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顔だけ男は眠り姫の呪いをかけられる  作者: 里和ささみ


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42/90

大家の事情

突然の大家。

よろしくお願いします。

「そういえば、石は持ってきたの?」


気まずくなって、レベッカは話を変えた。


「ああ、これ。」


ベルベットの小さい巾着袋が二つ。


「中、見て。」


中身はどちらも何も磨かれていない。本当にただの原石だった。


「これなら、試作のものより石を大きく取れるわね。カボションカットでいいんでしょう?」


「任せるよ。」


「タッセルは革紐にしようと思うの。男の人が付けてもおかしくないし、糸と違ってどこかに引っ掛けたり、ほつれにくいから、長持ちするだろうし。」


「空色はある?」


「あるわ。さっき買ってきた。ヘーゼルも。どう?」


鞄から革紐を出して見せた。エリオットはヘーゼルの紐を手に取って指で撫でる。


「これでいい。」


「カットは朝テレサの家に寄ってお願いしてきた。帰りに石を渡してくるわ。寸法はこれくらい。」


次はデザイン画を手渡す。レベッカが持つ予定のヘリオドールに合わせて、放射線がより太陽の光のように見える意匠だ。


「もうここまでやってくれたの。」


「時間がないでしょ。」


「そうだね。」


「渡すのはギリギリの十日後になるわ。いい?」


「いいよ。最後の日は、朝一番にここを発つから。」


エリオットが慈しむような表情でデザイン画を見ていた。


「オーダーメイドは初めてだわ。プレゼントは作ったりするけれど。」


「本当?ありがとう。無理を言ってごめん。」


「もういいわ。これきりよ。」


「今日は、時間は?」


「夕方までに帰れれば。」


「じゃあ、少し歩かないか?」


「どこへ行くの?」


「どこにも。ただ、ここの辺りをフラフラ歩くだけさ。」


昼間の七番街なら、知り合いには遭遇しないだろう。さっきのように、自分たちのことを知らない者ばかりだ。


「七番街からは出ないわよ。」


「そのつもりだよ。いこう。」


エリオットは立ち上がり、レベッカに手を差し出した。手を重ねれば、それからその手が離れることはなかった。


念には念を入れて、二人は裏通りを歩いた。表通りはアパートメントの玄関になっているが、裏通りは細い路地だが、アパートメントの一階に住む大家の小さな庭が向かい合って並ぶ。


この街は、南に領主の館、北に騎士団屯所が置かれ、通りは東西南北にに走っている。領主館から東西の道で大きく区間を分け、順番に一番街から十番街に分かれる。


一番街から二番街が役所や警察のある官公庁街、三番街から四番街が高級住宅街、五番街から六番街が商業地域、七番街が一人暮らし向けのアパートメントがある住宅街、八番街はファミリー層が住む住宅街、九番街が職人の住む工業地域、十番街は騎士団寮がある。


基本的に北へ進むにつれ、庶民的な雰囲気だが、この領は北部に度々問題の起こる国境線があるので、十番街と騎士団の近辺は物々しい雰囲気を醸し出している。


二人は南北に走る大通りと交差する場所は避け、路地裏をのんびりと歩いた。


今の時期のような春の時期は、それぞれの庭の草花が色鮮やかで美しい。東西に道が走るお陰でどこも日当たりが良く、老後の趣味をガーデニングにする者が多かった。


エリオットが突然、立ち止まる。スージーが住んでいたアパートメントの裏手に来ていた。こちらからは見えないが、エリオットが眠っていた北側の部屋の方を見つめている。


レベッカはいじわるをしたくなった。


「スージーさんのこと考えてるの?」


「……いや、レベッカのことだよ。」


エリオットはレベッカのつむじにキスをした。この行為がどうやらお気に入りのようだ。


だが、レベッカは誤魔化された気がしてムキになる。


「嘘ね。」


「嘘じゃないさ。」


「なら、何を考えてたのか教えてよ。」


「……あの晩、あんなことがなかったら、俺たちは予定通り、結婚してたのかなって考えてたんだ。」


「そうなっていたら、私は今頃、不幸のどん底だったわね。」


「そっか。そうだよね。」


エリオットは落ち込んだ、のかもしれないが、ここぞとばかりにレベッカに甘える。レベッカの頭にまた顔を埋めた。


ガチャリと扉が開く音がする。


「おや、おふたりさん。仲直りは済んだようだね。」


二人は居直して、ペコリと同時に頭を軽く下げた。


「良かったら、お茶に付き合ってくれんかね。ほら、そこから入っておいで。」


薔薇のアーチがある門扉を指差して、大家のジョンは有無を言わさず二人を招き入れる。


小さな庭の中央に鋳物のガーデンテーブルと、揃いのチェアが四脚置かれていた。


「今、君らの分を持ってくるから、ちょっと待ってておくれ。」


二人は素直に椅子に腰掛けた。大人しく待っているとジョンはすぐに戻ってきた。トレーにはティーセットとサンドイッチの載った皿が置かれている。エリオットはジョンに駆け寄ってトレーを受け取った。


