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顔だけ男は眠り姫の呪いをかけられる  作者: 里和ささみ


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72/90

王子様とお姫様は目撃する

久しぶりの更新になります。申し訳ありません。


お楽しみいただければ幸いです。

よろしくお願いします。

「お腹、すかない?」


「すいたかも……。」


抱き合ったまま眠ってしまったレベッカは寝起きの顔を隠したくてエリオットの胸に顔を寄せた。


「どうしたの?甘えん坊だな。」


昔ならば決して自分に向けられることがなかった甘い台詞に思わず吹き出してしまった。


「えい!」


ギュウと力を込めて抱きしめられ、嬉しくて、苦しくて、レベッカは体をよじってエリオットの腕から抜け出した。


「顔……洗ってくるわ。」


「うん。」


レベッカは服のまま横になったせいでしわくちゃになったスカートを伸ばし、洗面台で顔を洗って鏡を見た。化粧が落ちて、見慣れた平凡な自分が映っていた。

そっとそばかすに触れてみる。子どもの頃からエリオットがこのそばかすを馬鹿にするたびに、いちいち傷付いていたことを思い出す。


「ああ、懐かしい顔だな。」


「お化粧、直さなくちゃ。」


「そのままでいいよ。」


「イヤよ、これから外に出るのに。」


「なんで?可愛いのに。」


「それ、あなたが言う?」


「可愛いよ、レベッカは。世界で一番。」


エリオットの腕が伸びて来て、レベッカはその中にすっぽりと収まってしまった。不安気に鏡を見れば、エリオットが鏡越しにレベッカを見つめていた。その表情に侮蔑も揶揄いもない。心からそう言っているのだと分かるのに、レベッカの心はざわついていた。


改めて見るエリオットはとても美しい。こんな自分が素顔を晒して彼の隣を歩くのが怖くなった。


レベッカはそっとエリオットの腕に手をかける。


「やっぱり化粧するわ。離して。」


「そうだね。そうした方がいいや。」


言葉の意図が分からず首を傾げると、鏡の中のエリオットは甘い笑顔を向け、こめかみにキスをした。


「本当のレベッカは俺だけのものにしたい。他の男に見せたくない。」


一気にレベッカの全身の血が沸騰する。


「あは。顔、真っ赤。」


「もう!からかわないで!」


急いで支度をして、二人は手を繋いで街へ出た。時折感じる視線は、エリオットへか、レベッカへか、それとも両方か。何にせよ、二人を知る街の者は元婚約者同士が手を繋いで歩いていることに驚きを隠せないようだ。不躾な目にレベッカが瞼を伏せれば、エリオットが力強く手を握る。


「何、食べたい?」


「そうね……」


言いかけたレベッカが足を止めて立ち尽くした。エリオットが視線の先を追うと、そこには大荷物を抱えたリンダが立っていた。リンダはバツの悪そうな顔して、踵を返して人混みの中を進んでいく。


「お母さん!」


「俺が行く!ここで待ってて!」


エリオットは言うや否や、リンダを追って走り出した。


さすがに男の脚には勝てず、リンダはすぐにエリオットに捕まった。


「リンダさん。そんな荷物を持って何処に行くつもりですか。」


「あなたには関係ありません。」


「関係あります。俺はあなたの娘の夫になる者です。」


「ええ、そうでしたね、エリオット坊ちゃん。」


「……そう呼んでいましたね。」


「坊ちゃんは、レベッカを傷付けて楽しかったですか?」


リンダの突然の問いに、エリオットは即答出来なかった。言葉を選んで、ゆっくりと、しっかりした口調で本心を打ち明けた。


「楽しいとか、そういうことを考えたことはありません。ただ、自分は親切で真実を教えてあげていると、本気で考えてました。そう言う意味では、愉悦を感じていたかもしれません。」


リンダは顔を顰めた。当然のことだ。娘が馬鹿にされ、尚且つ相手はそれを善意でやっていると思っていたなんて。俯いて震えるリンダ。早くレベッカの元へ戻りたいが、まだ納得していないリンダを無理矢理引きずって行くわけにはいかない。


「あなたじゃなければ……」


「え?」


「相手があなたじゃなければ良かったのに。」


「……そうですね。」


エリオットは、十一年前、いや、レベッカとの婚約が成ってから今までの周囲の人の苦しみは、全て自分が元凶であると考えている。もっと自分がしっかりしていれば。広い視野があれば。こんなにも多くの、しかも身近な人々を傷付けることはなかったのに、と。それでもレベッカから差し伸べられた手を振り払うつもりはなかった。罪悪感と共に生きていく覚悟はとうに決めていた。


