魔女の家族
いつもより長くなりました。
よろしくお願いします。
ダダダダダと走ってくる足音がする。リリが慌てて家に入って来た。
「勝手に家に上がるんじゃない!」
「私がどうぞって言ったのよ、娘のことは気にしないで。」
クラリスはニコニコ笑っている。笑いながら、娘を無視して、グイグイと家から追い出した。エリオットは顔をひきつらせて、なんとか愛想笑いをする。
「おじさんはだぁれ?」
お茶を待つエリオットの傍らで、フィリップが船のおもちゃをテーブルの縁で走らせながら問う。
「俺はエリオットだよ。えっと、ママのお友だちのテレサ、分かる?同じ商会で働いてるんだ。」
フィリップは全く人見知りしない様子で、エリオットに話しかける。
「おふねみたことある?」
「あるよ、普段は港の近くに住んでいるからね。」
「すごぉーい!みなとってなにー?」
「港は船がたくさん来るところだよ。」
「いくつくるの?」
「いくつ……数えたことはないな。出たり入ったりだから。」
「フィルもみたい!」
「なら、じいじと行こう。今度まとまった休みを取るから、みんなで旅行しよう。」
リチャードが会話に入って来た。ティーセットを載せたワゴンを押している。リチャードはリリの子どもたちに名前で呼ばれているが、ジェフに嫉妬しておじいちゃんと呼ばせようとしたが、浸透しなかった。いつか覚えてくれると信じ、ただじいじを自称しているだけである。
リチャードが茶の支度を進めるので、エリオットは思わず立ち上がった。
「ああ、君はかけてなさい。僕もここにいるときは身分も肩書きもない、ただのリチャードだ。それも魔女の家のルールだよ。」
「あら、そんなルールないわよ。」
クラリスが戻ってきた。
「ごめんなさいね、こんなものしかなくて。」
「あ、いえ、おかまいなく。」
「フィル、これからおじいちゃんたちは大事なお話をするから、お母さんのところに行ってらっしゃい。」
「はぁい。」
フィリップは聞き分けよく、外へ出て行った。
「それで、君は門を潜る前から僕の後ろをついてここまで来たわけだけれど、何のご用件かな?」
「森の魔女にご依頼かしら?それとも、リチャードに用があったの?」
リチャードは気付いていた。街を歩いている途中に気配を察した。最初からエリオットだと分かっていたわけではないが、懐に忍ばせた鏡で背後を確認していた。
それなのに、撒くこともせずにここまで来た理由がエリオットには分からなかった。
「気付いてらしたんですね……私が付いてきていることを。」
「これでも騎士の端くれなんでね。僕に用があるのかな?」
「はい。いや、魔女、リリさんにもお話があります。」
「やだ、追い出しちゃったわ。呼んでくるわね。」
「待ってください!先に、リチャード様にお話をさせていただきたいので。」
「そう?それは、私が聞いてもいい話?」
「……はい。」
クラリスも椅子に腰掛ける。リチャードは自然な流れで、クラリスのこめかみにキスをした。
「ご夫婦、なのですか?」
「単刀直入だな!そうだよ、我々は夫婦で、ここにいるのは娘とその子どもたちだ。この街限定だけどね。」
「リチャード様は王都にご家族がいらっしゃるはずでは……」
「形ばかりのね。僕の本当の家族はクラリスたちさ。」
クラリスは胸元のネックレスに触れた。昔、時折眺めていたネックレスだ。
「愛人じゃないぞ?僕たちは夫婦で、家族だ。本当にそう思ってる。なんたって、ここには愛があるからね。」
夫婦は顔を合わせて微笑み合った。
「ならば、リリさんは……」
「僕の娘だよ。正真正銘の。血のつながった娘だ。」
リチャードは語った。若き頃、この地に配属されて、魔女の種馬に選ばれたこと。婚約者がいながらも、クラリスに恋をしたこと。抵抗叶わず、慣例通りに子を成した後は王都へ戻されたこと。
