王子様とお姫様は手を取り合う
レベッカが午前中の作業を済ませて出かける支度をする。
「今日もお友だちになったおじいさんのところ?」
「そう。行ってくるわ。」
「行ってらっしゃい。気をつけてね。」
リンダに手を振り、家を出る。赤いポストにリリの鳥がとまっていた。
「クロちゃん、こんにちは。」
「カァ!」
リリと出会った頃の鳥と代替わりで、クロードという異国風の名前を付けられたカラスは、クロちゃんという愛称で呼ばれている。
脚には、リリからの手紙が付いていた。
「あら、クロちゃんじゃない。お水と御褒美をあげるからこちらにいらっしゃい。」
リンダが扉からクロードに声をかけると、カァと一声鳴いてリンダの方へ飛ぶ。とても賢い。手紙の返事も、リリから預かっている鳥笛で呼べば取りに来てくれる。
レベッカは、歩きながら手紙を開いた。内容に驚き、立ち止まってしまう。
『クソ男が来た。十年前の契約を見直して欲しいと言っている。とりあえず意味がわからないから追い返した。夜、子どもは親に預けて会いに行く。話は自分のところで止めておく。何か知っていたら事情を聞かせて欲しい。』
手紙を持つ手が震える。レベッカにも意味がさっぱり分からなかった。
周囲の視線も気に留めず、レベッカは七番街へと走り出した。
アパートメントの玄関に着くと、レベッカは上がった息を整えるために、三回深呼吸をした。
管理人室にはジョンがいた。
「レベッカさん、こんにちは。」
「こんにちは。エリオット、来てますか?」
「いや、まだだね。おや、いらっしゃい。奥方がお待ちかねだよ。」
エリオットが背後から現れた。レベッカは気配にビクリとする。
後ろを振り返ると、エリオットが変わらぬ笑みを湛えていた。何事もないかのような振る舞いだ。
「話があるの。」
「俺もだよ。でも、食事の後にしない?朝から歩き回ったから、お腹空いたよ。」
「ダメ、すぐに話がしたい。」
「まあまあ、落ち着きなさい。今日はサンドイッチだから、持って上がって部屋で食べればいい。ちょっと待ってくれ。」
二人の間に沈黙が流れる。トレーを受け取ったエリオットはジョンに礼を言うと、レベッカを促して階段を登る。レベッカは、怒っているような、泣きそうなような顔で後ろをついていった。
部屋に入り、トレーをテーブルに置いたエリオットは、レベッカを抱きしめようとしたが、レベッカは一歩下がって手を払った。
「座って。」
「……分かった。ただ、お茶だけ淹れさせて。」
頷きも返さず、レベッカは椅子に座る。
エリオットはティーカップを無言で置くと、向かいに座る。
「話って、何。もしかして、怒ってる?」
「しらばっくれないで。リリのところへ行ったでしょう。」
「行ったよ。もう知ってるの?早いな。」
「リリが鳥で手紙を飛ばしてくれたの。これよ。どういうこと?何で会いに行ったの?」
「いや、まさか、俺も本当に会えると思わなかったんだ。あそこ、方位磁針も効かないだろ?」
「そうじゃなくて!何でリリに会おうとしたの!?契約を見直すってどういうこと!?」
「契約を破棄するか、条項を改めれば、レベッカと一緒にいられるんじゃないかと思ったんだ。あそこにサインした全員の同意が得られれば出来る。とりあえず、最難関っぽい森の魔女から交渉しようと思ったんだ。」
「なんでっ、」
「レベッカに昨日言われて思ったんだ。やっぱり子どもを作るなら、ちゃんと父親として関わりたいって。今のままじゃそれは出来ない。でも、俺もレベッカとの子どもが欲しい。もしジョンさんが言ったような、駆け落ちをしたとしても、心から幸せとは思えない。そもそも、今から数日間の間に、子どもが出来るとは限らない。なら、ちゃんと、認められた夫婦になって、ちゃんと、祝福されて、子どもを授かった方が、絶対にいいんだ。」
エリオットは吹っ切れた顔をしている。レベッカにはもう彼が狂っているとしか思えなかった。
「おかしいわ、だって、ダメだったら、商会が!」
「あの時以上にひどいことになるね。潰れはしないだろうけど。」
「家は、大事じゃないの?」
「大事さ。それよりも大事にしたいものがあるだけだ。」
「たくさんの人を不幸にするかも。」
「レベッカが同意してくれるなら、そんなことにならないようにする。絶対にだ。」
レベッカは絶句した。本当にそんなことが出来るのだろうか。僅かに灯る希望の光は頼りない。
「どう?それが出来れば、今よりもっと幸せだよ。」
エリオットは右手を差し出してきた。この手を取って、外を堂々と歩きたい。レベッカはおずおずと手をエリオットの手に載せた。
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