王子様とお姫様のままごと
お久しぶりです。
よろしくお願いします。
言葉少なに食事を終えた三人は改めて話し合うことにした。食事中、エリオットはレベッカとリンダの皿に取り分け、おかわりがいるかと尋ねたり、空になりそうなグラスに飲み物を注いだり、甲斐甲斐しく世話を焼く。気を遣っているのもあるのだろうが、自然とそうしたことに手が伸びる様子は、彼が上げ膳据え膳で育ったおぼっちゃまだということを悟らせない。
人は機会さえあれば変わるもの。リンダはこの短い時間でそれを思い知った。
「あ。」
「いい。私が取ってくる。」
「ありがとう。カップ出しとくよ。」
特に何かを言わずとも、お互いの要望を察し合う二人は長年連れ添った熟年夫婦のようだった。先に飲んでて、と給仕されたお茶を飲みながらリンダは娘と向き合う。エリオットは流しで食器を洗い始めた。
リンダの夫が家事をやっているところを見たことがない。それをズルいと思うなんて。
「レベッカ、結婚って、本気なの?」
「本気よ。彼を愛してるわ。」
「エリオット坊ちゃんも、そう思ってくれてるの?」
「そうよ。彼が言ったの。契約を解除すれば、堂々と二人で一緒にいられるって。」
「騙されてるとは思わないの?」
「思わない。信じてるから。」
余りにもはっきりと言い切った娘に、心配よりも不信感が募る。だが、そのあとの言葉が更にショックだった。
「ていうかね。騙されてもいいの。裏切られても。傷付くだろうけど、耐えられなくなるまでは一緒にいるつもりよ。好きだから。」
意図的な発言だったのかもしれない。〝耐えられなくなるまで〟。耐えられなくなったあとは、どうするつもり?リンダは頭の中では娘を責め立てるが、口には出せなかった。
「お母さん。お父さんのこと、もう嫌い?」
「嫌い……じゃないわ。だけど、もう、疲れたの。」
「私も、あの契約を交わしたときは、疲れてた。何もかもイヤになって……私だって、話し合いもせずに逃げ回ってやり過ごしてただけだわ。」
「や、そんなことないよ。いつも眼で訴えてた。」
エリオットが捲ったシャツの袖を戻しながらテーブルに着いた。
「今思えば、だけどね。だからいつも言い聞かせてたんだ。どの道、あの頃の俺とは、話し合いにならなかったと思う。考え方が根本から違ったから。ジェフさんも、多分、そうだと思いますよ。元からの性質なのか、誰かの影響かは分からないけれど。」
母と娘は顔を見合わせた。二人はジェフのそれは恐らく生まれ持った性質であろうと考えた。特にリンダは、義祖母の記憶がある。エリオットが母親に受けていたような思想の影響はなかったように思う。ただ、彼女は〝ジェフはこういう性格〟と割り切っていた節があった。血のつながりがあるからかろうじて許されていたこともあったのではないか。
「私……どうしたらいいのかしら……。」
「お母さん、外で働いてみたら?」
「え?」
「それで、お父さんの仕事、手伝うのやめた方がいいと思う。」
「それは俺もそう思います。」
「でも……。」
「私、自分で稼いでみて分かったな。女が一人で暮らしていけるだけ稼ぐのって大変なんだなって。お父さんは……すごいと思う。職人として。技術も、発想も。尊敬してる。それはずっと変わらない。」
リンダも静かに同意した。ジェフの作るものは神がかって美しい。それが生活の糧となり、他の工房より幾分どころではなく良い暮らしが出来ている。
稼ぎがいいというだけでなく、生活に余裕があるのは弟子を取っていないという理由もある。養う弟子がいない分、普通ならば弟子の仕事である部分がリンダの仕事になっていた。そういったジェフの甘えの積み重ねが今回の結果を生んでいる。
だが、ジェフは弟子を取っても上手くいかないのだ。彼の能力はとことん作ることだけに振り切っている。ブライアンとマックスはかなり早い段階で後継教育をあきらめた。その分彼の作品がグッドマン商会の専売であることに固執した。
結局は皆、ジェフを天才と認めながらも彼に振り回されている。厄介なのは、本人が全くの善意の人であるということだ。
「私……ここで、エリオットと夫婦の真似事をして、ちょっと思ったの。お父さんはお母さんに甘え過ぎだなって。ジョンさんの話もかな。尽くしてもらうことが当たり前で、亡くなってから奥様に感謝を伝えられなかったこと、とても後悔してるの。」
「〝避けられない別れというのがあるのだから、お互いに生きているのなら、悪いことをしたら謝罪を、何かしてもらったのなら感謝を、その都度、気持ちを言葉にしてきちんと伝え合った方がいい。明日から二度と会えなくなっても、後悔が少なくて済むように。〟そう仰ってました。」
「お母さんより、お父さんに必要な言葉だったわね。」
「はは、そうだな。」
リンダは何も答えられなくなった。
エリオットを観察するように見つめると目が合い、彼は苦笑した。彼のように、ジェフが変わる日は来るのだろうか。リンダには想像が出来なかった。
「お母さん。私、一度リリの家に行こうと思うんだけど、どうする?」
「家に戻るなら送りましょう。」
「家には……帰りたくないのよ……。嫌なことばかり思い出してしまうから。」
そうしていても立ってもいられなくなり、行く宛もないのに荷物をまとめて出て来たところを二人に見つかった。床に置いた鞄を見つめながら正直に答えると、エリオットは少し待ってと言って部屋を出て行った。
「お父さんとは、まだ、話し合えない?」
「話し合いにならないと思うの。」
「誰か間に立てる、とか。」
「それより、自分のことはいいの?坊ちゃんと結婚したいんでしょ?もう大人なんだから、親の承認なんていらないのよ。」
「でも、二人には祝福してほしいと思うから。」
「それで親に反対されたら、諦めてしまうの?」
レベッカは俯いてしまった。レベッカは親に反対されても、恋に身を投じられるほど子どもでもない。エリオットと違い、捨てられないものがたくさんある。それが彼への後ろめたさにもなっていた。
この部屋で続けてきた夫婦の真似事。子どもの頃のようなままごとではあったが、愛する人といることの心地よさを知ってしまった。
レベッカの心の天秤が揺れていた。
外から階段を駆け上がってくる足音が聞こえる。エリオットが戻って来たのだ。息を切らして部屋に入って来ると、リンダに告げた。
「リンダさん、ここに泊まってください。ジョンさんに了承をいただきました。」
「そんな、悪いわ。」
「〝気にするなら、夕食を共に。話し相手になってくれ〟だそうですよ。」
「ジョンさん、私たちに言った条件と同じこと言ってるわね。」
「そういう方なんですよ。リンダさん。弱っている時って誰かの好意は素直に受けても怒られませんよ。少し……違う環境で考えてみてください。俺も、今の支店に行って、自分を見直すことができましたから。環境を変えるってオススメですよ。」
リンダはジョンの申し出に甘えることにした。見ず知らずの人でもこんなに優しいのに。そんな怒りに似た感情に蓋をしてしまうのは、リンダの悪い癖だった。
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