魔女は貸しを返す
夜、八時。夕方に帰宅したレベッカは、いつものように作業を行なっていた。リリもそろそろ来るはずだ。いつもは楽しみな友人の訪問だが、今日はとても緊張していた。仕事も捗らない。
呼び鈴が鳴る。両親にはリリが来ることを伝えている。リリが来たら直接仕事部屋に案内するようにお願いしてある。
「レベッカー?リリちゃん来たわよ。開けるわよ。」
「どうぞ。」
「こんばんは。遅くに悪いわね。」
「いらっしゃい。そこに掛けて。」
休憩用の1人掛けソファをリリに勧めた。レベッカも作業を中断して、作業椅子を移動して向いに座る。
「お茶どうする?」
「話が終わってから飲みたかったら自分で淹れるわ。リリ、いい?」
「いいわ。おばさま、ごめんなさい。遅くなったら先に休んでね。」
ただならぬ二人の空気にリンダは戸惑いつつも、ごゆっくり、と言って部屋を出て行った。
「手紙は読んだわね?」
「ええ。」
「あの男と、会ってるの?」
「……ええ。」
「結婚したいって、本気?」
「本気よ。」
「あの男に脅された?」
「違うわ!私が先に引き留めたの。エリオットは断ったのに、私が、無理に……。」
レベッカはその先を語らなかった。お互いを庇い合っているが、リリはまだ信じられない。
「絆されたの?アイツ、やつれた顔してるもんね。レベッカのことだから、同情したんでしょう?」
「最初は……そう、かも。でも、話をしたくて引き留めたのは本当よ。黙って会っていたのも、自分でそうしたいと思ったからよ。」
「自分のせいであの男があんな風になったって、罪悪感が出てきたんじゃない?」
「罪悪感は確かにあるわ。でも、あの時の決断は、今も後悔してない。リリにも感謝してる。」
「そう。……レベッカは、本当に好きなの?あんな男が。自分を傷付けて、レベッカの人生滅茶苦茶にした男が。」
「そうよ。好きよ。夫婦になりたいの。ううん、もう、夫婦なの。私は彼の妻よ。リリは馬鹿みたいって思うかもしれないけど。」
「そうね、馬鹿みたいだわ。馬鹿げてる。二人とも、大馬鹿だわ。ままごとと、なんら変わりないわ。そんなもの、子どものすることよ。結婚ごっこよ。ただの口約束だわ。」
「分かってる。」
「分かってないわね。」
「分かってるから、本当の夫婦になりたいの!」
「アイツに裏切られたら?」
「赦すわ。何度でも赦す。見捨てられても構わない。他の人を好きになるなんて、想像出来ない。」
「勢いで言ってない?状況に酔いしれてるんじゃないかしら。」
「それでダメなら、私が悪いのよ。見る目がないんだわ。」
「そうね。アタシもそう思うわ。レベッカは男の趣味、最悪ね。」
「彼が裏切ると思ってる?」
「そんなの、アタシにも分からないわよ。ただ、信用されない行いをアイツがしてきたのには変わりないわ。」
「そうね。でも、もう、いいの。私が彼のことを好きなのには変わりないから。」
リリは嘆息した。頭痛がする時のように、こめかみに手を当てる。
「母さんと同じこと言うのね。」
「クラリスさん?」
「そうよ。男からもらったネックレスを後生大事にして、ずっとソイツを想い続けてる。相手は家庭があるって言うのに。」
「前から聞きたかったの。リリの父親って、リチャード様じゃないの?」
「……そうよ。気付いてたの?」
「なんとなく、そうじゃないかって。最初から、リリを見る目が違うもの。私にも親切だけど、リリを見るときのあれは、子どもを愛おしむ目だわ。」
「アイツの親切は紛い物よ。」
「クラリスさんとリチャード様はお互いのことをご存知なの?」
「知ってるわ。普通に会ってる。休みの度にウチに来てるわ。今日だって、今頃ウチで家族ごっこの真っ最中よ。はぁー、そんなワケだから、この件に関してリチャードは既に同意済みなの。クソ男の親族は反対しないだろうから、アタシの意見にかかってる。あの時はクソ男にムカついて無理矢理首突っ込んだけど、余計なことしたわ。本当はリチャードだけで良かったのに。」
「そんなことないわ!あの時、リリが味方になってくれなかったらきっと言い包められて、私は今も辛い思いをしていたに違いないもの!」
「そんな風に言ってもらえるなら首突っ込んだ甲斐があったわ。あの後、婆様に怒られたのよね。魔女が一般人と深く関わるなって。リチャードが口添えしてくれたから何とかなったけど、そうじゃなければレベッカと友だちでいられなかったわ。貸しひとつねって言われてムカついたけど。」
リリの祖母は魔女らしい魔女だった。移民世代の孫だからか、掟を守ることが命題だった。娘のクラリスがリチャードに懸想をした時も、怒り狂って騎士団に乗り込み、リチャードが手回しする前に上層部を脅してさっさと異動させたのだった。
リチャードの愛の闘いは、リリの祖母との闘いだった。それは、リリの祖母が亡くなるまで続いた。リチャードが魔女の家に気軽に来られるようになったのも数年前のことだ。
「知らなかったわ。」
「言わなかったからね。」
「貸しは返せた?」
「これで返せるわ。」
「どうして?」
「リチャードが感情だけで動くワケないじゃない。自分が得する算段してるわよ。」
「じゃあ……!」
「アタシも同意するわ。幸せになるのよ、レベッカ。」
リリはニヤリと笑って、レベッカに祝福の言葉を向けた。
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