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顔だけ男は眠り姫の呪いをかけられる  作者: 里和ささみ


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王子様は水底で凍えてる

よろしくお願いします。

エリオットの唇は、すぐに離された。レベッカにはその一瞬がゆっくりと、そしてとても長く感じられた。


レベッカが呆然としていると、ぐいと腕を引っ張られ、正面から抱き合う形になった。がっしりと頭と腰を抑えられて、密着度は先程の比ではない。


「ごめん。」


「何が。」


「ごめん。」


「なら、何でしたの。」


「ごめん。」


「初めてだったのに。」


「初めてじゃないよ。」


「なんでそんなこと分かるのよ。」


「子どもの頃、しただろ。結婚式ごっこで。」


「覚えてないわ。」


「婚約もする前の話だから。」


「覚えてるわけないじゃない。幾つの時の話よ。」


「俺は覚えてる。」


「そりゃ、二歳も違えば覚えてることも違うわよ。」


「今度は、忘れないで。」


「なっ……!?」


エリオットの堅い胸板に顔を押し付けられていたレベッカが顔を上げると、エリオットはすぐさまレベッカの口を塞いだ。


最初のただ触れるだけのとは違う、本当に長く、ゆっくりと、何度も、角度を変えて、余すことなく味わうような、唇を食むキスだった。


レベッカは未だ頭と腰を抑えられているので身動ぎすら出来ない。ただエリオットのなすがままに唇を奪われた。次第にレベッカは脱力して、引き結ぶように拒否を示していた唇もゆるく解けていった。


ひりひりと唇に痛みを感じる頃になって、ようやくエリオットはレベッカを解放した。あれだけ長い時間貪ったというのに、離した唇を親指の腹で撫で、名残惜しそうな顔をしている。レベッカは、そんなエリオットから目が離せない。


「お店に戻らなくていいの?」


「戻るよ。戻らなきゃ。」


「遅くなったら怒られるわよ。」


「多少は大丈夫だよ。一緒に来た支店の人たちは理解ある先輩方だから。」


「そう、なの。」


「俺のこと、応援してくれるんだって。」


「何の応援?」


「……ナイショ。」


エリオットはレベッカの額、頬、唇に順に軽くキスをすると、ふわっと微笑んで、「また明日。」と言って、レベッカの横をすり抜けて帰って行った。


レベッカの視線の先には、座っていたベンチと、置き去りになったエリオットの本と、食べ切れなかったパンの入った紙袋がそのままになっている。レベッカの視界は夢の世界のように色がやたら明るく朧げで、浮遊しているように足元がおぼつかなくなったが、そのベンチだけは輪郭がクリアで、現実味があった。


午後二時の日射しは、夏のようにレベッカの胸をジリジリと焼いた。


エリオット滞在三日目。


買い物に行くと朝早くに家を出たレベッカは、五番街で買い物を済ませてまた七番街の広場に来ていた。時刻は十一時を過ぎたところ。噴水の縁に腰掛けて、チェスをしている老人が一組残っていた。


近付くと二人のうちの一人は、スージーの住んでいたアパートメントの大家だった。レベッカは立ち止まってしまった。大家はチラリとこちらを見ると、ああ、と声を漏らした。


「貴女、最近、ここに来ているお嬢さんだろう。」


レベッカのことを覚えていたわけでなかった。最近と言っても、まだ二回しか来ていない。余りにもざっくりとした表現に、体を強ばらせていたレベッカは気が抜けた。


「は、はい……。」


「彼氏さん、もう待ってるよ。わたしたちはもうすぐ退散するから、気にせずにゆっくりしなさい。昨日、喧嘩していたろう?ちゃんと仲直りするんだよ。」


見られていたのか。レベッカは、エリオットに会うのが怖くなった。


ベンチに視線をやると、西向きに置かれたベンチにエリオットがいるのが見える。暗がりの中からじっとこちらを見つめていた。レベッカの胸が音を立てた。


「ジョン、いくらなんでも不躾じゃないか?」


「いやあ、年寄りのお節介なのは分かっとるがね。喧嘩別れなんて悲しいじゃないか。」


「自分がそうだからって、人様の事情に首を突っ込むものでもないよ。」


大家は妻を脳卒中で亡くしていた。直前に喧嘩をして、謝ることも出来ずにそのまま逝ってしまった。


そんな事情など、レベッカは知る由もない。


「そうだな。まあ、なんだ。あんな暗いところにいては気分も落ちる。あとでこちらに座るといい。わたしなんかは日陰にいると腰が冷えてね。ここは暖かいよ。気持ちがいい。」


苦い顔にはならぬよう、曖昧に笑って、小さく頭を下げた。


「お気遣い、ありがとうございます。」


大家は手を振って会話を終わらせた。視線は既にチェス盤に戻っている。


老人たちの手前、踵を返すことは出来なくなった。レベッカはゆっくりとエリオットの方へ進む、


「おはよう。早かったね。」


「そっちこそ。早過ぎじゃない?」


「今日は休みだから。」


「それにしたって。」


「俺が早く来れば、それだけ君といられる時間が増えるだろ。」


「馬鹿じゃないの。」


「莫迦な男だよ。」


「ああ言えばこう言うのね。」


「座れば。」


レベッカは顔を顰めたが、渋々エリオットの隣に座った。


ジョンがこちらを見て微笑んでいる。帰るようだ。レベッカは軽く手を振った。


「知り合い?」


「アパートの大家さんよ。あなたが眠っていた。」


「そうだったのか。迷惑をかけたなぁ。謝罪に行けば良かったな。」


「今更よ。やめとけば。」


「そうだな。噂が立っても困る。」


「自覚はあるのね。」


「流石にね。そもそも一昨日、大通りで俺を引き留めたのは君だろ?あっちの方が危なかった。」


「それは……ごめんなさい。軽率だった。」


「いや、引き留めてくれて良かった。今、こうして過ごせるから。」


ここで過ごす時間は、エリオットの心のリハビリなのかもしれない。


レベッカが、リリやテレサに固まって動かなくなった心を(ほぐ)してもらったように、エリオットはレベッカといることで心を柔らかくしようとしているのだと思った。


エリオットはひとつ嘆息した。


「こんな凪いだ気持ちは、久しぶりだな。」


「今までは違ったの?」


「ただ凍ってただけだな。冬の湖面みたいに。何にも通さないし、何も見えない。静かで綺麗だけど。」


冷たい水の底で、エリオットはどんな思いを押し殺していたのか。レベッカは言葉が見つからなかった。

お読みいただきありがとうございました。

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