お姫様の秘め事
よろしくお願いします。
物心ついてから、レベッカとエリオットが二人きりでいた時間は意外と少なかった。いつも誰かしら側にいて、それが当たり前だった。
この日は、今までの失った時間を取り戻すかのように、長い時間、ベンチで二人寄り添っていた。
お互いの近況を話し、時折流れる沈黙は、むしろ居心地の良いものだった。
どちらからともなく触れられた手は、いつの間にかつながって、指を絡めていた。
肩を寄せ合ってベンチに座る二人は、ごっこ遊びの終わった人形のようだった。
泣き腫らした目が落ち着いて赤みが引いた頃、辺りは茜色に染められていた。
「もう、帰らなきゃ。」
レベッカがつぶやいた。
「うん。」
エリオットはそう返事をしたが、つないだ手に力を込めた。
「ロジャーさんと、ご飯に行くんでしょう?」
「あっちは仕事が終わるの、七時だから。」
「私は帰らないと。お夕飯の支度、手伝わなきゃ。」
「うん。」
エリオットは猫が甘えるような仕草で、レベッカの頭に頬をすり寄せた。
また、会いたい。
その一言が出てこない。
それは、二人の大事な人たちへの背信行為だ。
二人とも、分かっていた。
「ここ、静かでいいな。」
エリオットがレベッカの髪に顔を埋めながら言った。
首筋が、ぞわりとした。嫌悪感からではない。それが逆に怖かった。
「そうね。」
「明日も……」
レベッカの胸が高鳴った。体が、心が震える。腫れの引いた目がまた熱くなるのを感じる。
「明日も、来ようかな……。」
エリオットはそれきり口を閉じた。レベッカのつむじに口付けるように唇を寄せたまま、動かない。
レベッカは覚悟を決めた。どの道、二週間後にはエリオットはいなくなる。明日だけ、明日くらい、自分に言い訳をして、目を伏せた。
「私も、明日は、お昼、ここで食べようかな……。」
「明日、仕事は?」
「午前中、打ち合わせ。秋冬の小物の。また、五番街に、来なきゃいけないから。」
「そうなんだ。」
「お昼前には、終わるんだけど。」
「そっか。」
「エリオットは、仕事は?」
「明日は、午前中、騎士団の屯所に行く。多分、すぐ終わる。三時から、取引先と、約束があって、明後日は、何にもない。事務仕事は、あるけど。こっちにいる間は、そんな感じ。昼休みは、十二時からだから、ここで、昼飯、食べようかな……。」
エリオットは、レベッカの反応を確かめながら、ゆっくりと話した。レベッカは目を閉じたまま答えた。
「いいんじゃない?ここにいると、落ち着くわ。」
「そうだね。俺も、この空気、落ち着く。好きだな。」
「私も……好きよ。」
二人が体を離した頃には、広場は暗闇に包まれていた。
レベッカが帰宅すると、家の中から子どもの声が聞こえた。
「おかえりなさい!遅かったじゃない!」
母ではなく、テレサが出迎えに出た。二人目でお腹が出るのが早いのか、五ヶ月の今でも膨らみが服の上から分かる。
「レベッカ〜!」
テレサとロジャーの長男、トマスが抱きついてきた。
「まあ、トミー。会えて嬉しいわ。」
4歳のトマスが抱っこをせがむので、レベッカは抱き上げてやると、頬を擦り寄せてきた。その仕草に、エリオットの顔がよぎり、ドキリとする。
「ああ、レベッカ。おかえり。随分と時間がかかったわね。あら、手ぶら?」
「え、ええ。いいのが見つからなくて。色々と見て回って、歩き疲れちゃって、お茶してから帰ってきたの。遅くなってごめんなさい。」
思わず、嘘をつく。母やテレサの顔を見ると、余計に後ろめたくて、レベッカは視線をトマスに遣る。風呂上がりなのか、濡れた髪が顔に当たるのでくすぐったい。
「いや、いいんだけどね。テレサが夕飯の支度、手伝ってくれたし。悪かったわねぇ、妊婦さん働かせて。」
「別に家でもやってることよ。気にしないで、おばさん。今日は商会に支店から人が来てね、お土産もらったからお裾分けに来たら、おばさんに夕食に誘ってもらったの。」
「ロジャーくんが飲みに行くって言うからなぁ。トミーも、みんなで食べた方が楽しいだろ。なぁ?」
ジェフが濡れた髪をタオルでゴシゴシと擦りながら奥から出てきた。どうやらトマスと風呂に入っていたらしい。ここ最近ジェフはすっかり、リンダとリリの子どもの第二第三のおじいちゃんと化していた。
「ジェフじいちゃん!おふねは!?」
ぐりんぐりんと体を捻るので、レベッカはトマスを降ろしてやった。トマスはジェフに向かって一目散に走っていく。
「ああ、向こうで乾かしてるよ。乾くのを待つ間に、夕飯を食べよう。」
「えーっ!おふねがいいよう!」
「ホラホラ、ワガママ言わないの!いい子にしないと、お泊まりさせてもらえないわよ?」
「やだ!やだやだ!レベッカと寝る!」
「え〜、じいちゃんとじゃないのかぁ〜!?」
「じいちゃんはおふろしたから、いい!」
すげなくされてショックを受けたジェフの顔を見て、みなクスクスと笑った。
夕食を終えて、ジェフとトマスは船のおもちゃで遊び出した。船乗りではなく、船そのものになりきっているのが面白い。ジェフがトマスを抱き上げて、部屋を出て行った。これから大航海が始まるようだ。
テレサとレベッカはハーブティーを飲んで、ソファでくつろいでいた。リンダは洗い物をしている。
「ごめんね、今日、トマスがお泊まりになっちゃって。」
「いいのよ。テレサもお腹が出てきて、もう寝苦しいでしょう?たまにはひとりでゆっくりベッド使って。」
「ありがと。助かるわ。実家だとお嫁さんいるし、あんまり寛げないのよね。」
「そっちが良ければ、産後もたまにはウチでトマスのこと預かるわよ!」
リンダは洗い物が終えて、テレサからもらったお裾分けのメロンを切った皿を持ってきた。
「それ、あんたたちの分だから。トマスの分、持って行って来るわ。ごゆっくり。」
二人きりになって、レベッカは落ち着かなかった。隠し事がつくづく向いていない性格である。テレサも、悩み事でもあるのか、険しい顔をしている。
「あのね、言うかどうか、悩んだんだけど。」
「どうしたの?悩み事?さっきから怖い顔になってるわよ。」
「えっ、本当?やだわ!」
テレサは人差し指で眉間をぐりぐりとマッサージした。
「悩み事ではないの。なんて言えばいいのかしら。」
「どうしたの?はっきり言ってよ。」
「あのね、今、エリオットが支店からこっちに戻ってきてるの。」
レベッカは、ドクン!と、心臓の鳴る音が、耳のそばで聞こえた気がした。
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