「婚約者と予定通りに結婚してね、跡取りも授かったし、貴族の義務は果たした。後はクラリスの元に戻ることだけを考えて必死だったよ。連絡手段もなく、彼女がまだ僕を想ってくれているかも分からない。だけど、もう一度、会いたかった。十年前の戦争は、元々予想されていたことなんだ。自分が有能さを示せば、有事の際は前線に配置されるはずだ。まあ、騎士としたは優れたものがあるわけではないのでね。そこは得意分野で頑張ったのさ。お陰で支部の上の方から請われて、兵站長として無事にこの街に舞い戻った。役職も都合が良かった。魔女に会えるから。まさか、すでに娘に代替わりしてるとは思わなかったけどね!」
クラリスは全く魔女らしくない魔女だ。調薬の腕は確かだが、たまにやって来る個人客の依頼はすぐに受けるし、騎士団でも頼まれれば安請け合いしてくる。断るということが出来ない性格だった。
そこで、当時存命だったリリの祖母、クラリスの母が、まだ十歳だが気の強いリリを表に出すことにした。クラリスは裏方に回り、薬をひたすら作り続ける日々だった。
本来、兵站長ですら魔女の家の位置を把握していない。だが、どこの支部でも代々鳥笛を長にだけ渡されており、それでクラリスに連絡を取った。
「彼女はまだ、僕のことを愛してくれていた。それだけで、離れている時間が、必死の努力が、報われた気がしたよ。」
リチャードは普段見せる貴族の顔とは違い、とても人間らしい感情を素直に露わにする。ウサギの皮を被った猛獣と取引のある面々には裏で言われているが、ここにいるリチャードはとても自然で、同一人物とは思えない。
エリオットはリチャードの話を黙って聞いていた。胸が熱くなる。
「ロジャー君だろ?君に入れ知恵したのは。」
「ご存知、だったんですか……?」
「まあ、彼はね。今、グッドマン商会の窓口だから。君がこの街にいる間に何か起きた時の手回しをね、ご丁寧にしに来てくれて。大体、事を把握したわけさ。娘は知らないよ。」
「そうだったのですか……。」
「レベッカさんと、会ってるんだって?」
「……はい。契約違反なのは承知しています。申し訳ありません。」
エリオットは誠心誠意、頭を下げた。
「だが、何度も会っているということは、彼女も同意しているということだろう?わざと近付いたのかい?」
「いえ!本当に偶然、再会して!この街に着いた日に、本当に、偶然で。何故か、彼女から、引き留められて……それで……いや、言い訳ですね。その後は、私が頼み込んで、会ってもらっています。毎日。」
「毎日?意外だなぁ。彼女、あまり外へ出ないそうだから。」
「そうですね。それでも、会いに来てくれています。きっと、家族にも、訝しがられるはずなのに……。」
「それはもう、レベッカちゃんの意思でいいのではないの?」
もちろん、クラリスもレベッカやテレサを知っている。テレサが独身の頃は家にも来たことがある。子どもがいると森の獣に狙われやすいので、最近は専ら街中で会うようにしているのだった。
「だけど、彼にはレベッカさんへの接近禁止がある。うーん、グレーゾーンだな。限りなく黒だけど。」
「今日は、十一年前に交わした契約の解消、または見直しへの同意をお願いしに参りました。あそこにサインした全員の同意がなければ出来ません。リチャード様にお力添えいただきたく思います。」
エリオットは真っ直ぐにリチャードを見た後、再び、深々と頭を下げた。なかなか顔を上げられない。
「それは、レベッカちゃんは同意しているの?あ、ごめんなさいね、部外者が口を出して。」
「夫婦に、なりたいと、二人で、話しています。いえ、今は、仮初めですが、夫婦の誓いを、交わしました。」
エリオットは緊張で言葉が途切れ途切れになる。
