王子様は尾行する
エリオットは朝の清掃を終えた後、すぐに出かけた。
あの契約書にサインしたのは商会側はマックス、メリー、サマンサ、ニール。契約が撤回されれば、喜ぶことは必至だ。
レベッカ側はレベッカとリリとリチャード。両親は婚約破棄と商売に関することしかやりとりがない。リリとリチャードは第三者としてのサインだが、レベッカ側の人間と思っていいだろう。
エリオットはまず騎士団を訪れた。リチャードにアポイントを取るためだ。だが、折良く道中でリチャードを見つけた。騎士団の制服ではなく、私服を着て、大きな手提げ袋を持っていた。
よくある休日の中年男性の姿なのだが、人混みの中でよく気が付いたものだと自分でも思った。リチャードは方向としては西門へ向かっているようだった。
西門から続く森は、魔女の棲家。好機だと思った。
距離を取ってリチャードを尾行する。予想通り、森へと入って行く。方位磁針が磁場の影響で効かない土地だ。道という道もなく緑が茂る森は、どこもかしこも同じように見える。
その中をリチャードは迷いなく進んで行く。絶対に見失ってはならない。
ほどなくして、少し開けた場所に出た。魔女の家だ。意外と広い。空から見れば一発で見つかるだろう。
スージーはよく案内もなくここまで辿り着いたものだとエリオットは思った。それだけの執念があったのだ。心の中で、スージーに謝った。
家の前には自家菜園がある。そこで作業している女がいた。見覚えのある顔だ。リリだった。
後ろからひょっこりと女の子が顔を出す。
「あっ!リチャード!」
声に反応してリリも顔を上げたが、すぐに顰め面になる。
「アンタが誰か連れてくるなんて珍しいわね。貴族のお客さん?」
エリオットのことだ。リリは人影をエリオットと認識していないようだった。
「いやぁ、ひとりだよ。おかしいなぁ。」
リチャードはわざとらし過ぎるほどわざとらしく、後ろを振り向いた。
「おや、エリオット君じゃないか。どうしたんだい?こんなところに。魔女の秘薬をお求めかい?」
「ちょっと!余計なモノ連れてくるんじゃないわよ!あのクソ男じゃない!何を呑気にしてるのよ!」
リリは持っていた籠をかなぐり捨て、リチャードに向かって走った。
「ええ?もしかして、僕、尾行けられてたのかな?気付かなかったなぁ!」
リチャードのところに辿り着いたリリは、シャツを掴んで彼の首元を締め上げた。
「気付かなかったって、アンタ、それでも騎士なの!?しっかりしなさいよ!!」
「いやぁ、ぼかぁ、騎士とは名ばかりの事務職だよ!そっちの方はからっきしさ!」
騎士団でも貴族の割に気安さがあったが、ここでのリチャードは更に砕けている。エリオットは用件も忘れてポカンとしていた。
「アンタも!コイツにくっついてきて何しに来たのよ!アンタに売る薬なんて、ここには一滴も、一錠もないわよ!」
「ちょ、リリ、そろそろ、苦しい、から、離して」
リチャードがもがいている。
家の中から、トコトコと男の子と歩いてくる。その後を中年の、それにしては若く見える女が出てきた。リリの母だ。
「いらっしゃい、リチャード。あら、お客さま?」
リリとは似つかない、おっとりした話し方をする。
「や、やあ、クラリス。リリが、首を、ぐふっ!離して、くれない!たす、けて!」
リリの母はクラリスというらしい。この国では聞かない名前だ。魔女の祖国の名前なのかもしれない。
「リリ、お父さんを離してあげて。子どもたちも怖がっているわ。」
エリオットは子どもたちの顔を見たが、姉は呆れ、弟は状況が分からず指を咥えているだけだ。クラリスはかなり独特な人だった。
「こんの、クソオヤジ!母さんを頼るんじゃないッ!」
「リリ。」
リリは見ている側の目も回りそうなほどぐわんぐわんとリチャードを揺さぶっていたが、クラリスの一声でピタリと止めた。
「あ、あの。突然お邪魔して申し訳ありません。話を聞いていただきたく、お伺いに参りました。これ、つまらないものですが、どうぞ。」
エリオットは気を取り直して、クラリスにリチャードへの付け届けのつもりだった菓子折りを渡す。
「あらあら、ご丁寧にどうも。森を歩いてお疲れでしょう。中でお茶でも召し上がって。」
「母さん!ソイツ、家に入れちゃダメよ!人にひっついて来るなんてルール違反だわ!」
「あら、そんなことないわよ。どんな手段でも、とにかくここに辿り着いた者の話は聞いてあげるのが魔女の決まりよ。リチャードを尾行してくるなんて、目の付け所が違うわね。貴方、やるじゃない!」
何故かクラリスに褒められた。エリオットは頭をかいて、はあ、どうも、と間抜けた返答しか出来なかった。
「りちゃ〜、おみやげは〜?」
「今日は船のおもちゃを買ってきたよ。トマス君が持っていて、フィルも欲しかったんだろう?ダイアナにはうさぎのぬいぐるみだ!どうだ、大きくてかわいいだろ?」
確かにぬいぐるみは大きくて可愛いのだが、ダイアナは微妙な顔をしている。
「わたし、もうぬいぐるみってトシでもないわよ。」
「えー、お店の人のオススメだったんだけどなぁ!」
「お姫様みたいな服か、アクセサリーがよかったわ。」
「じゃあ、今度は一緒に買いに行こう。」
「ホント!?やった!!」
漁村の同年代の子とは比べ物にならないくらいしっかりしているダイアナにエリオットは感心していると、ぐい、と手を引っ張られた。
「おじさん、おうちはいろ?」
しっかりとフィリップと手をつなぐと、手招きするクラリスについて行き、家に入る。
リリは、それを驚愕の表現で見ていて、リチャードはそんなリリを見て大笑いしていた。
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