王子様のクラフトワーク
二人の時間。
よろしくお願いします。
時刻は午後一時半。今日は二人きりで過ごせるのは一時間。
二人は会話をせずに階段を少し離れて上がる。エリオットが扉を開けて、レベッカを先に入らせた。
同じ間取りで作られた部屋は、レベッカにあの日の記憶を蘇らせた。死んだように眠るエリオットの冷たさが、指先に戻ってくるようだった。
ガチャリと後ろで音がする。エリオットが扉に鍵をかけた。
エリオットは立ちすくむレベッカを後ろから抱きしめた。
「今日は来ないかと思った。」
耳元で喋らないで欲しいとレベッカは思った。かかる息のくすぐったさにゾワゾワして肩を揺らすと、エリオットは首筋に口付けをした。レベッカは驚いて思わず声を漏らした。
「んっ!」
「あ、ごめん。つい。」
つい、なんなのだ。こうしたことに手慣れたエリオットに苛立ちが募る。
「離して。歩けないわ。」
エリオットは素直に腕を下ろしたが、横に並ぶと今度は腰に手を回して来た。レベッカが睨み上げると微笑み返されてしまった。
「さっき、換気のために窓を開けたんだ。閉めてくるから、座って待ってて。」
ポツンと置かれたダイニングセットがあった。向かい合って置かれている椅子になぜだか安堵して、レベッカは大人しく座った。
窓を閉めるエリオットを目で追う。寝室の、白いマットレスが目に入り、ドキリとするが、窓を閉め終わったエリオットが扉を閉めたので、レベッカはすぐに動揺を振り払った。
「お茶、飲む?」
エリオットが尋ねる。
「今はいいわ。」
レベッカが答える。エリオットはレベッカの正面に腰を下ろした。
「なんだか、向かい合ってるの、新鮮だね。」
「そうね。」
「今日は何時まで平気?」
「三時くらいかしら。毎日遅いと不審がられるから。」
「そうだよね……俺も三時には店に戻ろうと思ってる。」
「分かったわ。」
「思ったより、余り一緒にいられないな。」
「……そうね。」
同意するべきか悩んだが、揉めるのも嫌なので、レベッカは一言に留めた。
「昨日はレベッカの予定を聞き忘れて焦った。会えて嬉しい。」
エリオットは手を伸ばしてレベッカの頬に触れる。レベッカは頬に熱が集まるのが分かった。エリオットに知られたくなくて、頬に添えられた手を掴んで下ろした。
「仕事があるから、毎日は来られないと思う。」
レベッカは普段そんなに外出しない。打ち合わせと個人的な買い物と、たまにモチーフ探しに公園へスケッチに行く程度だ。毎日出かけていたら家族に怪しまれるかもしれないと思っていた。
「そうだよな。チャームも頼んじゃったし。」
そういうことにしておけば良かった。持って来た物を思い出して、レベッカは手を離した。
「もしエリオットが来てなかったらここで作業しようと思ってたの。タッセルならどこでも出来るから。ボリュームとか長さとか、希望があれば教えて欲しいわ。」
レベッカは鞄から仕事道具を取り出す。これが、甘い雰囲気を消すための誤魔化しなのがエリオットにも伝わったのか、笑っていた。
「レベッカが仕事してるところを見られるのか、嬉しいよ。」
「なんでも嬉しいのね。」
レベッカは訝しげな顔でエリオットを見た。机に肘をつけ、組んだ手に顎を乗せて、エリオットは微笑む。
「嬉しいさ。普段のレベッカを知ることが出来る。」
エリオットの素直さに居た堪れなくなって、レベッカは下を向いて作業を始めた。
「細めで、少し長いのがいいな。広がらない感じで。」
「そういうのだと、紐じゃない方が良かったわね。」
「そうなの?」
「一枚の革に切り離さないで切り目を入れていって巻くのよ。そっちの方がいいならあとで買って帰るわ。どうする?」
「いや、いいよ。このままで。」
「そう?なら、なるべく真っ直ぐになるように作るわ。」
くるくると革紐を薄い板に巻きつける。一度テーブルに置いて、指を乗せた。長さを決めるためだ。
「これくらい?」
「ちょっと長過ぎかも。これくらいがいいな。」
エリオットがレベッカの人差し指の横に指を置く。レベッカはいちいち反応してしまう自分が悔しかった。
「ここから、こっちを頭にしてまとめて、揃えるのに先を少し切るわ。ちょっと待ってて。」
レベッカは切ってあった革紐を板に通してまとめ上げ、頭を括る。下になる方の輪を切り、長さを揃えていく。
「こんなものでどう?」
「いいと思う。俺にも出来るかな?」
「やってみたいの?」
「レベッカの分のタッセル、俺が作りたい。」
「いいけど……ちょっとキリのいいところまでやらせて。金具つけなくちゃ。」
レベッカは革紐を片づけ、金具を出して作業を再開した。エリオットは黙々と集中して作業するレベッカを見つめていた。
「器用だね。」
「練習の成果よ。売り場に並ぶのはもっと上手な職人さんに作ってもらってるから、本当はそっちの方がいいと思うのだけど。」
「レベッカが手ずから作るのがいいんだ。」
「分かってるわ。はい、出来た。」
「これだけでもかわいいね。小さくしたらイヤリングにも向いてそう。」
「そうね。秋冬物に作ってみようかしら。」
「夏に海っぽい素材なんてどう?」
「いいわね。貝殻とかのモチーフなんてかわいいだろうし。」
「貝殻自体はどうかな。仲良くなった漁村の子どもたちが、磨いた貝殻に穴を開けて紐を通して首から下げてたよ。」
「そうなの?形がよければ、それもいいわね。商品にするにはコーティングしないといけないけど。」
「子どもたちが使うのは砂浜で拾ったやつだけど、ウチで作った魚介の加工工場で出る廃棄物に分厚い貝殻があるんだ。それもちゃんと研磨すると光沢があって綺麗だよ。」
「マザーオブパール?」
「真珠は取れないけど、そんなやつ。いや、たまに出てくるって言ってたな。漁師の奥さん方が集めて手作りのネックレスにしてるみたいだよ。工場で出た分はみんなどうしてるんだろ?まあ、天然物は形が歪だし、宝石用の真珠貝じゃないからウチで扱うような商品にはならないし、今まで通りでいいんだけど。貝殻は、ボタンに加工しようってロジャーさんに提案されたから、それもこれから考えなきゃな。」
ひとりごとのようにエリオットが語った。ロジャーはその土地の日常の何でもないところから売れる物を見つけるのが上手い。皆に尊敬されている所以だ。
レベッカは話を聞きながら、自分の分の革紐を用意した。
「はい、これ。やってみて。」
エリオットは頷くと特に質問もなく、レベッカのしていた通りにタッセルを作り出した。
「器用ね。」
「そう?」
「上手いわ。エリオットは昔から飲み込みが早いものね。羨ましかったわ。」
「知らなかった。でも、ただの器用貧乏だよ。」
「謙遜は嫌味よ。」
「それは失礼。」
エリオットはそんなことを思ってなさそうな顔で笑っている。レベッカもつられて笑ってしまった。
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