王子様は商談中
支店メンバーはみんなエリオットの保護者気分です。
よろしくお願いします。
エリオット滞在四日目。
エリオットは今日は事務仕事だけだった。そもそも、今回の帰省はエリオットの住む沿岸部で漁れる魚介を加工した缶詰を軍の備蓄に入れる話を詰めにきたのだった。
マイクとサムが担当であって、エリオットは部署が違うので本来は同行する必要もないのだが、支店長がたまにはエリオットを実家でゆっくりさせたいと、彼も連れて行くことを提案してきた。エリオットは支店長の本心は知らず、このことはマイクとサムのみに伝えられている。
二人は本店に来たついでに、領主の元へ災害備蓄用に売り込みに行ったり、店頭で試食をさせて一般に販売したり、他の領地から来ている商人に取引を取り付けたり、やることがあった。
エリオットの仕事は各所に提出する納品に関する書類書きや費用の計算が主で、実際にはほとんど仕事がない。支店ではメリーのことで逃げるように仕事に没頭していた日々だった。エリオットは、今回の同行の意味を察していた。
誰かが自分を心配してくれていると思うと、ありがたさと申し訳なさを感じる。なのに、どこかで、ありがた迷惑だと思っていた。支店での休暇ならもう少し素直に受け取れたかもしれないが、ここは本店だ。実家とはいえ、エリオットにとっては居心地の悪い場所になっていた。
早くレベッカに会いたい。
昨日は、今日の予定を聞きそびれてしまった。彼女が来るかどうかも分からない。
来なかったとしても、ジョンとの昼食には行くつもりだ。彼と話せば、今後、自分がどうするべきか、見えてくるかもしれない。もしくは、覚悟が出来るかもしれない。エリオットはそう考えていた。
二日目の午前中、久々にこの街の騎士団を訪れたエリオットは複雑な気持ちを抱いていた。通された部屋は、あの日の景色そのままに、変化がない。
リチャードは異動もせずに、今も兵站長の地位に着いていた。
「やあ、お久しぶりですね。お元気でしたか?」
相変わらず、貴族とは思えない気安さでエリオットに話しかけた。見知らぬ人が見ても余り健康そうには見えないエリオットなのに、わざわざ元気かなどと尋ねてくるリチャードが、やはり貴族なのだと皆に思わせる。
「ご無沙汰しております。なんとかやっております。リチャード様もご健勝の様子で何よりです。またお会い出来て嬉しく思います。」
「いやぁ、ここでの暮らしも長くなりましてね。すっかり慣れてしまって、離れ難いんですよ。」
「いやいや、ご家族と離れてお寂しいでしょう。リチャード様のような優秀な方を要所から外せないのは分かりますが。」
マイクがいつものようにおべんちゃらを言う。リチャードも満更ではないようだ。
「妻も王都で好きにやってるようでね。たまに帰っても邪険に扱われるばかりです。息子たちも、知らぬ間に大きくなって、二人とも騎士団に入って働いておりますよ。」
貴族の家庭事情は平民とは違う。リチャードは政略結婚で、妻を愛しているわけではない。同格の、武門で知られる男爵家に婿入りしたリチャードは、家にとって種馬のようなものだ。子を成せば、それ以上の用はない。妻も他の貴族の奥方同様、心の安らぎは愛人を作ることで埋めている。
子どもたちも貴族の家庭とはそういうものだと思って育っているので、父を恋しがる様子を見せたことがない。健在な義父が父親代わりのようなものだ。矮小たる領地も、現地の管理人が筒がなく運営している。リチャードがこの街に留まっていても問題がなかった。
そこからの話はスムーズに進んだ。事前交渉は済んでいるので、今日は契約書にサインするくらいのものだ。今回はこの街の駐屯地のためだけでなく、騎士団全体との取り引きだ。王都へ行くべきところをこの屯所で済ませられるのは、リチャードが本部からも信頼が厚く、重用されている証明に他ならない。
「ありがとうございます。では、初回分を納品いたしますので、また来月お伺いいたします。他の騎士団駐屯地へも、順次納品しに回りますので、納入の目処がつき次第、後日、こちらからご連絡させていただきます。」
「お待ちしておりますよ。君も来月来てもらえるのかな?」
リチャードが唐突にエリオットに話を振ってきた。
「いえ、私は担当ではないので……」
「今日はどうして?」
「彼は以前、この商品の生産工場のある漁村に出入りしておりまして、工場の立ち上げに関わっておりました。現地の者にも好かれていまして、彼がいなければこの商品も出来なかったと思っております。彼がこの場に立ち会ってもらえれば村の者たちにも喜ばれるだろうと、私が同席を願いました。」
今回の責任者であるサムが説明した。確かにエリオットは工場の立ち上げメンバーの一人だが、彼を好いて慕っているのは主に村の子どもたちだ。エリオットは担当を外れた今も、たまに子どもの遊び相手になりに個人的に村を訪れている。
「なるほど、そうだったのですか。素晴らしい仕事をしましたね!以前の君からは想像も出来ません。てっきり支店でも女性が喜ぶような綺羅綺羅しい物だけを売っていると思っていましたよ!」
苦々しく思ったのはエリオットだけではない。マイクとサムはエリオットを可愛がっている。おくびにも出さないが、リチャードの発言に二人は腹を立てた。
「ありがとうございます。国防の一助になれたのなら、幸いです。村の子どもたちも、騎士の皆様には憧れておりますから。」
エリオットは上手く感情を隠して礼を言った。元々、怒りを受け流すのには長けている。メリーの教育は、仕事の面では非常に役に立った。
「はは、それは嬉しいことだ。これからもグッドマンさんとよい取り引きをしていきたいと思っています。頼みますよ、エリオット君。」
リチャードは責任者のサムではなくエリオットを名指しした。相変わらず親切を装うのが上手い。これは忠告なのか、警告なのか。恐らく後者であろう。
「はい。こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします。」
エリオットは胸に手を当てて一礼して退室した。
頼みますよ、というリチャードの言葉を踏み躙るように力強く一歩を踏み出し、広場へ急いだ。早く、レベッカの顔が見たかった。
サム 38歳 愛妻家 ロジャーの師匠 15歳息子と10歳娘持ち 娘がエリオットに憧れてて複雑
マイク 33才 自他共に認める恐妻家 8歳息子と6歳息子持ち 嫁にはウチには息子が三人いると言われている
お読みいただきありがとうございました!




