王子様とお姫様は初々しい
「嬉しい……。こんなに幸せを感じたこと、今までなかった。初めてだ。」
エリオットはコツンと額を合わせてきた。レベッカも合わせて額を擦る。
「私も……。幸せ。好きな人に、愛されて。」
視線を交わせば、口付けをする。二人はひたすらそれを繰り返した。
コンコン、とノックの音がした。
「はい。」
「わたしだよ。昼の支度が出来たんだがね。遅いから迎えに来てしまったよ。下で待っているから、降りといで。」
「すみません、今行きます!」
二人は涙でぐちゃぐちゃになった顔を見合わせて笑った。
身支度を整えて、部屋を出る。手をつなぎ、階段を降りて行った。レベッカは途中、三階の、スージーの部屋だった場所を見る。気付いたエリオットはレベッカのつむじにキスを落として、握る手に軽く力を込めた。
「おや、仲良しだね。」
管理人室で待っていたジョンは、二人のつながった手を見てそう言った。エリオットは満面の笑みで頷いたが、レベッカは恥ずかしくて下を向いてしまった。
「食事をしながら話を聞かせてもらえるかい?それとも、二人だけの秘密にするかね?」
「いえ、聞いてください。」
エリオットははっきりとそう答えた。レベッカがパッとエリオットを仰ぎ見ると微笑んでいて、大丈夫だよ、とつぶやいた。
今日の昼はビーフシチューだった。今日も薔薇のモチーフのティーセットが用意されている。
「さあ、ゆうべの残り物で悪いが、食べてくれ。」
わざわざ二人のために多めに作っていたのだろう。ジョンの優しさに、二人は改めて頭が下がる思いだった。
「お庭のスケッチをさせていただいて、ありがとうございました。」
「いや、大したことじゃない。絵を描くのが趣味なのかい?」
「彼女は今人気のアクセサリーデザイナーなんです。作品のモチーフの参考にするそうですよ。」
「おお、そうなのか。デザイナーか。先生とお呼びした方がよろしいかな?」
ジョンはいたずらな笑みを浮かべた。
「そんな大袈裟なものじゃありません!」
レベッカは慌てて否定する。
「謙遜しなくていいんだよ。もし、ウチの花を使った作品を作ったら教えてくれ。娘たちと孫娘にプレゼントにするよ。」
「私が作るのは若い女の子向けなので、お孫さんはともかく娘さんには少し合わないかもしれません。」
「なんだ、残念だな。孫の分だけにしとくか。」
「そんなことないだろ、その落ち着いた色味を展開すれば、主婦層にも人気が出るよ。」
「そうかしら?それよりも、私からジョンさんにプレゼントさせてください。奥様の思い入れのあるお花とか、娘さんたちがお好きな色とか、教えていただければお作りします。」
「本当かい?先生に手間をかけさせて、申し訳ないなぁ。」
「もう!からかうのはやめてください、ジョンさん!」
ジョンは大笑いした。
「レベッカさんはすぐ真っ赤になるからからかいがいがあるねえ。」
「ジョンさん、それは俺の専売特許ですよ。やめてください!」
「エリオット!おかしなこといわないで!」
「ははは、久々にこんなに大笑いしたな。いや、しかし、そんなものお願いしていいのかい?」
「今は急ぎの仕事がありますから、少し時間をいただきますが、それでもよければ是非作らせてください。」
「八月にね、妻の命日があるから。その日は全員集まるんで、それまでに作れたりするかい?」
「その頃なら大丈夫です。これくらいしかお礼ができなくて、すみません。」
「こちらこそ、さっきはクッキー美味しかったよ。お母様にお礼を伝えておいてくれ。」
「はい。今度は私も作ります。その時はまた持ってきますね。」
「俺もレベッカの作ったクッキー食べたいな。」
「エリオットの分も持ってくるわ。」
「やった!楽しみが増えたな。」
ジョンは声を出して笑った。
「初々しい恋人同士という雰囲気だね。きちんと話し合えたかい?」
「はい。仮初めですが、夫婦になりました。」
ジョンは驚いた顔をして、そうか、とつぶやいた。
「幸せな思い出は孤独を深める。それは、分かっているね?」
「はい。覚悟の上です。」
「レベッカさんもかね?」
「はい。分かっています。」
「仮初め、の部分は外せないのかな?」
「難しいと思います。私にとっては家業の存続が掛かっていますし、何より彼女の周りの人たちが許してくれるとは思えません。」
「小説のように、駆け落ちや攫っていくなんてどうだい。」
ジョンは思い切ったことを言う。チラリと本棚の方を見れば、亡くなった妻の者と思われるロマンス小説のタイトルがあった。ジョンも読んだのかもしれない。
「彼女は両親や友人とも関係は良好です。それにひびを入れて彼女を悲しませるのは本意ではありません。」
「レベッカさんはどう思っているんだい?」
「私は……私も同じです。私と彼のことは周囲を巻き込みすぎます。諦めるしかないと……思っています。五日後には、彼は支店に戻らなければなりません。離れ難いですが……。」
俯いたレベッカをエリオットは心配そうに見ていた。
「こんなに幸せそうなのに、別れが決まっているなんて悲しいねぇ。」
ジョンは窓の外を見た。彼の妻が植えた庭の草花は、太陽を浴びて輝いている。二人はジョンに対して申し訳ない気持ちになった。
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