「言わなければバレなかったかもしれないのに、何故リスクを負ってまで話をしに来たのかな?」
ここへ来たのはエリオットの独断だ。後でレベッカに怒られることを覚悟して、話を進めた。
「最初は、こちらにいる間だけでも、夫婦のような関係でいられたらと、思っていました。私が、彼女の伴侶として、相応しくありませんので……。ですが、彼女から、子を、望まれて。……それが叶ったとしても、大変な思いをするのは、彼女だけです。そのまま別れてしまえば、私には、何も、することが出来ません。ならば、私の出来ることは、ひとつです。本当の、周りから認められた夫婦になるために、皆様に頭を下げることです。そんなものでは足りないかもしれません。それでも、この先の人生、彼女と共にあるためには、何もしないではいられないのです。どうか、どうか、同意を、お願い致します……。」
エリオットは頭を下げた。俯いたと言った方が正しかった。己の愚かさが身に染みていた。それでも、レベッカのそばにいたかった。
「うーん、同意はいいんだけどね。本人たちがそういうならそれで。娘が何と言うかだねぇ。レベッカさんのことが大好きだから、邪魔しちゃうかもね?」
「リチャード、ひどいわ!彼、こんなに誠実な方じゃない!」
「いやいや、君は昔の彼を知らないから。誠実さなんて一欠片もない男だったんだよ。僕らのリリにまで粉をかけようとしたのだから。」
「リリはかわいいもの。それくらいあるわよ。私にもあったわ。きっと、大きくなればダイアナだってそうよ。」
クラリスはたまに神経の図太い発言をする。リチャードは苦笑した。
「それは恐ろしいな。天使たちを守るために僕はいつまで気を張ってないといけないのかなぁ。」
「過保護ね!ダイアナだって、うまくやるわよ。トミーが守ってくれるそうよ。かわいいわよね。」
ウフフ、とクラリスは思い出し笑いをする。トマスと結ばれるのは難しいことだと思うが、昨今、若い娘が閉鎖的な習慣を嫌って跡を継がず、魔女の数が減ってきている。魔女の人権の確保に国が動いている最中だ。もしかしたら、ダイアナとトマスの結婚も叶うかもしれない。偏にトマスの頑張り次第だが。
「とんだ伏兵だな!敵は近くにいたのか。むう、どうしたものか。」
リチャードの意識はダイアナ防衛に回ってしまった。エリオットは単にからかわれているだけかもしれない。
「もう、リチャード。今は彼のお話でしょう?どうする?そろそろリリを呼んでくる?」
「そうだね。僕はレベッカさんがしたいようにすればいいと思うから、喜んでサインするよ。ただ、全てをご破算にするのはナシだ。君は既に契約違反を犯している。それは分かっているね?」
「はい……。」
「だが、先日君も立ち会った契約の保存食。これは騎士団としては捨て難い。まあ、その辺は、ロジャー君も含めて後日話し合おう。ああ、また僕の評価が上がってしまうなぁ!王都に呼び戻されたらどうしよう!そうなったら、家族を引き裂いた責任を君は取れるのかな?」
「はっ!?あっ、いや、それは……」
「もう!からかわないの!この人、ちゃんと上層部に話は通してあるのよ。そんなことにならないから安心して。万が一そんなことになったら、今度こそ魔女を廃業して、彼に着いて行くわ。」
結局のところ、リチャードはクラリスのその覚悟を持って上層部を脅したのだろう。この街の側の国境線は国の中で一番不安定だ。魔女がいなくなるのは大きな痛手なはずだ。
「とりあえず、私はリリを呼んでくるわ。あの子、ばら撒いた薬草、ちゃんと拾ったかしら。」
いくつになっても娘は娘である。リチャードは微笑んで、クラリスの背を撫ぜた。
エリオットの目に、魔女の家族が眩しく映った。
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