魔女の怖いもの
リリが入ってきた。クラリスと揉めているのか、何やら文句を言っている。
「私は外で子どもたちを見てるから。お茶がなくなったら、ちゃんと淹れるのよ。」
「分かってるわよ!ていうか、コイツにお茶なんて必要ある!?」
「お客さまになんて言い草なの?頼むわよ、分かったわね?」
リリはクラリスに返事もせず、バン!と大きな音を立てて扉を閉めた。
「リリ、ここにお座り。」
リリはリチャードに促されて着席する。
「で、アタシはまだ何の話も聞いてないんだけど。何の用?」
「昔交わした契約の解消か見直しへの同意が欲しいそうだよ。いつ集まろうか?彼には余り時間がないからね。」
「なんで決定事項みたいになってんのよ!どういうこと!?」
「事情があって、十一年前の契約では不都合が出てきたんです。是非、同意していただきたく、お伺いしました。」
以前のような馴れ馴れしさはないが、リリはそれはそれで腹が立った。
「随分と慇懃ね。不都合って何?アンタに取っての不都合なんてこっちはどうでもいいのよ!」
「レベッカさんにとっても不都合なことだよ。彼女が幸せになるためには必要なことだ。」
「だぁーかぁーらぁー!それは何かってさっきから聞いてるでしょ!?」
「接近禁止の件です。レベッカと結婚したいと思っています。これがある限り、結婚出来ません。撤回か、罰則を改めていただきたいのです。」
「は?意味わかんないんだけど。どうしてアンタがレベッカと結婚する話になるの?」
「レベッカさんと偶然再会して、二人は一目で恋に落ちたそうだよ。ロマンチックだね!」
「おかしいから!アンタすでに違反してんじゃない!」
「レベッカさんの方から引き留めたらしいよ。」
「なんでよ!理由がないじゃない、顔も見たくないはずなのに!嘘ついてんじゃないの!?アンタのとこの商会が今度はレベッカ自身を狙ってるだけでしょ!?」
「違います!」
「そこはロジャー君に確認したから保証するよ。」
「何でさっきからアンタはコイツの味方してんのよ!」
「若者には幸せになって欲しいじゃないか。」
「若者ってほどの歳じゃないでしょ!てか、ウソ、あのウザ男、このこと知ってるの!?まさかテレサに喋ってないでしょうね!?」
「あれ、気にするところ、そこ?」
「テレサに知られたら、あの子荒れ狂うわよ!なんつーことしてくれんのよ、クソ男!ああ〜、今から恐ろしい!!」
「でも、今回の件に彼女は関係ないじゃないか。」
「そうだけど!」
「彼女のことも、私とレベッカで説得いたします。同意してくださいますか、森の魔女。」
エリオットは真剣な眼差しでリリを見た。うぐぅ、と唸ってリリはたじろいでしまった。
「イヤよ!とにかく!レベッカから話を聞かないとダメ!罰則の施行は待ってあげる!リチャードもその方が旨味があるから、コイツの味方してるんでしょ!?これが最大の譲歩よ!アタシの優しさに感謝することね!!」
「ここではお父さんだろう?パパでもいいんだよ?」
「気持ち悪いこと言わないでよ、クソジジイ!」
「リリの思春期はいつ終わるんだろうね、全く。」
「うるさいッ!もういいから、さっさとアンタは出てって!あーもー!ホンットに訳わかんないわ!理解不能!ホラホラ、早く出てけ!!」
立ち上がったリリはエリオットのシャツを掴み引っ張り出そうとする。エリオットはその手をすっと退けて、自ら立ち上がった。
「彼女も同じ気持ちです。勝手な言い分なのは承知しています。どうか、お考えください。」
エリオットはリリに深々と頭を下げ、リチャードにも目礼する。
「森の入り口まで送っていこう。」
リチャードも立ち上がった。
クラリスと子どもたちに挨拶をして、二人は森へと入って行った。
エリオットは、リチャードの少し後ろをついて歩く。
「君は随分と変わったね。」
「そう……ですね。」
「母君、入院してるんだって?」
「そんなことまでご存知なんですね。」
「そりゃあね、どこに弱味があるか分からないから。色々と調べさせているよ。君に言うのもアレだが、そんなに騎士団は潤沢な予算がないのでね。値切れるところは値切りたいのさ。」
他でもリチャードは親切さを装って、自分に都合の良い交渉をしているのだろう。そんな無茶も、この家族を守るためなのかもしれない。
「リチャード様は商人のようだと、付き合いのある商会の者たちは言っております。平民に例えて失礼かもしれませんが。」
「いや、商会を持っている貴族もいるからね。運営は平民に任せているけれど。それよりも、ウサギの皮を被った猛獣?って呼ばれてるんだって?まあ、そう言われても仕方ないところはあるけどね。」
「そのように耳がおおきいところがウサギの所以ですかね。」
「君も言うねぇ。不敬でここでぶった斬ってもいいんだよ?僕は罪にならない。」
「あ、いや、そういうつもりでは!失礼いたしました、お許しください。」
「はは!許す許す。君が死ねばレベッカさんが悲しみ、娘も心が痛むだろう。あの子はレベッカさんが大好きだから。彼女は関わる人間は多くないが、関わった者からは無条件に好かれている。ああいう人はなかなかいないね。」
「そう、ですね。素直さは彼女の美徳だと思います。優しい、人なので。」
「そんな中で、君と君の母君だけが異質だった。それは分かるかい?どちらがおかしかったのか。」
「……はい。」
「君は苦労したね。母君が、気が狂れて。ずっと、一人で、面倒を見ている。」
「……父が、入院費を用立ててくれていますので、私は大したことは……。」
「皆、君の献身ぶりに驚いているよ。レベッカさんも、そんな君が心配になったのだろうね。誰が見ても、君は見るからに憔悴している。」
エリオットは黙った。森の入り口まで二人は黙々と歩いた。
「さ、ここからなら一人で帰れるだろう。もうここには来ない方がいいよ。一人で来たら道も分からないだろうしね。」
「はい。ありがとうございました。」
リチャードは、朝のロジャーのように、背を向けたままヒラヒラと振り、去って行った。
二人の叱咤が、エリオットの覚悟を固めた。
リリはテレサがこわい。
テレサはレベッカガチ勢。リリも引くレベル。
お読みいただきありがとうございました。




