お姫様は母親似
レベッカとエリオットは手をつないで街を歩いた。もう誰も二人を咎める者はいない。きっと、リンダでも何も言わないだろう。
ジョンの家に着いた。ジョンは庭仕事をしていたようだ。二人が手をつないでやってきたのが嬉しいのか、笑顔で迎えてくれた。
「おやおや、ずっとつないできたのか?もう隠れなくていいのかね?」
レベッカが沈んだ表情になったので、ジョンは不思議に思った。エリオットを見れば、苦笑している。
「隠さなくて良くなったのですが、結婚の許可をまだ彼女の両親からいただけなくて……。」
「まあ、とりあえずおはいんなさい。食事の支度は出来ているから。」
三人で食卓に着く。今日は花瓶に薔薇が生けられていた。
「今日も残り物で悪いけれど。」
出されたのは野菜のスープにソーセージとピクルス、クープの入った堅いパンだ。気負わない食事だが、花も活けて美しく整えられた食卓は、まるでお祝い事があるかのようだ。
華やかな雰囲気がより一層、レベッカの胸に虚しさを際立たせる。
「レベッカさん。気落ちしているときは温かいものを食べなさい。少しは気持ちが安らぐはずだよ。スープだけでもいいからお食べなさい。」
レベッカは取り繕うこともできない自分を恥じた。エリオットがそっと背に手を遣り、宥めるようにさする。
その日の三人はいつもよりゆっくりと食事を摂った。レベッカは完食出来なかったが、ジョンは責めることもなく、皿を下げて食後のお茶を出した。
「事情は聞いてもいいのかな?」
レベッカは泣きそうになりながらも頷いたが言葉が続かない。代わりにエリオットが騎士団であったことをジョンに説明した。
「そうか……レベッカさんのお母さん、心配だね。我慢強い人は知らぬうちに自分を傷付ける。相当不満も溜め込んでいたのだろう。」
レベッカは、ありし日の自分を思い出した。騎士団で、初対面にも関わらずリリとリチャードのいる前で大泣きして、思いを曝け出した。今となってはそれすらも己の枷となってしまった。リンダもきっとそうなるだろう。自分は父のようになりたいと思っていたが、性質は母に似ているのだと気が付いた。
「私にも……そういうことがありました。ずっと押し込めていた不満を爆発させて……エリオットと、直接顔を合わせないまま、婚約破棄をして。我慢しなくて済むようにはなったけど、逃げているだけじゃ、蟠りは残ります。結局、自分が変わらないと意味がないって、分かったんです。母にも、ちゃんと父と、話し合って欲しいと思ってます。でも、なのに、今まで通りに、母が父に、譲歩してくれていたら、こんなことにはならなかったのにって、少し、思ってしまって。なんで、こんな時にって。今更じゃないかって。私、ひどい娘です。自分だって、経験したことなのに。」
「レベッカ……」
エリオットがレベッカの手を握る。エリオットは自身を責めていた。
「ごめん。俺のせいだ。俺がレベッカと結婚したいなんて言ったから。ジェフさんとリンダさんがあんなことになるなんて、全然考えてなかった。俺が甘かったんだ。ごめん、レベッカ。ごめん……。」
「いずれはどこかでこうなったろうさ。エリオットくんが悪いわけじゃない。私の友人にもいるよ。奥さんが不満を溜め込んで、子どもが独り立ちしたら離婚した。友人にとって、離婚を切り出された時は寝耳に水だったそうだ。何も気付いていなかったんだな。これからがやっと自分の人生だと捨て台詞を吐かれたと言っていたが、まあ、それが本心なのだろうね。私の妻は思ったことをすぐに口にする人だったから、小出しにしていて溜め込んではいなかった、と、思っている。小さな喧嘩は多かったけれど。どちらがいいのか分からんな。」
この街でも、熟年離婚は珍しいことではない。農村と違って、家族=労働力ではないからか、都市部の離婚率は高かった。
「お母さんには自分の中を整理する時間が必要だ。家へ帰れないなら、上へ泊まってもいいからね。一応、寝具とタオルを貸しておこう。どこか泊まるあてがあるなら使わなくてもいいから。」
あんまり使ってないやつだから、と言いながら、ジョンはタオルとシーツ、タオルケットを出してきた。
「君たちは、君たちの出来ることを、悔いのないようにしなさい。親と雖も所詮は自分ではない。感じ方や考え方は親子でも違うもんさ。ま、無理にどうこうしようとはしないことだね。」
「ありがとうございます。」
二人はジョンの部屋を後にして、五階へ向かった。
階段を登りながら、エリオットは小さな声でレベッカに尋ねてきた。
「今晩はどうするの?リリさんの家に行くなら、西門まで送るけど。」
「まだ、決めてない。リリの家でもいいんだけど……。」
レベッカは正直、今の気持ちでリリの家族を見たら嫉妬してしまいそうだった。幸せな家庭に足を踏み入れる勇気がなかった。あの家族にだって、困難はあったはずなのに。リリもリリの母も、森の魔女なのだから。
「ここに泊まるっていっても、一人になるだろ?大丈夫?」
「大丈夫よ、子どもじゃないんだから。だけど、夕飯はどこかで買ってこないとね。」
「……俺も、今夜はここで寝ようかな。」
レベッカは立ち止まってエリオットを見上げた。期待と、不安と、罪悪感で次の言葉が出てこない。ただ、エリオットから目を逸らさずにいた。レベッカは自分が今どんな顔をしているか分からなかった。
そんなレベッカにエリオットは微笑みを返す。
「ひとりは、寂しいだろ?」
「ひとりは、寂しいわ。」
「じゃあ、決まりだ。上で少し休憩したら、夕食を食べに行こう。もう、街を二人で歩いてもいいよね?」
「なんでわざわざ聞くの?いいに決まってるじゃない。」
「一応、レベッカの望みだってことを確認したかったんだ。じゃないと、罰を受けなくちゃいけないからさ。」
「もう!そんなことしないわよ!」
「あはは!好きだよ、レベッカ。早く部屋へ行こう。」
ドキリとしたのは、好きだよ、の言葉に反応したのか、早く部屋へ行こう、に反応したのか。心臓を落ち着かせるために、深呼吸を嘆息で誤魔化した。




