優しいお姫様
エリオット滞在九日目。
レベッカは家族で時間通りに騎士団へ向かった。なんとなく会話を切り出しにくくて、三人とも黙り込んでいる。
部屋へ案内されると、既にグッドマン商会の面々とリリ、リチャードが待っていた。リリは小さくレベッカに手を振ったので、レベッカもそれに応えた。
最後の到着になったことをジェフが恐縮する。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。」
「いやいや、時間通りですよ。早速ですが、始めましょう。おかけになってください。」
リチャードがにこやかに言う。ご機嫌のようだ。孫と思う存分、遊べたからかもしれない。
グッドマンの者たちは皆それぞれ違う表情をしている。にこやかに笑むエリオット、無表情のマックス、疑っているようなサマンサ、いつも通りのニール。
顧問弁護士が挨拶をした。
「本日は御足労いただきありがとうございます。リチャード様もこの場を用意していただきまして、感謝いたします。それでは、以前こちらで結んだ契約の見直しに関してですが、皆さま同意されるということでよろしいですか?意見のある方は挙手をお願い致します。」
誰も手を上げない。レベッカはホッとした。
「では、今後のことについてです。締結当時、このような事態は想定していなかったのですが、こういった場合、件の当事者であるレベッカさんの意見を尊重するべきと判断いたします。レベッカさんはご希望がおありですか?」
「はい。私は契約の解消を望みます。」
「かしこまりました。しかし、本契約に於いて、こちら側にはレベッカさんへの接近禁止が言い渡されております。その点についてはいかがお考えですか?」
「エリオットと会って話をすることは私が望んだことです。契約には〝故意に〟〝商会の方から〟近付いてはならないという記載がありますので、エリオットからではなく、私から面会を求めるのは接近禁止に当たらないと思いました。そもそも、〝商会の者〟というのなら、同じ商会に勤めている友人とその夫とは定期的に会っています。それがダメなことなら、とっくにこの契約は破られていたことになります。」
ジェフとリンダは驚いていた。確かに〝商会の者〟との記載があった。
これはリリの入れ知恵だ。テレサのことは元々の友人だからとなあなあになっていて、ロジャーがレベッカに近付いた時もリリは警戒していたが、本人が何とも思ってなさそうだったので口出ししなかっただけだ。グッドマン商会の監督不行届と言っても差し支えないが、そこの追及はリチャードに任せようとリリは思っていた。
「そういえばそうだったわね……」
サマンサも驚いたようだ。あの日以来、商会の不幸の象徴である契約書を目にしていない。当時確かに文面は確認したが、テレサはまだ学生だったので関係がないと思っていた。
「テレサと会うこともいけないのなら、それは本来私の身を守るためのこの契約が、逆に私にとって不利益に働いていることになります。エリオットのこともそうです。私が望んで面会することについては条項にありませんので、罰則事項にはならないと思います。」
「それはそうだが、彼は拒否するべきだったのではないかな?」
リチャードが横槍を入れる。リリが足を踏んだようで、ガッという音がしたが、リチャードは全く気にしていない。
「彼はきちんと拒否しました。私が無理に食い下がったのです。むしろ私が違反を犯したのです。みなさま、申し訳ありません。」
「レベッカの罰則はないわ。そもそもアナタが被害者だったんだから。ね、そうでしょ?エリオットさん?」
リリが初めてエリオットの名前を呼んだので、レベッカとエリオットは少しびっくりしていた。
「そうです。レベッカが被害者で、私たちが加害者であることは変わりありません。レベッカにペナルティは必要ない。」
ウンウン、とリチャードが頷く。何で話をかき乱したお前が頷いているのだ。腹が立ったリリは横目でリチャードを睨んだ。
「レベッカ、エリオットから結婚したいと聞いたが、本当かね?」
ずっと黙っていたマックスがレベッカに尋ねた。レベッカの肩が揺れる。マックスの低い声は、レベッカが苦手だった。だが、これから義父になる人だ。怖がってはいられない。
「はい。本当です。」
「それは、我々は赦されたと考えていいのか?」
「父さん!」
エリオットはマックスを制止しようとしたが、手で遮られた。サマンサは祈るような目でレベッカを見ている。
「別に、赦さなくってもいいじゃない。レベッカがアンタたちと付き合わなきゃいいだけの話でしょ。」
「そうだね、レベッカさんは商会で嫌な思いをしたんだ。夫婦になっても彼らと関わらなければいいことだ。街の出稼ぎ同士の夫婦だって、お互いの実家とはそうそう会ったりもしないだろう。仕事のことだって、別の職場で働いている夫婦と変わらないと思うがね。」
リリとリチャードは親子で意見が揃ったようだ。いや、リチャードが合わせたと言うべきか。
レベッカに皆の視線が集まった。横をチラと見れば、両親はとても心配そうな顔をしている。エリオットを見遣れば、縁切りも辞さないとでも言い出しそうな必死さが伺えた。レベッカは膝に置いた手を握りしめ、口を開いた。覚悟など、とっくに出来ている。
「私の望む未来は、片方が何かを失うような、どちらかが損をしたり我慢をしなければならないようなものではありません。商会の仕事に関わることは出来ませんが、普通の夫婦のように、お互いの実家を行き来出来る関係でいたいと思っています。」
「そうか、ならば他に言うことはない。」
エリオットは嬉しかった。レベッカが、自分も、これ以上何も失わなくていいと思っている。深い愛情を感じた。
マックスは、十一年前に気付いた己の罪を償いたかった。レベッカにも、家族にも。商会の長として、偉大なる父に追いつけ追い越せとがむしゃらに仕事をして来た。しかし、十一年前のあの日、家族を犠牲にして生きてきたことに気がついた。メリーの暴走、エリオットの歪み、サマンサの悲哀、それらは全て、自分の責任であると思っていた。
メリーが心を患ってから、むしろ今まで以上に家族のことを考えるようになった。エリオットが家族の輪から抜けてしまえば償いが出来なくなる。自己満足であっても、それが心に蟠りを作っていた。
「君は、ジェフのように善良で、リンダのように寛容なのだな。」
マックスは目を細めて微笑んだ。




