お姫様の嘘
エリオット滞在五日目。
レベッカは、朝食の時に今日も外出することを母のリンダに伝えた。
「今日も午前中はスケッチに行ってくる。お昼ご飯、いらないから。」
「あら、今日も?」
「ここんとこ毎日出掛けてるようだけど、誰かに会ってるのか?」
父のジェフは時々鋭い。
「あ、えと、うん。」
隠し事に罪悪感を覚えて、つい肯定してしまった。
「男の人?」
リンダが嬉しそうな顔で問う。娘にやっと春がきたと期待している顔だ。
「そうだけど、おじいさんよ。最近。知り合ったの。お庭が素敵で。花をスケッチさせてもらってるの。その代わりに、ご飯を一緒に食べて、話し相手になってくれって言われて。奥様を亡くされてるからおひとりなの。珍しい花を育ててらっしゃって、それがいつ花開くか分からないの。だから、多分、それまでは、おじいさんのところでお昼をいただくと思うわ!」
まともに嘘をついたことがないレベッカは、リリの「少しの真実を織り交ぜる」という言葉を思い出した。ジョンに心の中で謝りながらも、きっと許してくれるだろうとは思っていた。
「あら、そんなご迷惑を!一度、ご挨拶に伺わなきゃ。」
「こ、子どもじゃないんだからやめて!ちゃんとお礼はするわよ!」
「そうだよ、お母さん。なんにせよ、引きこもりのレベッカの世界が広がるのはいいことだ。おとしよりの一人暮らしじゃ、ご不便もあるだろうから、力になってあげるんだぞ。」
「はい、お父さん。」
「なら、そうだわ、あれ!昨日、クッキーを焼いたのよ。空いてる缶につめて、持って行きなさい。」
「そうするわ。ありがとう、お母さん。」
果たして毎日の外出が親公認になったレベッカは、大人なので許可などいらないのだが、大急ぎで鞄に荷物を詰めて、予定より早く家を出た。愛用のスケッチブックは鞄に収まる大きさなので、怪しまれたりはしないだろう。
レベッカは一度広場に寄って、ジョンを探す。
ジョンはすぐに気付いた。チェックメイトの後の講評中のようだ。
「おや、レベッカさん。おはよう。随分と早いね。」
「あ、あの!あっ、おはようございます!すみません、今からお庭のお花をスケッチさせていただいてもいいですか?」
ジェフが興味深げにしていたので、絵を見せろと言われるかもしれない。レベッカはアリバイ作りをしたかった。
ジョンは一昨日と同じ場所で同じ友人とチェスをしていた。他にも同じようにチェスをしている者、ベンチに腰掛けて紫煙をくゆらしお喋りに興じているもの、新聞を読んでいる者、それぞれが朝の時間を楽しんでいる。
「あちらの門扉に鍵はないからね。いいけども。」
「め、珍しい花なんて、ありますか?」
「あるにはあるけどね。まだ咲いてないよ。アジサイは知ってるかい?東の方の花らしいんだが、いや、花じゃないのか。妻の蘊蓄を聞いたんだが、忘れてしまったな。とにかく雨が多くならないとね。咲かない花なんだよ。」
「そ、そうなんですか。よかった。」
レベッカはホッとした。
「まあ、よく分からんけども、庭は自由に使いなさい。」
「ありがとうございます!あの、これ、後でお渡しするつもりだったんですけど、良かったらお友だちの方と召し上がってください。母が焼いたクッキーです。」
「ああ、ありがとう、お嬢さん!頭を使うから甘い物が欲しかったんだ。」
ジョンの友人がクッキーの缶を受け取った。
「なんでお前が受け取るんだ。」
「いいじゃないか。ワシも食べていいって言っとっただろ。」
「いつまで経っても食い意地の張った図々しい奴だな。ありがたくいただくよ。じゃあ、また後で。」
「はい、また後で。」
時刻は午前九時四十五分。エリオットが来るのは十一時だ。
レベッカはぺこりと頭を下げて急いでジョンの家の庭に向かった。スケッチはさっさと終わらせて、部屋で待っていたい。今日は、レベッカが先に待っていたいと思っていた。
昨日、一晩考えた。エリオットがレベッカに望むこと。コロコロと変わる言葉と態度と感情に振り回されているが、本心が知りたかった。
二十年経っても後悔を背負っているジョンのようにはなって欲しくない。レベッカはもう、エリオットを憎んではいない。それだけの時間が経った。後は、自分が勇気を出すだけだ。
今日は、レベッカがエリオットを出迎えたい。家族のように。
ジョンの思い出話の後に改めて見る庭は、美しいだけではなかった。ここにはジョンの妻の、怒りと、悲しみと、喜びが植えられている。
目についた花をいくつかスケッチしていく。風景画ではなく、花そのものの作りをよく観察して描く。ジェフもレベッカも、自然界のものをアレンジしてデザインに取り入れていた。
アーチに絡まる薔薇の蔦、花開く前の蕾、満開の花、さりげなく添えられた小さな小花、緑の美しさ。この庭は全て、ジョンとその妻の思いで出来ている。どんな喧嘩のときに贈られた花か、これを贈られてどんな風に思ったのか、レベッカは想像を巡らせる。
途中から雑念が消えて、ひたすら描いていた。数ページが埋まったところでハッと我に返ると十時半を過ぎていた。
急いで正面玄関側に回って、階段を駆け上る。部屋にはまだ鍵が掛かっていたので、レベッカは安心した。
扉を開けると、そこはただ静かな部屋だった。あの時と同じだ。南向きなので、日差しはよく入る。
昨日そのままにしていたグラスを洗って、水を飲み、一息つく。腕時計は見ない。期待しているのが体から漏れてエリオットにばれてしまうのは恥ずかしかった。
扉の開く音がした。テーブルには筆記用具とスケッチブックを広げて、隅にデザインもいくつか書き込んである。体裁は整ったはずだ。
玄関の方を見る。エリオットが立っていた。彼の表情は喜びにあふれている。
レベッカは努めて当たり前のように振る舞った。
「おはよう、エリオット。」
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