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顔だけ男は眠り姫の呪いをかけられる  作者: 里和ささみ


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大家の思い出

ジョンじいさん75歳。

52歳と47歳の娘に、エリオットとレベッカ世代の孫が五人いる。

奥さんは年上女房。


よろしくお願いします。

エリオットは十二時前に切りの良いところまで仕事を終わらせた。本店の一室を支店の者で使わせてもらっているのだが、マイクもサムも外回りに出ていて、部屋にはエリオット一人だ。


咎める者もいないので、二人がいたところで何か言うとも思えないが、早めに休憩に入ることにした。午後三時に二人が戻ると聞いていたので、それまでには店に戻るつもりだ。


早足で歩いて七番街のジョンのアパートメントに向かう。


ジョンの家の玄関からではなく正面玄関から入ると、懐かしいアパートメントの景色があった。管理人室にはジョンが待っていた。足音に気付き、部屋から出てくる。


「やあ。よく来たね。レベッカさんはまだだよ。」


「昨日はどうもありがとうございました。今日は約束していないので、彼女は来ないかもしれません。」


「少し待って来なければ、食事を始めてしまおう。男二人で語り合うのも悪くないさ。その前に、悪いがこれを運んでくれないか?家具が古くなったからね、メンテナンスしようと思って、大工仕事が得意な友人に頼んで一緒に降ろして来たんだ。ニスが乾いたんで戻そうと思ったんだが、流石にテーブルを持って階段を登るのがどうにも怖くてね。頼んでもいいかい?」


管理人室に戻って、二人掛けのダイニングセットを出してきた。


「お安い御用です。」


「部屋には食器棚はあるが食器がないから、いくつか持って行こう。水道も火も使えるようにしておいたから、自由に使ってくれ。」


二人は共同玄関の中央にある階段から空っぽになっていた部屋に家具を運び込んだ。中はロの字に部屋が配置されており、スージーの部屋は三階の北向きだったが、案内された部屋は最上階の五階で南向きの部屋だった。日差しが入って温かい。


部屋には備え付けの食器棚と、寝室にはマットレスだけになったベッドが置いてある。ダイニングセットを運び込んだので座る場所は出来たが、広場のベンチのように横に並んで座ることは出来ない。再会してから、二人が視線を合わせたのは数えるほどだ。これからは、正面から向かい合わなければならない。


往復して二度目に部屋へ上がって来た。ジョンと二人で、換気のために窓も扉も全て開け放った。エリオットはダイニングキッチンの窓を開けながら横目で寝室を見た。ベッドが気になるのは、決してやましい気持ちではないと自分に言い聞かせる。


「うちはどの部屋も作りが同じなんだ。気になるかい?」


ジョンが寝室から出てきた。エリオットが薬を盛られて眠りについたことを思い出したのではないかと考えているようだ。


「……ええ。過去の自分の愚かさを思い出しました。」


「そうだな。我々男は愚かだ。真実も、自分に都合のいいように捻じ曲げる。わたしたちはそれに気付けただけでも、一歩前進しとるよ。」


「はい。そうだと思いたいです。」


窓は後で閉めることにして、二人は階段を降りた。時刻は十二時四十分。思いの外、時間が過ぎていた。


管理人室の前にレベッカが待っていた。


「こんにちは。昨日はお世話になりました。」


「いや、いいんだよ。待たせてしまったかな?」


「いえ。裏からも声をかけたんですけど、お返事がなかったのでどうしようかと思っていたんです。上にいらしたんですね。」


「ちょっとね、彼に力仕事をお願いしたんだよ。さあ、食事にしよう。」


三人は昨日のように庭ではなく、ジョンの家のダイニングで食事をした。部屋の中は物が少なく、美しく整えられているが、開けた窓から入る心地よい風はむしろ物悲しさを助長する。


「昨日も思ったんですけど、素敵な食器ですね。」


レベッカはティーカップを手に取った。薔薇の絵付けが施された磁器はとても華やかだ。素朴な木のテーブルには白いレースに縁取られたピンクのクロスがかけられ、ここだけ見れば貴族のティータイムのようだ。


「妻がね。薔薇が好きだったんだ。庭にもあるだろう?このレースも妻が編んだんだ。お茶の時くらい、優雅な気分に浸りたいと言って。素人仕事だがね。久々に引っ張り出してみたが、無事なものだな。」


よく見ると布地も薔薇模様の織りだ。レベッカは、ジョンの妻がどういう人なのかを想像した。しかし、乙女のような人だったのかと思えば、そうでもないらしい。


「奥様はどんな方だったんですか?」


「気が強くてねぇ、こんな少女趣味のモノに興味を持つような女には見えなかった。まあ、でも、それが彼女の可愛らしいところだったね。農家の娘で、出稼ぎに来てこのアパートに住んでいたんだ。周囲にはしっかり者と評判だったが、家ではわたしも娘もうっかり者と言っていたよ。喜怒哀楽が激しくてすぐに怒るし泣くが、嬉しい時や楽しい時も本当に幸せそうに笑うんだ。」


ジョンは懐かしむように微笑んだ。妻の笑顔を思い出しているのだろう。哀しげに見えて、二人の胸がチクリと痛む。


「喧嘩もたくさんしたが、妻が喜ぶのが嬉しくて、喧嘩の後はよく花を買って帰った。薔薇だけじゃなく、植物を育てるのが好きだったから。切花ではなくて鉢植えさ。ダメになったのもあるが、彼女は生き残ったどの花がなんの喧嘩をしたときにもらったのか全部覚えていた。同じことで喧嘩になると、庭に連れて行かれて花を見せられて、前はこうして謝ったんだぞ、と脅されるんだよ。あの頃は昔のことを掘り返してと腹が立ったもんだが、彼女は全て覚えていてくれたんだなと思うと、今頃になって自分の学習能力のなさに頭が痛い。」


ジョンは紅茶を一口含むと、エリオットとレベッカの顔を順に真っ直ぐに見た。


「さあ、食事は終わりだ。時間がないんだ。後悔なきよう、しっかりとお互いに向き合いなさい。」


そう言って、二人を空き部屋へ送り出した。



お読みいただきありがとうございました。

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