時のお金、手をつけてないんだもの。こういうときこそ使うべきだわ。」
「あの時の……ああ。使ってなかったんだね。」
「使い道が分からなかったのよ。大金だし……気持ちのいいお金じゃなかったから。」
メリーが取り上げていた見習いの賃金ならまだしも、十一年前にグッドマン商会から渡された金のほとんどは慰謝料だ。商会で雇う人の中堅程度の稼ぎの五年分くらいはあった。生活にも困らず、それを使う意義のある行いもなく、なんとなくそのままにしてこれまで来ていた。
レベッカは今こそがそれの使いどきだと思った。
「ごめんね、レベッカ。」
「気にしないで。お仕事は探すことにしたの?」
「この年で、なんの取り柄もないおばさんを雇ってくれるようなところ、あればいいんだけどね。」
「でも、ジョンさんに頼まれた話があるでしょう?」
どうやら広場に集まるジョンの茶飲み友だちから、たまに家事を手伝って欲しいと頼まれたようだ。彼らの奥方たちもそこそこの年齢なので、以前のようには体が動かないという。要は家政婦をやらないかという話だった。
「それでも、そんなに稼げるわけじゃないもの。お家賃を払えるほどじゃないわ。」
「だけど、ずっとここに住むつもりではないんでしょう?とりあえず、当面の生活費があればいいんじゃない?」
表情が曇ったのは、あの家にもう戻りたくない気持ちがあるのかもしれない。
その気持ちを口に出来ないのはまだ迷いがあるから。
父親のことを今、どう思っているのか。聞いてみたいけれど、まだそのときじゃないとレベッカは目を伏せた。




