王子様の異動願い
エリオット滞在八日目。
リリは少し遅く起きて、レベッカの家で朝食を食べてから帰宅した。レベッカは見送りがてら、いつもより遅く庭の掃除を始め、郵便ポストを開けた。リチャードからの召喚状であろう封筒が入っている。朝一番の郵便配達で送られてきたようだ。
庭の掃除もそこそこに、レベッカは封筒を持って家の中に入って行った。
「お父さん、これ。」
ダイニングテーブルで珈琲を飲んでいたジェフに封筒を手渡した。ジェフは受け取るのを少し躊躇ったが、手にするとすぐに開封して中を改める。
「明日の午前十時に、騎士団に来るようにとのことだ。」
「お父さん、仕事は大丈夫?」
「問題ないさ。今の時期、特に急ぎの仕事はない。レベッカもだろう?」
あると言えばあるが、ここで今エリオットの名前を出す勇気がレベッカにはなかった。ジェフは気にしてない風を装ってくれているのに、自分だけ意識してギクシャクするのが嫌だった。
「私も、問題ないわ。」
「リンダ!明日、騎士団に十時だって!」
ジェフは朝食の片付けをしているリンダに呼びかけた。
「あら、もう来たの?」
確かにそうだ。昨日リチャードは魔女の家に泊まったはずだった。レベッカは疑問に思ったが、なんてことはない。エリオットを送ってから一度魔女の家に戻ったリチャードは、持参していた正式な騎士団の便箋を使い、本来は持ち出し禁止の印を押し、再び西門に赴いて、門番に金を握らせて手紙を投函させただけだ。
「レベッカ、今日も出かけるの?」
「うん、少しだけ。進めたい仕事があるから、三時前には帰ってくるわ。」
「じゃあ、お昼はいらないのね。」
そう言うとリンダは洗濯物を干しに出て行ってしまった。なんだか気まずい空気になったが、ジェフは本当に気にしていないのか、レベッカに尋ねてきた。
「エリオット君に会うのか?」
「ええ。ジョンさんと三人でランチするわ。」
「そうか。よろしく伝えてくれ。」
ジェフもコーヒーカップを下げて、仕事場に向かって行った。去って行く父の背中が目に焼き付いて離れなかった。
一方、グッドマン商会にもマックス宛にリチャードからの召喚状が届いていた。郵便物を仕分けて運んできた若い従業員は騎士団の紋章が入った封筒を訝しみながら、その封筒が少し目立つようにマックスの机に置いた。
既に仕事を始めていたマックスは、ご苦労、と一言労うとすぐに封筒を手に取り、封を切る。話があるので明日午前十時に騎士団屯所に集まるように、とだけ書いてあった。リチャードのサインと正式な印が押してある。
マックスの眉間には久しぶりに山脈が築かれた。副会頭のカーティスにニールを呼び出すように頼むと、カーティスは部下に声をかけて自宅まで走らせた。
マックスは封筒を握りしめて、五階にあるエリオットの部屋へと向かう。ここは自宅を兼ねているので、一階と二階が小売の売場、三階が大口顧客との応接室や倉庫があり、四階が事務所になっていて、五階が自宅だった。
今までも荷物用の昇降機はあったが、近代化によりエレベーターが誕生したのでいち早くグッドマン商会は取り入れた。その為の大幅な改装もしている。改装費用の借金もあった。
騎士団との窓口は現在はロジャーのはずだ。それなのに、マックスの元に騎士団からの召喚状が来る。理由はひとつしかない。由々しき事態だった。商会が潰れるかもしれない。多くの従業員が路頭に迷うかもしれない。
マックスは頭に血が上って、ノックもせずにエリオットの自室の扉を開けた。エリオットは着替えてる最中だった。
「おはよう、父さん。どうしたの?ノックくらいはして欲しかったな。」
「これはなんだ。」
マックスは床に封筒を投げつけた。エリオットの目に騎士団の紋章が入る。
「ああ、もう来たのか。リチャード様は仕事が早いな。」
「どういうことだ!騎士団から私個人宛の手紙が来るなど、お前のことしかないだろう!」
「久しぶりに父さんの怒鳴り声聞いたな。」
「なにぃ!?何故そんなに落ち着いている!メリーが入院している今、お前が何かやらかさなければこんなものが届くわけがない!」
「父さん、俺、結婚したいんだ。」
「今はそんな話をしてる場合じゃない!」
「俺、レベッカと結婚するから。」
「何を言っ……まさか、お前、レベッカと会ったのか?」
マックスが顔面蒼白になる。わなわなと震えるが、あまりの衝撃に二の句が継げなかった。
「今日もこれから会うよ。」
エリオットの飄々とした態度に拍子抜けしたマックスは、二回大きく深呼吸をして、ゆっくりとした口調で、しかし、脅すような低い声でエリオットに語りかけた。
「……接近禁止令があるだろう。最大の違反だ。騎士団との取引がなくなれば、ウチは完全に顧客からの信用を失くす。お前はそれを分かっているのか。」
「分かってるよ。根回しはしてる。これでも父さんの息子だからね。」
マックスはエリオットまでもが頭がおかしくなったのかと思ったが、そういうわけでもないようだった。だが、自信たっぷりに言うエリオットが自分の背中を見て育ったとは言えない。今のマックスには家庭を蔑ろにしてきた自覚があった。
「……ロジャーの影響じゃないのか?あいつ、知っていたな?」
「ロジャーさんのことは怒らないでね。あの人のおかげで事が上手く運んだんだから。」
「どういうことだ?ちゃんと説明しろ。」
マックスはエリオットのベッドに腰を下ろした。エリオットを真っ直ぐに見る。十年以上、まともに見てこなかった父の顔は、年齢よりも老けこんでいた。
「契約を解消する。リチャード様からは条件をつけられるだろうけど、後でロジャーさんと話すって言ってた。森の魔女も、昨日その場ではいい返事をくれなかったけど、後でレベッカから話してくれてるはずだから、同意してくれると思う。」
「そうか……。」
「あ、でも、姉さん予定大丈夫かな。怒られそう。」
「怒るだろうな。怒られておけ。予定はなんとかさせる。」
「ごめん。よろしく。そうだ、父さん。俺、本店に戻りたいんだ。ダメかな?」
「まだお前のことをよく思ってない者もいる。いいのか?」
「仕事に支障がなければ、別に。レベッカはここを離れたがらないだろうから、こっちに戻りたいんだ。俺が嫌味を言われるくらい、どうってことないさ。」
「……すぐには出来ないが、そうしよう。お前も準備しておけ。」
「ありがとう。」
エリオットが破顔する。マックスは息子の笑顔がこんなにも嬉しいものだとは思ってもみなかった。
息子には父として何もしてこなかった。むしろ、契約で雁字搦めになっている現状を招いたのは自分だ。マックスはせめてもの罪滅ぼしとして、エリオットの申し入れを受け入れた。
お読みいただきありがとうございました。
次はイチャイチャしてもらおうと思います。




