王子様は撃ち抜かれる
「今日の奥さんは甘えん坊だな。どうしたの?」
「別に……したいからしてるだけ。」
「嬉しい。求められてるのが。」
エリオットはレベッカの額にキスをした。レベッカが顔を上げれば、唇に。抱きしめあって、口付けを繰り返す。
エリオットの手はレベッカの線をなぞるように、頭や肩、胸、背中、腰や尻を順繰りに撫で回す。レベッカは胎の底から迫り上がる熱を感じた。
レベッカもエリオットの形を覚えていたくて、真似をして手を動かすと、エリオットがビクリと跳ねた。
「……それはダメだ。止まれなくなる。」
「止まらなきゃいけないの?」
「それはそうだろ?子どもが出来てしまうかもしれないんだから。」
「エリオットとの子どもなら欲しいわ、私。」
エリオットはガバリと勢いよく起き上がる。
「本当にどうしたの?レベッカらしくない。」
レベッカは寝そべったまま、エリオットに手を伸ばして、熱の篭った瞳を向けた。エリオットは、その視線ひとつで、心も体も熱くなる。
「そんなことないわ。本心を言ってるだけよ。あなたの子どもが欲しい。」
「大変なことになるよ。本当に、子どもが出来て産んだとしても、君一人で育てることになる。子どもも父親がいないなんて可哀想だ。」
「リリだって、夫はいないけれどちゃんと子育て出来てるわ。子どもたちだって幸せそうよ。素直ないい子たちだもの。」
「周りには何て言う気?」
「好きな人の子どもが出来たから、産みたいって言うわ。真実だもの。」
エリオットはグッと喉を鳴らし、空色の瞳を瞼で隠して、己の熱を押し込めた。
「……とにかく、今日はダメだ。少し、考えさせて。」
「……分かった。」
「もう帰る?」
「そうね、そろそろ帰らなきゃ。」
「明日は会える?」
「お昼頃に来るわ。作業、進めなきゃ。」
「出発まで間に合うかな?」
「間に合わせるわ。」
「ありがとう。楽しみにしてる。」
エリオットは再びレベッカにキスを落として、頭を撫でた。
レベッカは、自分を慮りすぐに結論を出さなかったエリオットのことを、この人が夫で本当に良かったと、心底思っていた。
レベッカは帰宅して、夕食と風呂を済ますと、傍らにヘリオドールを置いて、メダリオンの型作りを始めた。
エリオットのために、エリオットを思い、作る。それはとても神聖な行為だった。レベッカにとっても、必要あることだと思えた。
太陽の光線を一筋一筋、丁寧に彫り込んで行く。エリオットの髪のように細く、美しく。
レベッカは、神話を思い出していた。
夜明けを告げる暁の女神は、夫である太陽神の輝きによってすぐにその身を隠される。
嫉妬深い太陽神は、美しい妻の暁の女神を深く愛していて、地上の人々の目に届かない自信の腕に収めてしまう。教会の祭壇には、東を背に太陽神と、腰に腕を回され寄り添う暁の女神の女神の彫像も置かれている。結婚式は、その彫像の前で誓いを立てるのだ。
暁の星の色は、望遠鏡で見ると、レベッカの瞳のような色をしている。レベッカも、エリオットの腕の中に隠れてしまいたかった。
誰の目も気にせず、ただ、一身にエリオットの愛を受け入れてみたかった。
レベッカは、暁の女神が羨ましかった。
エリオット滞在七日目。
グッドマン商会の本店は、粛々と開店準備を行っていた。
マイクとサムは休みだが、前日は遅くまで飲んでいたようなので、まだ夢の中だろう。
エリオットは自分から手伝いを申し出て、店の前の掃除をしていた。今日はロジャーも一緒だ。
窓を拭きながら、ロジャーがエリオットに話しかけた。
「最近、毎日昼は外で食べてるんだって?帰りが遅いこともあるようだけど、誰かに会ってるのかな?」
「あ、はい。すみません、皆、忙しいのに。マイクとサムさんに、申し訳ないです……。」
エリオットが尻すぼみに答える。ロジャーは苦笑いして否定した。
「怒ってるわけじゃないんだ。二人も、君には実家でゆっくりして欲しいと思ってる。まあ、肝心の君は、ここじゃゆっくり出来ていないようだけど。」
ロジャーが小さな声で話すのは、本店の他の者に会話を聞かれないようにするためだ。十年以上経った今でも、古参の従業員からはエリオットの不評が未だ消えずにいる。
「すみません……。」
「謝らないでくれ。マイクなんかは、君にようやく春が来たんじゃないかと喜んでるけどね。愛しのお姫様に会っているんだろう?」
「それは……そういうわけでは……」
「レベッカちゃんだろ?」
「え?」
「愛しのお姫様。どう?正解?」
「……違います。」
「違わないね。悲しいなぁ、慕ってくれる可愛い後輩に嘘をつかれてしまった。」
「ロジャーさん。」
エリオットは動きを止めてロジャーの方へ向いた。
「止まるなよ。怪しまれるぞ。ここにいるみんな、ウチの奥さんの手先だからね。」
「ロジャーさんは違うんですか。」
「違わないよ。ただ、俺には俺の考えがある。ボスに報告するかどうかは、俺が判断する。」
「いいんですか、そんなの。」
「うーん、怒られるだろうねぇ。離婚とか言われたら、俺、ショックで死んじゃうな。」
「なら、なんで!」
「声がでかい。後輩の恋路を応援するのに、理由なんてあるかい?」
「ありません。貴方はテレサの夫で、レベッカはテレサの親友だ。あいつが怒るようなことをわざわざ貴方がする理由がない。」
「奥さんはね、レベッカちゃんを守るのが生き甲斐なところあるから。」
「まあ、そうですね。そういうところはあります。」
エリオットは幼い頃を思い出した。エリオットがレベッカを侮辱すると、真っ先に怒るのはテレサだった。
「俺、レベッカちゃんと仕事に負け気味なんだ。息子は仕方ないにしても、俺、夫だよ?もっとこっちに目を向けて欲しいな〜なんて、思ってるんだよね。」
冗談めかしてロジャーが言う。半分は本心に聞こえるところが怖い。
「だから、是非とも頑張ってくれたまえ。恋は情熱と戦略だぜ、エリオットくん!」
ニヤリと笑い、バン!と人差し指を向けてエリオットの心臓辺りを撃ったあと、ロジャーは掃除用具を片付ける。エリオットは、撃たれた胸を右手で押さえた。
立ち上がったロジャーにハッとして、顔を上げる。
「ロジャーさん!ありがとうございます!」
ロジャーはエリオットを見ずに、ヒラヒラと片手を振りながら去っていった。
エリオットは暫し考え込み、撃たれた辺りのシャツを握る。
しかし、その衝撃は、胸ではなく、頭を撃たれたようだった。
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