「あり合わせで悪いけど、良かったら食べてくれ。」


レベッカも配膳を手伝い、二人は改めて腰をかけた。


ジョンが空いた椅子を一瞥した。


「一人暮らしなもんでね。他の奴らは、家で奥さんが待っているから昼になると帰るんだ。わたしも一度家へ帰って、またあそこに戻って持参した茶と軽食で昼を済ますんだよ。家にいてもね。話し相手もいないから。あそこの木をねぐらにする小鳥が友だちさ。パン屑目当ての友だちだがね。三日前に君らがベンチにいるのを見かけて、なんだか広場に入りづらくって。昨日もいたもんだから、今日は遠慮してうちにいたんだよ。」


「そうなんですか。それは申し訳ないことをしました。」


エリオットが謝罪する。ジョンにはもっと謝るべきことがあるが、ここで蒸し返しては面倒なことになるので、気付かれるまでは話に触れないつもりでいた。レベッカもそれを察していた。


「まあ、誰のものって場所でもないから、謝ってもらう必要はないよ。奥さんたちは奥さんたちで、朝の市場帰りに別の場所に集まって井戸端会議してるんだ。男どもはやることがないから、庭いじりしたあとにあそこに集まるんだよ。午前中は半分日陰になってるからいい場所とは言えないけど。この辺のいい場所は女の人たちが使ってるから。」


ジョンは言い終えるとサンドイッチを食む。それに倣って二人も食事を始めた。オムレツとベーコン、レタスにスライスオニオンが挟まっている。味付けはオーロラソースだ。


「これ、美味しいです。」


レベッカは感心した。ジョンの世代の男性で自分で家事をやる者は少ない。オムレツの柔らかさといい、ベーコンの焼き具合といい、料理に手慣れた印象を受けた。出された紅茶もなかなか美味だ。香りからして高い茶葉ではなさそうだが、淹れ方が上手いのだろう。


一人暮らしと言ったが、庭は美しく整えられている。思えば、アパートメントの共同スペースや廊下も掃除が行き届いていた。ジョンの丁寧な暮らしぶりが伺える。


「二十年前にね、妻を病気で亡くして。それ以来、自分で料理してるんだ。家事なんて、やったことなかったけどね。掃除も四角いところを丸く掃いて、よく怒られたもんさ。でも、家事は凝り出すと奥が深いよ。今では趣味かもしれんな。」


「すごいですね。私も一人暮らしですが、仕事や雑事に忙殺されて、なかなか家のことが上手く回らなくて参っています。」


エリオットが他所行きの話し方をするが、言っていることは本当のことなのだろう。レベッカはエリオットの普段の暮らしぶりが心配になった。


「私は実家暮らしで、お恥ずかしいですが家事はまだお手伝いの範疇で。お庭まで手入れされていて、尊敬します。」


「二人とも仕事があるなら仕方がないさ。わたしだって、働いてる頃はそんなもんだったよ。たまに気が向いて手伝っても、妻に叱られるばかりでね。やれ皿の洗い方が甘いだの、やれ洗濯物の干し方が下手だの。あの頃はそれで嫌になってしまって、結局妻に任せきりさ。どこの家もそんなもんなんだろうけどね。」


ジョンはグッと紅茶を飲み干して、二杯目を注いだ。


「お嬢さん、朝は声をかけてしまって悪かったね。」


「いえ、そんなことは……。」


「わたしの妻はね、急に逝ってしまったものだから。そのちょっと前に些細なことで喧嘩をしてね。まあ、雨が降り出したのに洗濯物をしまわなかったわたしが悪かったんだが。素直に謝ればいいものを、曇ってるのに外に干した奴が悪いんだって言ってしまって。何日かまともに口を聞いていなかった。その頃はちょうど仕事を退職したばかりで、何もすることがなくて。金はね、親からもらったここがあるから、給料下げてまで働かなくても良かったからね。他所だと昼間に小遣い稼ぎに行く者もいるようだが、ここら辺の男どもはみんなそうさ。暇を持て余して庭いじりや日曜大工は趣味でしても、家事をやる奴なんていない。わたしもそのつもりだった。今みたいにね、ちゃんとやれていたら、せめて早く謝っていたら、もっと後悔が少なかったんじゃないかとか、もしかしたら妻が死ぬことはなかったんじゃないかとか、今でもたまに考えるよ。」


ジョンは話を区切って、温くなった紅茶を口に含んだ。

いつもより少し長くなりましたね。

お読みいただきありがとうございました!

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