「でも、俺にはレベッカしかいないし、レベッカも、俺でないとダメなんです。」


「そんなもの、いつまでも続かないわ。」


「続けられるだけ続けていきます。それが、命の終わりであればと思っています。」


明らかに信用出来ないというような疑いの目を向けられてエリオットは苦笑した。


「気持ちは分かります。」


「坊ちゃんに分かってたまるもんですか。」


「お母さん。」


待ち切れずに追いかけて来たレベッカが母を呼んだ。人混みの中でも二人を見つけられたのは、エリオットの眩い金髪と長身のお陰だろう。


「レベッカ……。」


「ねえ、お母さん。お腹すいてない?」


「え?」


「今日は三人で食べない?何処かの店に入っても良いし、お弁当を買ってジョンさんのアパートメントで食べてもいいし。」


レベッカは声だけは努めて明るく振る舞っているが、視線は泳いでいるし、手が少し震えている。母親の家出現場を見つけてしまったのだ。立派な成人であっても、少なからず心に傷が付く。


リンダは先程エリオットに言った言葉が自分に返って来たのだと思った。午前中の騎士団での出来事で、リンダは自分の事しか考えられなくなっていた。家族に黙って家を出て行くのも、自分の正当な権利であると思っていた。少なくとも、ジェフに対しては。


その事が、娘をこんなにも傷付けるだなんて思いもしなかった。


レベッカは震える手で母の手を取った。ぎこちない笑顔にリンダの顔がこわばる。さりげなく荷物を取り上げるエリオットに、リンダから自嘲の笑みが零れた。


ああ、捕まってしまった。そう思った。


込み入った話になる。外ではしにくいだろう。エリオットがそう言うので、惣菜とワインを調達して、アパートメントに戻ると、管理人室でジョンが帳簿をつけていた。この時間に彼がここにいるのは珍しいことだった。


「おや。その人は?」


「私の母です。」


「リンダと言います。娘がいつもお世話になりまして。」


頭を下げるリンダにジョンは微笑んだ。


「ああ、いやいや。こちらこそレベッカさんには色々と世話になってますよ。以前、あなたが焼いたクッキーを頂きましたね。とても美味かった。ありがとう。直接礼を言う機会が出来て良かった。」


エリオットとレベッカは、事情を知っていても深く切り込んで来ないジョンの気遣いが有り難かった。


「ホームメイドクッキーなんて、妻が亡くなってからとんと食べる機会がなくてね。初めて食べるのに、懐かしい味だったよ。」


「そうですか……。」


リンダは突然そんな話をし始めたジョンの真意が分からなかった。戸惑いが見て取れたのか、ジョンはリンダを安心させるように優しく微笑みかけた。


「何、気にする事ではない。私は寂しい老人でもないよ。こうして新しい、若い友人たちが毎日を楽しませてくれるからね。良い娘さんと、良い娘婿だ。」


ジョンが事情を全て知っているとは露ほど知らぬリンダなので、言葉に言い表せぬ罪悪感を覚えた。


自分は悪い母親だ。いや、家族には充分に尽くして来たのだから。リンダは葛藤の真っ只中だ。


二人に充てがわれた部屋へ案内すると、生活感はないのに人の気配のする空気に違和感があった。リンダは何故か、あの長屋で生活していた頃を思い出した。


エリオットはリンダに椅子にかけるように言うと、惣菜を開けて、取り皿を配り、ワインをセットする。目配せだけでお互いが何をしようとしているのか、何をして欲しいのか理解し合う二人を見て、リンダはとても驚いた。


管理人室で一脚椅子を借りて来たので、三人でテーブルを囲んだ。その光景は、ささやかだが、なんだかパーティのようだった。


「買い込み過ぎたかしら。」


「いいんじゃない?残れば朝食にすればいい。」


「ねえ……」


リンダが何か言いかけると、エリオットは、ああ、とつぶやいてにこやかに微笑んだ。


「乾杯にしましょう。そうだな、再会を祝して?」


「そんな理由?」


「他に何がある?リンダさんに会うのは今日が十一年ぶり……いや、もっとか?」


「エリオットは、全然ウチに顔を出さなかったものね。」


「そうだね。これからは入り浸る勢いで訪問したいところだな。」


「やあね。それじゃあ、仕事が捗らないわ。」


「俺がいると、仕事が手につかない?」


「もう!親の前でやめてよ!」


そう言ってレベッカはペシリとエリオットの膝を叩けば、エリオットはわざとらしく痛がって笑っている。


軽口を叩き合う二人が、リンダにはとても眩しく見えた。

お読みいただきありがとうございます。


当初の予定と方向を変えたので、打開案がなかなか見つからず……。ようやく自分でも腑に落ちる結末を思い描く事が出来ました。

これからものんびり更新をしていこうと思いますので、宜しくお付き合いくださいませ。

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